第23話 セーラー服の少女

 見習い騎士の役割の中には騎士団員全員分の食事作りも含まれている。

命令を聞き逃さずに効率よく仕事をこなし、周囲を見ながら遅れている仕事をサポートする。

これが意外と騎士としての仕事に役立つ上に、自分達も食う飯になるのだから不味くは作らないだろうとラングレイの一声でそういう風に決まったらしい。

外注に委託したらコストをとにかく安くして酷い料理を作ってしまうという社内食堂あるあるがここ、クリアスワールドでも起こったのをラングレイは見てきたのかもしれない。



「それにしても幸平、ファングライガーを仕留めるなんてお手柄じゃないか!」



一通り夕飯の支度を終え、一息ついているところで見習い仲間たちに声をかけられた。

ファングライガー、というか食える凶獣を仕留めて持ち帰ると夕飯が豪華になる仕組みだ。

1体だけなら適当に非常食として干し肉あたりになるが、今回は4体も仕留めることが出来たのできっちり夕飯としてお出しされるわけだ。



「やっぱ飯に獣肉が出るとテンション上がるもんなぁ!」

「そうそう、野生の肉こそ男メシって感じでさ!」

「まあ、特訓の成果だよ。それに、リアライザーも役に立った」



実際、リアライザーでなければ4体も仕留めることが出来なかったどころか怪我をしていた可能性すらあった。

本当、テッショウ先生には頭が上がらない。




「そうそう、それ良いよなあ!」

「リアライザーってテッショウ先生に造ってもらったんだろ?」

「ああ、というか試供品なんだ。俺が実戦で使ってみて結果を報告するっていう、シューフィッターみたいな仕事の代わりにタダに……ならなかったんだけどな」



リアライザーはミスリル合金で作られているため、見た目以上に軽い。

軽いが魔導伝達率が高く、攻撃意思によって硬度と重さが変化するので相手を殺さずに戦闘力を奪える。

更に、リアライザーの裏側にはエレメントコードが刻印されているため一部技術をカット出来るため素早く術式を構築が出来る優れもの。

唯一の欠点がその大きさによる取り回しの悪さだったのだが、フーレがその欠点を指摘して二分割できるようカスタマイズしたことで新品の武器を買うのと変わらない金を取られてしまった。



「ふーん、で……そろそろ武具店に並ぶんだろ? 俺も買っちゃおうかな〜!」



メンザース武具店の武器は大体1万から2万G程度の金額であり、騎士見習いでも少し小遣いを減らせば無理なく買える金額に収まっている。

それが人気の秘訣だ。



「三ヶ月ほど使ってみて思ったんだけど、棒術修行は剣術の応用がある程度効くけどこいつのスペックをフルに活かすには瞬発力と判断力の訓練と、魔導術の実践経験があると良いと思う」

「そんなに色々したのかよ!?」

「ラングレイさんからは『判断が遅い!そんなことでは実戦で死ぬぞ!』ってすげえ言われてさ、とにかく毎日稽古の日々だったよ」

「な、なんか……やめとこうかな」



カードゲームなんかじゃ手札が多いほど有利だ。

けど、命賭けのチャンバラとなると話は違ってくる。

白兵戦においては相手の動きを的確に読み、相手の隙を突き、一撃で戦闘力を奪うのが基本だ。

リアライザーの欠点はその手札の多さが長所であるものの、一瞬の迷いを生みやすくそれが短所となる。

だが、ラングレイとの猛特訓の末にどうにか使いこなせるようになってきた。



「まあ。俺でも扱えてるんだから魔導術と白兵戦の両方を学んでる人なら使いこなせると思う」

「魔導術と白兵戦の両方か、正騎士になるには必要だよなぁ」



正騎士昇格の条件とは、白兵戦、魔導術、知略、人徳に優れ騎士団において多大な功績を収めた人物であるとされている。

ラングレイが筆頭騎士にまでなれたのはそれらの全てが優秀であると聖騎士や国王に評価されたからだ。



「幸平はさ、正騎士目指してるんだろ?」

「ん、まあ……一応」



かと言って正騎士になった後の明確なビジョンは持ち合わせていない。

魔王とやらを倒した後、城戸桜にゲートを開かせて四人で元の世界に帰るというのが今のところの目標だ。

仮に元の世界に帰れなかった場合でも身分が保障されるようにしておく、という目的のために一応目指しているだけだ。



「まあ、見込みのあるヤツはいいよなあ。俺なんて騎士やるくらいしか将来の目処が立たないんだからさ」

「正騎士になれなかったら司書でも目指すかなあ。本、好きなんだよな」

「正騎士になれなかったらって、何年でも挑戦すればいいだろ?」



俺は当然の疑問を口にするが、見習い仲間たちは世間知らずの俺にツッコミを入れてきた。



「いや、正騎士を目指せるのは30歳までだから。準騎士としてであれば何年でも働けるけど、基本は肉体労働だろ? 40歳、50歳となれば身が保たねえよ」

「そうそう、俺は貯蓄してパン屋でも開こうかなぁ。ここのパン、結構美味いからレシピを盗ませてもらうのさ」



なるほど、そういうものなのか。

極端な話、騎士は入団審査があるのだが下民でもなれる職業であるため競争率は非常に高い。

入団審査を突破することと、同期仲間を増やすために半年間もスパルタ指導を受けてきた俺だがラングレイの弟子になれたのは本当にラッキーだったのだ。



◆◆◆◆◆◆◆



 例のセーラー少女が目を覚ましたというので食事を差し入れに行くことにした。

こういうのは本来であれば同性の方が良いわけだが、同郷である俺の方が都合が良いだろうと理由で俺に白羽の矢が当たった。

まあ、色々彼女から話が聞きたいので医療室の扉を開ける。



「初めまして」

「……」



セーラー少女は俯いたまま顔を上げない。

俺は食事が盛り付けられている皿をベッドテーブルに置く。



「俺、夏樹幸平。17歳、元埼玉県民。前まで通ってた学校は綺羅星学園。よろしく」

「……なに?」

「よろしくって言ったのさ」

「なんなの、この状況……意味分かんないでしょ、私、死んだんだよ? 死んだのに、どうしてこんなところにいるの!?」



セーラー少女はどうやら置かれている状況が理解出来ず、パニックに陥っているらしい。

というか、まるでこの子は死にたかったのに死ねなかった、みたいな言い方をしている。



「せっかく死ねたのに、なんでまだ私は生きてるんだ? みたいな言い方だな」

「死んだんだよ!! 私、道路に飛び出して、トラックに轢かれて、そこで死んだの!!」

「……そっか、取り敢えず食っておきな。腹を満たせば気持ちも落ち着く」

「要らない……」



セーラー少女は項垂れる。

癇癪を起こして皿を弾き飛ばすほど冷静さを欠いてるわけじゃなさそうだ。

とにかく死ねなかったことがショック、というか死んだはずなのにピンピンしている事も含めて意味不明で受け入れられないんだろう。



「死にたくなる程、世の中が嫌になる事ってあるよな。俺も昔、陸橋から落ちて死んでやろうと思った事あったし」

「は? 説教?」



セーラー少女が俺を睨む。残念ながら俺は人に説教できるほど偉くはない。



「いや、同情」

「最低……」



俺が半笑いで揶揄ってやると、セーラー少女がまた項垂れる。

そう、多分かの感情は同情に近い。



「セーラー少女」

「なにそれ」

「おまえのあだ名」

「やめてよ、勝手に変なあだ名つけるの」

「じゃあ名前を教えてくれよ」

「実果」

「フルネーム」

「三上実果」

「…………」



某ネコ型ロボットが出てくる漫画の主人公みたいな名前だな、とか口から出かかったのをグッと堪える。



「オッケー、漢字はなんて書く?」

「三の上、真実の実に果実の果」

「ん、分かった。実果、そのご飯を食べ終わったらどれが美味くてどれが不味かったのか教えてくれ」

「なんで?」

「今日の飯のレシピ、考えたの俺なんだ」

「……分かった」



俺は実果に微笑みかけて、扉を開けて部屋を後にする。

扉から出て緊張の糸と共に深く息を吐き出す。

取り敢えず、彼女を死なせるわけにはいかない。

騎士として? 異世界転移者仲間として? いや、人として……とにかく、あんな歳下の女の子を死なせるわけにはいかない。



「こ、幸平くん?」




壁にもたれて呼吸を整えているところに声をかけられた。

一緒になって彼女を移送したミリア隊長だ。



「ど、どどどどうだった? 自分を傷つけたりしてない? 死のうとしてない? ご飯食べてくれそう? お話できた?」

「ミリア隊長、落ち着いて」



緊張の糸が絡まりきってしまっているようで、俺を質問攻めにしてくる。

任務中には凛とした話し方を心がけていたのにもうすっかり口調までへにょへにょになってしまっている。

この人の方が大丈夫なのか心配になってくる。



「ご飯は食べてくれると思います。まだ目は離せませんけど、食事の感想を教えるよう約束してるので」

「そ、そっか……」

「ともかく、目を離さないようにしないとです」



ミリア隊長は俺の言うことをメモしているようだが、正直あまり役には立たないだろう。



「でもさ、驚きだよ。あんな可愛くて小さい子が自分で死んじゃおうとするなんて!」



背丈で言えば身長が160cm近くて女性的な身体つきをしている実果の方がずっと大人っぽいような気がするが、ツッコミ待ちなのだろうか?

上士だから迂闊にツッコミを入れられない。



「あるんですよ、色々。子供には子供なりの悩みがあって……その悩みに追い詰められると、死ぬっていう選択肢しか浮かばなくなってしまう」

「……そうなんだ、私にはよく分かんないや」

「まあ、無理に理解しなくても……ミリア隊長は実果と友達になるとか、色々やり方はあります」

「友達……!!」



ミリア隊長は子供のように目を輝かせる。

ここ三ヶ月ほど彼女の下で働いて改めて思ったが、素顔はその容姿とさほど変わらず子供っぽいところがある。

普段は無理をして人の上に立っているようなので、出来るだけ俺がサポートした方が良いだろう。



「幸平くん、私良いこと思いついちゃった! 名付けて、友達いっぱい大作戦!」

「友達いっぱい大作戦」

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