煉獄の森~EZAM~

結城朔夜

vision:零 幼き日の思い出~忘却された物語~

果たして、其れは、ひとつの創造と呼ぶべきか。

或いは、其れは、唯の妄想と謂うべきか。


目に見えるモノがすべて真実とは限らない。

目に見えないモノがすべて偽りとは限らない。


其れをどう捉えるかは、己の想いのみ。


されど、人は誰もが不完全で。

常に、完全を求めて、彷徨い続ける。


そう、誰もがその迷いの森の中で。



ほら、また一人。

己の闇に囚われし者が、此の森へと迷い込んだ。


幻影化され、容赦なく襲い掛かる闇は、囁くように問い掛ける。



『あなたが望む世界は?』



さぁ、それでは始めましょう。

ひとりの少女が描く、嘆きの世界を。

終焉りと始まりの物語を。


その幕は、もう開かれているのだから。





それは、少女がまだ幼かった頃の出来事―――。


その日、少女は家族と共に山奥のキャンプ場へ行き、その一角に設置されていたアスレチックで、姉と一緒に遊んでいた。

けれど、遊びに夢中になっていた少女は、いつの間にか姉と逸れ、一人森の中へと、彷徨いこんでしまっていて…。


「…お姉ちゃん…?…何処…?!」


気付いた時には、誰一人の人影もなく鬱蒼と木々の生い茂る深い森の中。

一緒に遊んでいたはずの姉の姿が見えない事に焦り、慌てて来た道を戻ろうとしたのだけれど。

なぜか広場のある場所へ辿り着けず、さらに森の奥へ奥へと彷徨いこんでしまっていた。

見知らぬ場所で一人彷徨う少女は、不安に顔を歪めながらも歩き続け、次第に辺りは薄暗く樹海のような奥深い森へと、姿を変えて行く。


「………?」


ふと、誰かの声が聞こえた気がして、立ち止まり、辺りをキョロキョロと見渡すが、自分以外の姿は誰一人として見えず、不思議に思いながらも再び歩き出そうとした瞬間。


「っ!!」


足元の木の根が浮き出ていたことに気付かず、足を引っ掛けて転んでしまった。

起き上がり立ち上がろうとして、少女はある事に気付き、顔を上げると、先程まで、誰もいなかったはずの場所に、自分と同じ歳くらいの女の子が目の前に立っていて…。

彼女はただ黙って、少女を見つめていた。

急に現れた彼女に驚き、思わず息を呑み、そのまま動けなくなる少女。

そんな少女の事をしばらく無言のまま見つめていた彼女は、ふとその表情を和らげ、すっと手を差し伸べ、少女の手を取り、立ち上がらせる。

そして、服に着いた土を軽く払い、柔らかい笑顔を向けた。


「…あ、りがと、う…?」


助け起こしてくれた彼女に礼を言うものの、急に現れたその子を不思議に思い、不安な表情で彼女を見つめた。


『呼んでるよ?』


そう言い、彼女は茂みの先を指差し、その先から確かに少女の名を呼ぶ声が微かに聞こえてきて。

はっと後ろを振り返ると、彼女の姿はもう何処にも無く消え去っていて、、、。

彼女が居たはずの場所には、ただ風に舞い上がる枯れ葉が在るだけだった。

少女は不思議に思いながら、しばらくその場に立ち竦んでいたけれど、次第にはっきりと自分を呼ぶ声が耳に届くようになって、少女は声がする方へと駆けだした。



これが、少女が彼女と出会った最初の出来事。

その後も、彼女は度々姿を見せ、時には優しく微笑み、時には無言のまま少女を見つめ、ただ静かに手を差し伸べてくれた。

一人でいるときはいつも、彼女がそばに居てくれるようになり、少女と彼女は、唯一無二の親友へと仲睦まじくなっていった。


そして、それから数年の月日が流れ、いつものように2人一緒にいた時の事。

突然、彼女は俯き、表情を失くしながら呟いた。


『ねぇ…人間なんて皆、汚い人形と同じだって思わない…?』

「…?」


少女は言っている意味がわからず、首をかしげた。

そのしぐさを見て、ふっと力なく微笑み、言葉を続ける彼女。


『だって、皆、自分の都合だけで他人を利用するでしょう?

利用される人だって、同じ。

その人に従うだけ従って、立場が変われば逆に支配しようとする。

大人なんて、特にそうじゃない。

皆、要らなくなったら棄てるんだよ。

壊れた人形を捨てる様に、ね…。』


虚ろな瞳でそう呟き、何処か寂しいような哀しいような、そんな表情をしていた。


『―人間ナンテ皆、汚イ人形―

―必要ナ時ダケ利用シテ、要ラナクナッタラ棄テル―』


『―ダカラ、アタシハ………―』


その言葉を最後に、彼女は突然、少女の前から姿を消してしまう。

少女は彼女を捜そうとしたけれど、名前以外何も知らない事に気付き、他に当てもなく途方に暮れ、何時しかその記憶は薄れて行った。

そして少女は、次第に彼女の名前も顔も、その存在すら記憶から薄れて行き、忘れ去られていった。

けれど、彼女が最後に残したあの言葉だけが、少女の中に在り続けた。




その言葉には、どんな意味があったのだろう?

そして彼女は、一体何処へ行ってしまったのか?

名前も、顔も、何もかも忘れ去られた。

だけど、とても大切な存在。


全ては、少女の記憶の中に…。

ただ、目覚めの時を待ち続ける様に、眠り続けていた…。

そして、それからまた月日が流れて…


少女は、まもなく18歳の誕生日を迎える―――。


その誕生日まで、あと1週間となったその日から

長い眠りから目覚める様に、始まりを告げる物語の幕が上げられた―――。

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