くしろ

「荒れてますなぁ」

海上保安庁のくしろ型巡視船『くしろ』ブリッジの中で『くしろ』航海長藤村は1段上のスキップシートの船長席に座る船長の鈴井に声をかけた。

鈴井は微睡まどろんでいた様子で

「……そうだなぁ、荒れてるねぇ」

と間があって答えた。


藤村は、その豊かな髭に手をやり、苦笑しながら

「コーヒーでも飲みますか?」

と言い、部下にコーヒーを持ってくるように命じた。


コーヒーが運ばれてくる頃には鈴井の眠気も覚めた様子だった。


「いやぁ、スマンスマンどうも疲れが出ていたようだ」

とコーヒーに口をつけながら鈴井が言った。


藤村は、わかると同意するように頷いてみせた。


鈴井はふと思い出したかのように「ところで大泉君は?まだダウンしてるのか?」と問うた。


藤村は「大泉さんなら1時くらいまでゲロ吐いて、医務室に行くと言ってましたよ」

とケロリと言ってのけた。


『くしろ』副長の大泉は、非常に船に弱く、同僚達が揃って「なんで海上保安官になったのかわからない」と言わしめるほど船に弱かった。

船以外だとヘリにも弱いと、もっぱらのウワサである。


それを聞いた鈴井は、さして心配するでもなく

「ふーん、まぁ落ち着いたら上がって来るでしょ」

と言い、席に座り直した。


そして「現在の状況は?」と藤村に問うた。


藤村は淡々と現在時刻、現在位置、予想進路を報告すると「巡視艇『ゆきぐも』とのランデブーまで20分です」と締めくくった。


そして20分後、同じく亜港海上保安本部所属のむらくも型巡視艇『ゆきぐも』と無事ランデブーすると針路を北東へ、つまり亜港への帰港ルートを取った。

そしてそれから10分後、大泉がグロッキーな様子でブリッジに姿を見せた。

片手にはゲロ袋が握られている。


「大丈夫?気分はどうだ?」

と鈴井が聞くと大泉はフラフラと歩きながら

「マシにはなりましたが……この波はどうにかならんのですか?不愉快ですねぇ」

と言葉通り不愉快極まりない顔をして答えた。


藤村が「頼むからここで吐かないでくれよ」と冗談混じりに言うと、大泉は無言で何度かうなずきながら船長席の隣に、つまり定位置に立った。


そして通りいっぺん藤村の報告を聞くと

「あれぇ?そういえば漁船がいなかったかい?」と問うた。


藤村の代わりに答えたのは、亜港海上保安本部の若きホープ、レーダー手の安田であった。


「大泉さんが医務室に行く前まではレーダーに映ってましたよ」

と安田は答えた。


それを聞いた大泉は

「そう……あの船、だいぶ国境線に近くなかったかい?気になるなぁ」と言い、

「嬉野さん、漁船に呼びかけられるかな?」

と聞いた。



通信士の嬉野が「至急報!例の漁船からです!!」と叫んだのはその直後だった。



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