case.7

一人囚われの身となった和也は、どうやってこの状況を抜け出そうか考えていた。

今、和也は巫子が提案した遊びの最中。

その「鬼ごっこ」に付き合わされているのだが、普通の鬼ごっことは違い、捕まったら罰として巫子の相手をしなければならない、所謂「女王様の僕」といったところだ。


その命令は些細なことでも、ちゃんとできなければ、巫子が駄々をこねて癇癪を起してしまうという、滅茶苦茶面倒なものだった。


一人、また一人と、鬼役のぬいぐるみや人形に捕まっていく子供たち。

捕まってしまった子は、疲れ切った表情でスタート地点であるこの場所へ戻ってきては、巫子の命令を聞き、合格をもらったものは再び逃げることができるが、捕まればまた戻らなければならないということが、永遠と繰り返されているのだった。


「これはまた、あまりにも幼稚で残虐なお遊びだな………」


それにしても、ぬいぐるみや人形が動くなんて、普通じゃあり得ない。

何か特別な力が働いてるとしか考えられないが、この空間自体、何かしらの力が働いていているようだ。

空間は何処までも拡がっていて、果てがない。

それでいて、戻りたいと思えば簡単に元の場所へ戻ってくることができる。

まるで迷宮のような空間だ。


『どう?この鏡の間は。何処までも無限に続いてて、でもすぐに帰ってこれるの。便利でしょう』

「ああ、まったく便利と言いたいが………。場合に寄っちゃ、無限の監獄だな」

『監獄なんて、嫌な言い方しないで。鏡の迷宮、とでも呼んで欲しいわ』


一回鬼役のぬいぐるみに捕まり、巫子からの命令で、泣き続けてる子のお守りをしろと言われて、面倒を見ている和也だったが、その子がようやく泣き疲れて抱きつきながら眠ってしまったので、膝枕で寝かせている状態で、他にすることがなく、今度は巫子との話し相手になっているのだった。


遊び方は滅茶苦茶だが、唯相手を弄ぶのではなく、自分も相手をする辺り、それほど悪い子ではないとは思うが、巫子が一体何を考えているのか、一向に掴めない。

一体何のために、こんな事をしているのか?


和也は巫子の機嫌を窺いながら、情報収拾をしていた。


そして同じく捕まった梓帆もまた、巫子からの命令で和也が見ている子以外の子をお守りしろと言われて、一緒に面倒を見ていたのだが、巫子が他の子達の様子を見ている間に、小声で話をし、自分たちと連絡を取った時はどうやっていたのかを聞き出していた。


「巫子ちゃんが別の遊びをしてて、私から離れた隙にスマホの鏡アプリでいろいろしてたの。その時に、和也くん達の声が聞こえて来て………、試しに話しかけてみたの。どうして繋がったのかは分からないけど、たぶん、鏡が関係してたんだと思う」


そう言って梓帆は、「結果的に和也くんを巻き込んじゃったけどね」と謝った。

和也は苦笑いしながらも、「必ず皆で此処から出よう」と言い、どうにか脱出できないかと、いろいろと模索しているのだった。


そんな中、愛依からの連絡で、一葉達は美術室までのルートを聞いて、その通りに歩いていた。

桜花と二葉は互いに手を握り合い、周りを警戒しながら一葉の後ろについて歩き、何事もなく美術室へたどり着くと、大きく息を吐いた。


「何とか、無事に辿り着きましたね………」

「そうね。でも、ここに何があるっていうんだろう?」

「………」

「…二葉?どうかしたか?」

「………ううん、何でもない」


不意に、二葉が一葉の服の裾をつかんで。

怖いのかと思い、一葉は二葉の手を握ってやると、やはり少しだけ震えている。


「大丈夫だよ、特に変わったとこはないから」

「………うん」

「まだ誰もいないみたい。とりあえず、中に入って待ちましょうか」

「そうだね。ほら、二葉。怖くない、怖くない………」


桜花が中を覗いて、未だ由宇たちの姿がないことを確認すると、一葉は二葉の頭を撫でてやると、少し恐怖が消えたのか、二葉は小さく「うん………」と返事をした。


中に入ると、古びた木の机と椅子が並んでいるのが見え、所々に絵の具が付いたのか、変色している部分があった。

さすがに、絵の具の匂いまでは感じなくとも、何処か独特の匂いが漂っていて、換気のため窓を開けようとして、窓際に来て、ふと一葉は思い出した。


「そう言えば、外って真っ赤な湖になってたけど、それ以外は真っ暗でしたよね?」

「…うん。月もなければ、空があるのかも分からないくらいに周りは真っ暗。そういえば、なんでこんなにはっきり色が分かるくらいに見えるんだろう?いくら懐中電灯の明かりがあるとはいえ、照らされてる部分しか見えないよね?普通は………」

「言われてみれば………、何でだろう?僕たちの目が暗闇になれたって言っても、そこまではっきり認識できるはずないのに………」


そう言いながら、懐中電灯の明かりを外に向け、様子を窺うが、やはり真っ暗で何も見えない。

しかし、校庭の方を見下ろせば、ここに来たときに見た赤い湖が拡がっているのが、視認できる。

一体何がどうなっているのか、さっぱり訳が分からず、とりあえず換気しようと窓を開けようとしたが、窓枠が錆び付いて固くなり、開けることが出来なかった。


「う~ん、錆びてて開かない………。これじゃ換気も出来ないし、どうしよう………?」


全ての窓を開けてみようと試みるが、やはり何処も錆び付いているのかまったく開く気配がない。

仕方なく、窓は諦めて入り口の扉を開けっ放しにして、空気を動かすことにし、由宇たちが来るのを待った。


「………いっちゃん、何処まで行っちゃったんだろう?全然会えないな………」


ふと、桜花がそう言葉を溢すと、桜花が元々一緒にいるのは、郁斗を探していることを思い出して。

一葉はどうしたものかと頭を掻きながら、「そのうち会えますよ、………たぶん」と適当な返事しか言えなかった。


それにしても、本当にどこへ行ってしまったのだろうか?

由宇たちの話に寄れば、急に駆け出していったと言うが、自分たちが来た道ではすれ違わなかったのに、廊下は分かれ道がなかったはず。

先ほどは逃げるのに必死で、周りを見渡す余裕は無かったが、それでも自分たち以外の人影は見受けられなかった。


では、郁斗はどこへ消えたのか?


何処かに隠し通路があったとして、それを郁斗が知っていたのか分からないが、本当に何処かへ消えたとしか言いようがない。

考えれば考えるほどに、謎は深まっていくばかり。

突破できない難問に挑んでいるような感覚が、一葉を襲っていた。

そんな一葉の傍で、じっと兄の様子を窺っていた二葉は、ふと自身のスマホが点灯していることに気付いた。


何も操作をしていなかったはずなのに、何故点灯したのだろうか?

疑問に思いながらスマホを見ると、先ほどまで何も変わりの無かった画面に、ルーン文字が浮かび上がったのだった。


「………お兄ちゃん…、これ………」

「ん?どうし………え?」


二葉が一葉にスマホの画面を見せて、文字が浮かび上がってるのを知らせた。

先ほど確認したときには、二葉の画面には表示されてなかったのを確認しているので、急に浮かび上がったことが覗えた。


「どうして急に………?それにしても、これ、なんて読むんだろう………?」


「今ここに、愛依がいたらすぐに聞けたのにな」、と苦笑いしながら二葉の頭を撫でて。

未だ来ない由宇達の到着を待っていた。


その頃、由宇達は美術室へ向かう途中、図書室の前を通過しようとしていた。


「そういや、郁斗さんに会ったのって、図書室だったよな?確か、カウンターの中で郁斗さんが寝てて………」

「その前に、黒猫もいたわよね?その子に導かれるように、私たち中に入っていったけれど。あの黒猫も、どうしてるのかしらね………」


などと、たわいのない会話をしながら、さりげなく図書室内の様子を窺うと、カウンターの隅の方に、誰かの足が見えた。


「………え?」


思わず、由宇が声を上げると、愛依が「どうしたの?」と声を掛け、カウンターの方に視線を向けると、それに気付いて。

互いに顔を見合わせて、「まさか、ね………」と苦笑いしながら近寄って確認すると、そこにいたのはやはり郁斗で。

またもやこんな場所で寝てしまったのかと呆れつつ、此処で何をしていたのかと気になって、やや悩んだ末に起こすことにした。


「郁斗さん、郁斗さん。起きてください!こんなところで寝てたら風邪引きますよ!」

「う~ん………。………あと、五分」

「って、そんなこと言ってないで、早く起きてくださいよ。」


「ふぁぁぁ」と大きなあくびをしながら、ゆっくりと身体を起こし、未だ眠そうに目を擦っている郁斗に、由宇が手を貸し、立ち上がらせて。


「まったく、こんなところで何してたんですか?」

「ん~?ちょっと調べ物、かな?」

「調べ物って………。皆、郁斗さんのこと探してたんですよ?桜花さんだっけ?一番心配してましたから」

「ごめんごめん、ちょっと気になる事があって。っていうか、桜花にあったの?!」

「はい、郁斗さんが駆け出してった後に、追い掛けたら会いました。けど、郁斗さんはすれ違わなかったんですか?」

「え?そうなの?全然すれ違わなかったけど………」


「おかしいなぁ」と呟きながら、郁斗は首を傾げて。

それよりも、今は美術室へ行かなければ、と今まであったことを話すと、郁斗は特に驚きもせず、興味なさげに「ふ~ん」とだけ答えた。


「で、今はその紅映って人に助けを求めようと美術室に行こうとしてたんです。途中此処を通りかかって、何気なく中を見たら、郁斗さんがまた寝てるんですもん」

「あはは、ホントごめん。それにしても、鏡の少女と悪魔の少年に、保健室の幽霊少年か………。ずいぶんと楽しそうだね」

「………楽しいですか?」


またもや拍子抜けするようなことを言って、由宇はがっくりと肩を落として。

そんな由宇に愛依が「はいはい、気を落とさない」と背中をポンポンと叩いて励まし、気取り直した。


「たぶん、一葉達はもう着いてると思うから、急ごう」


それから図書室を出て、美術室へ向かうことにした。


しかし、この時はまだ気付かなかった。

郁斗が眠っていたカウンターの傍で、あの時の黒猫もいたことを………。


暫くして一葉達は何もせずに待ってるのもつまらなくなり、美術室内を見てまわることにした。

自分たちがいた旧校舎ほどではないが、ある程度の道具が少しだけ置かれていた。

使われずに包装紙に包まれたまま残された画用紙に、絵の具が月変色した画板、そのほかにも、空になったペンキ缶と、留め具が壊れてるのか傾いたイーゼルと、使われることがなかったのか埃を被った額縁が、雑然と置かれていた。


これといって、何の変哲もなく、何処の学校の美術室でもあるような光景だ。

旧校舎にあったような、生徒が描き残した作品は見当たらず、保管してなかったのかと疑問に思っていると、1枚だけ、未だ描き途中のような絵が出てきた。


何かの抽象画だろうか?

不可思議な形をした絵に一葉が見入っていると、ふと桜花それを見ていて、「あれ…?」と声を上げた。


「どうかしましたか?」

「えっと………この絵、何処かで見たことあるような気がして」

「え?ホントですか?でも、確かに言われてみれば、僕もそんな感じがしたんです。何処で見たんだったかな………?」


二人でその抽象画の絵を見ながら考え、ふいに、一葉が「あっ!」と思いだしたように声を上げた。


「これ、旧校舎で見たあの絵にそっくりだ!二葉、覚えてるか?皆で旧校舎の図工室にあった、未完成のデッサン画。これに似てたよな?」


そう言って、二葉にその絵を見せると、二葉は少し考えて「似てる…かも」と呟いた。


何故この絵があのデッサン画と似ていたのか?

理由は分からないが、たまたま同じモノを描いていたのかもしれない。

しかし、これほど似たものを他人が描けるのだろうかと、疑問に思っていると、突然、懐中電灯の明かりがチカチカと点滅して。

一瞬消えたかと思えば、再び付いた。

電池でも切れかけているのだろうかと、不思議に思っていると、急に桜花が声を上げた。


「え?嘘………。なに、これ………?」


「どうかしましたか?」と言いかけて、桜花の方へと視線を向けると、一葉もまた「え?」と声を上げて、そのまま硬直した。


桜花が見ていた視線の先には、先ほどまで何も無かったはずの場所に、1枚の画用紙が置かれていた。

その画用紙が風に煽られているかのように、パタパタとはためいたかと思いきや、急に舞い上がり、まるで生き物のようにクネクネとした動きをしていたのだった。

そして空中で止まり、裏面を見せるように、画用紙の向きが変わると、そこに描かれていた物がはっきりと見えた。


そこには、小さな子が描いたであろう、お花畑を舞う蝶々の絵が描かれていた。

そして、その絵の中の蝶々のように、画用紙の半分が折れ曲がり、端をパタパタとはためかせながら、再び宙を舞うように動き回っていた。


「な…んだ、これ………。どうなってるんだよ?!」


訳の分からない事態に、一葉達は混乱して。

画用紙はパタパタと紙をはためかせながら、一葉達の周りを飛び回り、やがて扉の方へと飛んでいった。

しかし、扉の処に来た瞬間、誰かの手が伸びてきて、その画用紙を捕まえた。


「ダメでしょ、勝手に飛び出して。いい子にしてなさいって言ったでしょう?」


扉の向こうから声がして、やがて見知らぬ一人の少女が姿を現した。

その少女は手に持った画用紙を指でピンっと弾くと、先ほどまでクネクネと動いていた画用紙が、まるで動力が切れたかのように動かなくなった。

そして一葉達に気付くと、「あら?」っと首を傾げた。


互いに顔を見合わせていると、廊下の向こうから足音が聞こえてきて。

その後、扉の向こうから由宇達が顔を出して「やっと着いた…一葉、いる?」といいながら、中へと入ってくるのが見えた。

だが、そんな由宇達もまた、見知らぬ少女が立っていることに気付いて。

「え?」っと声を上げて、由宇達も一瞬立ち止まって、状況を確認しようとした。


「もしかして………紅映さん、ですか?」


ふいに愛依がそう言うと、その少女は納得したように顔を上げて。


「ああ、あなたたちが切名の言ってた子達ね。じゃあ、此処にいる子達もそのお友達ってことかしら?」


その言葉に、愛依は確かに紅映さんだと確信し、「そうです。私たちが切名さんお願いしました」と告げると、紅映は「そう」と返事をして近くの椅子に座った。


「切名から話は聞いてるわ。巫子達がまた面倒事をしてるようね。………まったく、悪戯好きもいいところだわ。ちょっと待ってて、すぐに作るから」


そう言いながら、ポケットから小さな紙を出して、何かを書き始めた。

愛依は、「ありがとうございます」といって、軽くお辞儀をした。


話が見えない一葉達は、愛依に「何のこと?」と尋ねると、先ほど逃げ回った先に保健室に逃げ込んで、そこで切名に会い、その後の経緯を話し、紅映に連絡を取ってもらったのだと答えた。


「それで美術室に来るようにって言ったのか………。それで、何を作ってもらってるんだ?」

「護符よ。鏡の中に捕まった和也と他の子達を助けるためにね。紅映さんには、特別な力があるって話だけど………詳しくは私たちも知らないわ」

「そっか、それで………」

「え?何かあったの?」


今度は一葉が納得したように、顔を上げて、先ほどの光景を話した。


どうして紅映が特別な力を使えるのかは分からないが、巫子達の対策として使えるのであれば、他に頼みようもないことは十分理解した。

和也を助けることが出来ると聞いて安心し、一葉は大きく息を吐いた。


一方、桜花はようやく会えた郁斗に、「もう、勝手に動き回っちゃダメって言ったでしょう?」と注意して。

「ごめん、つい………」と、舌を出して謝る郁斗に、桜花も「まったく、もう………」と大きく溜息をついた。

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