第5話 才能の星
ラングレイの提案は俺に「騎士になってみないか?」というものだが、正直言えば全くイメージが湧かないのでなるもならないも何も分からない。
ラングレイな筆頭騎士と呼ばれる立場の人でありその実力は相当なものであるのだろう。
俺もその力の一端は垣間見ることが出来たが、真似をしろと言われたらまず不可能だろう。
「もちろん、いきなり実戦投入するわけではない。相応の訓練を受けてもらうことになる、騎士になるのが嫌なら別の仕事を探してみるしここには学校もある。自分には無理だと思ったら辞めてもらうことも出来る、どうだろう?」
小鳥からすれば武器を手に取って凶獣や敵の兵士と戦うという選択肢は無いだろう。
というか、万が一にでも小鳥が騎士になるだなんて言い始めたら俺が止めていた。
小鳥はどんな仕事があるのか聞くことにしたらしい。
「別の仕事というのは何があるんですか?」
「孤児院のスタッフや教会附属の治療院や図書館の司書、清掃員などなど色々ある。詳しくは職業斡旋所で聞いてみるといい」
一番の近道は騎士を目指して一年間研鑽を積み、魔王に支配されているというオーデルバニアに乗り込んで和也と合流することだろう。
しかし──
「ラングレイさん、俺……生き残れますかね? 凶獣とか敵の兵士とかと戦って」
「もちろん必ず生き残れるという保証はない。それはどんな子供でも大人でも変わらないし、私だっていつ命を落とすか分からない。だが、騎士とは他者を守るのが使命だ。易々と君に命を落とさせるつもりはない、後は君次第だ」
そうだ、俺だってこの世界で簡単に死んでやるつもりはない。和也や飯田さんを死なせるつもりもない。
「それに、私は君には騎士の素質があると思っている。君は丸腰で小鳥さんを守り抜いただろう? 体力が尽き果てるまで走り抜き、凶獣にスタミナを使い切らせた。もしも君が途中で諦めていたら君か小鳥さんのどちらかを死なせていたかもしれない」
「それは……」
「それに、戦いの才能とは武器を振り回すのが全てじゃない」
◆◆◆◆◆◆◆
俺と小鳥はラングレイに連れられ商業街に来ていた。大型の武具店、食料品店、ホームセンターに魔道具店など馴染みのある店から馴染みのない店まである。
個人的に気になるのは魔道具屋であり、魔導術を使うことが出来なくても扱えるものから魔導術を補助するものやオシャレな小物まで沢山ある。
恐らく俺たちがいた世界とは全く異なる文化を感じられる店ではないだろうか?
「さて、着いたぞ」
俺たちを先導していたラングレイが足を止める。
ラングレイの指さす先には商業街の立派な石造りの建物とは趣の異なる洒落た木造造りの小屋が建っている。
屋根には「イライザの占い館」とペンキで書かれた看板が取り付けられている。
「占い……」
「心配しなくても大丈夫だ、今回やってもらうのは占いじゃない」
ラングレイは占い館の扉を開けると鈴がカラカラと鳴り、来客を店主に知らせた。
「お邪魔します、イライザはいるかな?」
「お邪魔しまーす」
「お邪魔します」
机に突っ伏して寝ていた少女が身体を起こし、目をこすりこちらを見る。
「ん……寝てた。ラングレイ、どうしたんですか?」
「おはようイライザ、営業中に昼寝は不用心だぞ」
「問題ありません、私や金庫に危害を加えようものなら迎撃術が発動しますから」
白いローブを着た茶髪に褐色の肌というコントラストが映える少女がフードを取り、微笑みを見せる。
穏やかな笑顔や口調とは裏腹に言っていることは物騒な気がするけど。
「ラングレイ、占いですか?」
「いや、今回は……今回も星見をお願いしたい」
「それは構いませんが、占いもいかがですか?」
「占い……かあ」
占い館というだけあってイライザさんは結構占いをプッシュしてくる。正直言って占ってもらう余裕など無いのだが。
「あの、占いで人探しって出来ますか?」
「小鳥、その話は後にしよう。星見ってヤツをしてもらいたい」
ラングレイからここに来るまでの道中で何をしてもらうのか説明を受けている。
占い師のイライザには特殊な能力があるそうで、人間が持っている『星』を見ることができるのだという。
『星』というのはその人が持っている生まれ持った才能や可能性のことであり、例えば音楽家の才能がある人は音楽の星を持っているとか魔導術に長けた人は魔導の星を持っているとか……そんな感じだ。
ただ、努力を重ねることで新しく星が顔を出すこともあるらしく星を持っていないからといって悲観はしない方がいいんだとか。
まあ、好きこそ物の上手なれという事なのだろう。
「幸平、ずいぶんウキウキしてるけど……嶋村くんと再会できたらここに連れてきて比べあいをしようとか考えてない?」
「い、いや……そんな事は」
少しだけ考えていた。比べあいとまではいかないが和也のヤツがどんな星を持っているのか気にならないヤツはいないだろう。
比べたところで星の数の差で惨めな気分になるだけだろうが、和也の持っていない星を俺が持っているかもしれないだろ?
「ではまず、美咲小鳥さん。椅子にかけてください」
「はい」
小鳥は椅子に座ると、イライザは続けて指示を出す。
「では深呼吸をして、そのまま余分な力を抜いてください」
「分かりました、スゥ……」
「雑念を払って、何も考えずにいてくださいね」
「は、はい」
「無ですからね、無です」
「はい……」
なんか結構難しそうだけど、大丈夫なんだろうか?
余分な力を抜いて何も考えなかったらそのまま寝てしまいそうだが。
イライザは水晶に手が触れない位置から感触を確かめるように撫で回すように手を動かす。
「ふむ。魔導の星と、優しさの星、自然の星も視えます」
「ほう、魔導の星とは!」
ラングレイのテンションが上がっている。
魔導の星、ということは魔導術に関する才能に優れているという事だろうか?
「魔導の星はクリアスを精密に取り扱う星であり、精霊に愛されやすくなる資質です。地水火風の四大元素だけではなく時・空・光・闇の精神属性すらも使いこなせるでしょう」
「よく分かりませんけど良いことなんですよね?」
「ええ、良いことです」
小鳥は目を閉じたままイライザの話を聞き続けている。
魔導の星……という単語そのものはメジャーではないらしい(そもそもイライザが作った造語)が魔導術の威力や効果というものは使い手によって左右されるらしい。
そもそも魔導術にというのは修練により誰でも使える技術というわけではなく、精霊と心を通わせる事ができる人間だけが使える力なんだそうだ。
修練を重ねる事により魔導術師は高度な術を行使出来るようになるが、そもそも素質のない人間はスタートラインに立つ事すら出来ない。
そのため、魔導術を扱える人間と扱えない人間とではヒエラルキーや職業の選択肢に差が出てくるそうだ。
「あの、優しさの星と自然の星というのは?」
「優しさの星は言葉を越えて他者と理解し合える素質、あらゆる相手と理解し合える素質です。動物、精霊、人間……むろん、全ての者と理解し合えるわけではありませんが教師などの人と深く関わる仕事に向いているでしょう」
他者と理解し合える力、それもまた素質によって左右されるわけか。
というか、何でもかんでも素質という形で処理されるの恐ろしいな。
「自然の星は風や水や土、それらを感じ取れる力のことです。本来はエルフなどの亜種に顕現しがちな才能なのですが……」
「自然を感じる力、ですか?」
「ええ、自然を感じる力です」
「何か役に立つんですか?」
「自然、すなわちこの世界には意志がある……と考える人は決して少なくありませんでした。そして、その力を高めた人は未来の予測や言葉なき交流が出来たといいます」
「それって……」
「はい、異能と呼んでもいいかもしれません」
異能、超能力、小鳥にそんなすごい素質があったとは。
「ですが素質は素質、星は星です。磨かなければ素質がないのと同じ、精進しましょうね」
「ありがとうございます」
小鳥は椅子から立ち上がり困惑したような表情を浮かべている。
魔導術師だとか超能力だとか言われてもピンとこなかったのだろう、俺たちの世界とは全く関係ない素質なのだから。
「夏樹幸平さん、椅子にかけてください」
「はい」
俺は椅子に座り、力を抜く。
「では深呼吸をして、リラックスしてください」
深く息を吸い、吐いて、力を少しずつ抜いていく。
「ふむ、これは……」
イライザは何か困惑したような表情を浮かべているが、何か大外れでも引いているのだろうか?
もしくは大当たり、とか?
「星が、見当たりません。いえ、違いますね……無数の光の粒が世界を覆っているような、まるで生まれたばかりの赤子の可能性を見ているような」
「おお、つまり可能性は無限大だということか!!」
ラングレイは随分と嬉しそうにしているが、イライザは目を閉じて首を横に振る。
「いえ、星としてはっきりと見えていないという事はそれだけ特化した才能を持たないということ。つまり、あらゆる事を器用にこなせる分それだけ伸び代が無い。そういう事です」
「なっ……!?」
例えば剣術を学んでも平均よりもうえ程度、魔導術を学んだも平均より上程度……こんな感じで何の道を進んでも平均的な結果に終わってしまうという事だ。
「無論、人間の可能性は歩み方によって異なりますから悲観はしない事です。まずは何かを始める、そこから始めるのはどうでしょうか?」
つまり、俺たちの世界にいた頃と同じだ。
嶋村和也のような圧倒的な天才に勝てるわけじゃなく、二番手や三番手に落ち着いてしまうということ。
「イライザの言う通りだ、まずは何かを始める事から始めよう。それで小鳥、占ってほしい事があるんだったな」
「はい、飯田恵さんと嶋村和也さんの居場所について……」
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