case.9

巫子は苦い顔をしながら愛依達を睨んでいた。

永遠も拘束されて今は動けない。

完全に形勢逆転されて、どう反撃するか考えてはいるようだが、良い案が思い浮かばずにいた。

横目で子供達を見やると、皆、不安そうな瞳で様子を窺っている。

和也と一葉は視線で合図をして小さく頷き、そして巫子へと視線を移した。


苛つく巫子はどうにか自分の立場を有利にしたくて、考えあぐねいている。

しかし、これだけの状況で更なる逆転を狙える程の考えはやはり浮かばなかったようだ。


『くっ………』

「どう?これで懲りたかしら?降参するなら今のうちよ」

『ふん、誰が降参するって?これくらいのことで、いい気にならないでよね』

「負け犬の遠吠えか?そんなことしても惨めだぞ」

『うるさい………うるさいうるさいうるさい!!もう、なんでこうなるのよ!せっかく皆で楽しんでいるのに、邪魔されてばっかり!なんで邪魔するのよ!!』

「そう思ってるのはお前だけだって」

『なんですって?!』

「だってよく見て見ろよ。この子達が本当に楽しそうに遊んでたように見えるかよ?」

『そんなことはないわ。皆楽しいから一緒に遊んでいたのでしょう?ねぇ、そうでしょう?』

「「「……………」」」


巫子の問いに誰一人として返事をするものはなく、代わりに疲れ切った表情で怯えるように目を逸らすだけだった。


『なによ………皆で私を除け者にするの?!………ひどい、ひどいわ』

「ひどいのはどっちだよ。散々振り回したあげく、用済みなら切り捨ててたのは君の方だろう」

『そんな………』


しかしその答えは明白で。

皆、巫子へ冷たい視線を向けるだけだった。


『そんなの、いやよ!なんで私が悪者扱いされなきゃいけないのよっ!私を呼んだのはこの子達の方でしょう?なのに、なんで………っ』


そう言いながら泣き始めた巫子に、不意に愛依が近づき、巫子の頬を叩いた。


「いい加減、可愛い子ぶるのはやめたら?そんなことしても、誰もあなたの事なんて助けはしないわよ。寧ろ、自分のことしか考えてない子なんて、自分勝手で迷惑なだけだって、自覚しなさいよ」

『………』


愛依のその言葉に、巫子は返す言葉もなく、周りを見渡せば皆が哀れむような視線で自分を見つめているのに気付いた。

それでも。巫子は意地になってでも反発して。


『………いやよ。絶対にいや………。私が負けるなんて、認めない………認めないんだから!』


そう泣き叫ぶと、周りにあった鏡を集めて、一つの大きな鏡にさせると、鏡は眩い光を放って。

反射的に目を塞ぎ、再び目を開けると、既に巫子と永遠の姿がなく、残された一葉達は互いを確認し合い、囚われていた子供達へと視線を向け、皆にも何も問題はないが、どうやら再び閉じ込められてしまったようだ。


「てか、どうするんだよ?ここでまたフリダシに戻ったって意味ないだろ?」


心配する和也とは裏腹に、一葉達は至って冷静だった。

ポケットに入れておいた護符を取り出し、「これがある限りは大丈夫」と、ここに来るまでの経緯を説明すると、和也は納得するも、問題は未だ山積みだった。


「その、砦となるものってのがなんなのか、分かってるのか?」

「はっきりとした確証はないけれど、おおよその見当は付いているわ」


その言葉に皆が愛依に注目する。

愛依は「自信はないけどね」と付け加えてそれがなんなのかを皆に説明した。

囚われた子供達は、これから何をするのか、まったく予想も出来ずに、未だ不安そうな表情を浮かべていた。

そんな子供達に、和也は「大丈夫、絶対皆で帰ろうな」と、声を掛けて励ました。


その光景を、子供達と一緒に見ていた梓帆は、何かを決意するように、胸の前で手を握りしめ、意を決して声を上げた。


「あの………、もし良ければ、私も手伝わせてもらえませんか?」


梓帆のその言葉に、和也は一瞬迷うも、「仲間が多い方が段取りも進みやすいし、良いよな?」と一葉達に確認すると、一葉も愛依も頷いて、「よろしく」と手を伸ばした。


「てか、その子は?」

「あぁ、彼女は俺たちに電話をくれた伊泉梓帆さん。ここに囚われた子達の面倒を見てくれてたんだ」

「あの時の………。もちろん、一緒に皆で此処から出よう!」


一葉達は快く梓帆を受け入れて、再度役割を確認し合う。

そして、互いに確認し合った後、それぞれが行動を起こした。


そんな中、なんとか危機を脱した巫子達は別の空間に逃げ込んでいた。

ようやく動けるようになった永遠は、項垂れながらも『あいつら………絶対に許さねぇ』と復讐心を燃やしていた。

しかし巫子は、至って冷静な程に落ち着きを取り戻していた。


『………』


無言で何かを考えるように、口元に手を添えて。

そして何かを思い出したかのように、懐に入れていた小さな巾着袋を取り出し、中身を確認すると、再びそれを懐へと戻したのだった。


『てか、逃げて良かったのか?このままじゃあいつら、絶対何かしでかすぞ』

『………大丈夫よ。念のために監視は残してあるから。それより、さっきのは一体どういうつもり?簡単に抑え込まれて、みっともないったらありゃしない』

『どうもこうも、あの音が苦手なのは巫子も知ってるだろう?文句あるならそいつに言えよな………』

『まったく………。本当、ここって時に使えないんじゃあ、あんたと連む意味ないじゃない』

『そんなこと言ったって、ダメなものはダメなんだから。その辺は勘弁して欲しいっての』


巫子は大きく溜息を吐くと、気持ちを切り替えようと頭を振って、また考え事をしていた。

先ほどは邪魔が入ったけれど、そんなことよりも、気になるのは先ほど言われたこと。



「よく見て見ろよ。この子達が本当に楽しそうに遊んでたように見えるかよ?」


「ひどいのはどっちだよ。散々振り回したあげく、用済みなら切り捨ててたのは君の方だろう」


「いい加減、可愛い子ぶるのはやめたら?そんなことしても、誰もあなたの事なんて助けはしないわよ。寧ろ、自分のことしか考えてない子なんて、自分勝手で迷惑なだけだって、自覚しなさいよ」



彼らの言っていることは、本当は巫子も分かっていた。

こんな事をしても、誰も自分の相手を喜んでしてくれるはずもないことも。

みんなこれが、自分のわがままだと思っていると言うことも。


分かってて、全てを認めたくなかったのだ。

認めてしまえば、それは自分が孤独だということを思い知らされるのが恐くて。


だから必死になってまで、自分の非を認めたくなかったのだ。


だけど、結局それは簡単に壊せられる諸刃の剣であることに変わりはなくて。

巫子は顔を歪ませて、眼を閉じ下唇を噛み、ぎゅっと手を握りしめ、再び目を開け鋭い眼差しを向けた。


『絶対、認めないんだから………』


その言葉は暗闇の中、静かに響いたのだった。


そんなやりとりをしてる間に、一葉達は作戦を開始していった。


まず、空間の至る所に監視の如くある監視用の鏡にピンク色のスプレーを掛けて、巫子が出入りできないようにし、次にあるものを仕掛けていく。


「気をつけろよ。いくら封印してるとは言え、向こうには見えてるらしいからな」

「分かってる………けどさ、こんなので本当に大丈夫なのか?ちょっと不安になってきたぞ」

「紅映さんが言ってたから、間違いではないよ」

「まあ、今はお前らを信じるけどよ。此処から出られたら、その切名さんと紅映さんって人に会わせてくれよ。ちゃんと礼も言いたいから」

「大丈夫、皆で帰るんだ。そして、元の世界にも………絶対に、帰ろう!」


互いの作業を確認しつつ、内心は未だ信じ切れてない和也に、一葉ははっきりと答えた。

愛依も由宇も、二葉も梨音も那音も、そして梓帆も。

皆が一丸となって、絶対に帰ろうと約束した。


「本当に皆、仲が良いんだね」


ふと、別作業で様子を窺っていた桜花が、声を掛けた。

一葉達のやりとりで、何か思うところがあったのだろう。

ふと、そんなコトを言って「ちょっと羨ましいな………」と小さく呟いた。


「桜花さんにも郁斗さんがいるじゃないですか」

「うん。でも気付くとすぐにどっかに行っちゃうから………」

「ああ………確かにそうですよね………」

「こっちはいつも心配してるのに、いっちゃんは飄々としてるし、ちょっと不安なのもあるけど。でもいつも一緒にいてくれるから、それだけは嬉しいんだけどね」

「そう言えば、桜花さんと郁斗さんって、いつから一緒にいるんですか?僕らは小学生になってすぐに一緒になって、それ以来の付き合いですけど、二人はいつからですか?」

「私たちも同じだよ。この学園に入ってから一緒にいるの。他にも、仲のいい子も居たんだけど、いっちゃんと気が合わないって言うか、いっちゃんが突っ走るから皆疲れて離れていっちゃって………。って、ごめんね、変なこと言い出して」

「いえ、大丈夫ですよ。僕らも似たようなものですから。普段は他のクラスメイトとも仲は良いですけど、由宇と愛依は癖が強いから、本当にずっと一緒にいるのは僕たちくらいですし」

「そっか………。お互いに大変だね」


そう言って笑う桜花は何処か寂しげで。

一葉はそれに気付くも、敢えて何も言わずに、微笑み返した。


「さて、そろそろ皆の準備も終わりそうだし、次の作業に移ろうか」


気を取りなおし、桜花は大きく両手を伸ばして背伸びをしてから、次の作業を始めた。


別作業をしていた由宇達も準備が整い、いよいよ次の作戦を実行する時を待った。


「じゃあみんな準備は良いな?」

「おう、ばっちりだぜ」

「OKよ。いつでも良いわ」

「よし、じゃあさっき説明したとおりの手順でいくぞ」


そう言って、一葉は巫子達を再び呼び出すため、唯一カラースプレーをかけてない鏡の前に立った。

念のために囚われていた子供達を愛依と梓帆が見守り、互いに頷くと一葉に視線を送り合図を送る。


「はじめるぞ………」

「「かがみこさん、かがみこさん。一緒に遊びましょう!!」」


再び呼び出す言葉で巫子達を誘い出し、暫く待った。


巫子は呼び誘われていることに気付くも、絶対に何かを仕掛けていると予測していた。

先ほど何か準備しているような様子も窺え、尚更警戒していた。

今ここで姿を現せば、確実に今度こそ捕まえられるのは自分の番だ。

そう簡単にはその誘いには乗らない。


「ふん、そう簡単に捕まるもんですか………」


暫く待っても巫子が姿を現さないことも予測していた一葉達は、次の作戦に移すために準備していたものを用意した。

それは紅映に教えてもらったある護符で、ポケットに入れておいた紙を取り出すと、それを鏡の前に出して巫子へと告げた。


「巫子さん。出てこないならこれを使いますよ。良いのですか?」


それを見た巫子は、慌てて声を発した。


『ちょっと、どうしてあなたがそれを持ってるのよ!?』

「紅映さんに教わって今作りました。出てこないのなら、これを全ての鏡に貼っていきます。それでもでてきませんか………?」


その護符は巫子にとって束縛を意味し、身動きを封じる事が出来るものだった。

それを見せられて、巫子は慌てて姿を出そうとするも留まり、なんとかその後符を使わせない方法がないかを考えた。


『………ちょっと待って。それを使ったところで、あなたたちが此処から出られる可能性は少なくなるかもしれないのよ。それでも使うの?』

「そうかもしれません。でも、出てこないのなら、本当にこれを使います。………それでも出てきませんか?」

『………』

「………」

『………わかったわ。でも、一つだけ約束して。私が姿を表したら、それは使わないって。もし私が出ても使うようなことをしたら、容赦はしないわ。それで良い?』

「構いません。出てきてくれさえすれば、これは使いません」


それから暫くして、巫子はようやく姿を現してくれた。

約束通りに、護符は破って使えないようにした。


『さて、それで?次は何をしてくるつもり?場合によっては、全員返すことは絶対にさせないからね』

「そんなことはさせません。いえ、させるつもりもありません。僕たちはただ、巫子さんと話がしたいだけなんです。だから………、まずは姿を見せてくれてありがとう」


そう言って一葉は、なんとか巫子と仲良くなろうと、右手を差し伸べた。

あっけにとられた巫子は、一瞬きょとんとするものの、すぐに何か策があってのことと感じて、乗るつもりはなかった。


『そんなこと言って、私のことを騙そうとしても無駄よ。話をするだけなら、鏡越しでも出来るじゃない。わざわざ姿を見せさせる必要なんてなくない?』

「いえ、それじゃあ本心が分からないからです。巫子さんのこと、もっと知りたくて、仲良くなりたくて、いろんな話がしたいんです。その時の表情が見えなきゃ、何もわからないでしょう?だから、出てきてもらったんです。………それじゃ駄目ですか?」

『………そんなの、「はい、そうですか」なんて、言うとでも思ったの?ならとんだ愚か者ね。そんな話に騙されたりしないんだから』


意固地として拒む巫子に、一葉は少し困った顔をして。

だがこれも予想していた範囲内で。

一葉は和也と視線を交わして、二人で巫女に話しかけた。


「では、どうしたら信じてくれますか?僕たち、本当に巫子さんと仲良くなりたいと思ってます。先ほども言いましたよね、『一緒に遊びましょう』って………。あれは巫子さんを呼び出すだけの言葉じゃないんですよ」

「巫子ちゃん、さっきはひどいことを言ったかもしれないけど、本当は君も分かってるんだろう?このままじゃ何も変わらないって。ずっとここで皆と一緒に遊んでいたいのは分かるよ。でも、四六時中一緒になんて、いられないんだ。この子達にも、帰りを待ってる家族がいるんだ。確かに、一緒に遊ぶのには楽しいけれど、一度だけでも、皆を家族の元へ返してくれないか?」

『………』


しかし、巫子は相変わらず了承する姿勢は見せない。

逆に、その言葉で燻らせていた想いを吐き出すように、小さく何かを呟いた。


『………なによ、それ………。結局、私をまたひとりにさせるつもりなのでしょう?そんなの………そんなの絶対に、させないから!』


怒りを露わにした巫子が両手を掲げると、ひとりひとりに前に鏡が現れて。

そこに映る自身の姿が揺らめき、まるで自身を睨むように、冷たい視線を向けて。

その姿に、皆が驚き、思わず身構えると、鏡の中の自分が話しかけてきた。


『偽善者』

「!?」


その姿は、先ほど和也が見た偽物の一葉と同じ、鋭い言葉で心を抉るように、それぞれに向けていたのだった。

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