case.5

訳が分からぬままに、見知らぬ場所へ飛ばされて。

抜け出そうにも、外には出られない。

校庭だった場所は見渡す限り、紅い水に覆われ、まるで湖の中にいるかのようで。

その先は闇に包まれ、先が分からない。

誰もがパニックに陥るのは、時間が掛からなかった。


「何だよ…何なんだよこれ!?一体どうなってるんだよ?何処だよ此処は!」

「そんなこと、私だって分からないわよ!」

「一葉達がさっき来ていたから、近くにいると思うんだけど…」

「スマホは?!」

「あっ!!」


二人は慌てふためくも、冷静を取り戻した愛依が、由宇が通話の途中だったことを思い出して。

由宇もそのことをようやく思い出し、足元にスマホが落ちているのを見つけると、急いで拾い上げ、呼びかけた。


「もしもし!一葉!聞こえるか?!もしもし!?」


しかし、由宇のスマホもなぜかノイズ音だけが聞こえるばかりで、通話が出来なかった。

もしかして圏外かと思い、画面を確認しようとして、スマホを見た瞬間。


「え………何だよ、これ?」

「どうしたの?」

「変な文字がでてる…」

「え?文字?ちょっと見せて!」


愛依が由宇のスマホの画面を覗き込むと、確かに画面には特殊な文字が表示されていた。

そして念のため、愛依は自身のスマホと梨音・那音のスマホも確認したら、同じように特殊な文字が表示されている。


「何…これ…」

「俺だってわかんねーよ!一体どうなってるんだよ?」

「アレ?ちょっと待って。この文字…もしかして…」


ふと、愛依が考え込むと、ある文字表記を思い出した。

そしてもう一度スマホの画面を見直して、「やっぱり!」と、何かを思い出したようだった。


「これ、ルーン文字よ。確か…『イス』って文字よ。私のは『ハガル』ね。二人は同じので『ユル』よ。意味は…何だったかしら?」

「愛依様~。肝心なことは覚えててくださいよ~…」

「えーと…確か、メモ帳にルーン文字の意味を書いていたはず…あった!」


がさごそと、持っていたバッグの中からメモ帳を取り出すと、パラパラと頁を捲っていき該当する文字の意味を見つけると、読み上げていった。


「『イス』は停滞、『ハガル』はハプニング・アクシデント、『ユル』は死と再生ね。どれも良い意味ではないものばかりね…」

「…マジかよ、で?なんでこんなのが出てるんだ?」

「それは私にも分からないわ。なぜルーン文字なのかも、分からないし…。困ったわね」


結局八方塞がりになってしまい、何の糸口も見つからないまま、時間だけが刻々と過ぎていく。


一方、一葉達も同様に、スマホの表記がおかしくなっていることに気付き、和也が、愛依なら分かるかもしれない、と付近を探すことにした。


同時に互いを探すことに成り、それぞれが周りを警戒しながら探索していく。

外は相変わらず、仄暗い闇に包まれていて、校庭には不気味な紅い水に覆われていた。


「にしても、一体何がどうなって、こんな場所に飛ばされたんだ?これ、皆が同じ夢見てるってわけでもないだろ?」

「そんなわけ無いだろ。例え此処が夢の中だとしても、全員が同じように視てて、しかも会話が出来るなんて、考えられない」

「だよな…マジでどうなってるんだろう」


一葉達は果ての見えないほどに長い廊下を歩き続けて、何かないかを探りながら先を進んでいた。

しかし、いくら歩けど廊下の果ては一向に見えず、皆に疲れの色が見え始めた。

少し休憩しようかと、立ち止まり、もう一度窓の外を見ても、その景色に変わりはなく、ただ一面紅い水に覆われた校庭が広がっているだけだった。


そんな時、ふいに桜花が近くにあった教室の扉を開くと、「あれ?」っと声を溢した。


「桜花さん、どうかしたんですか?」

「ねぇ…あれ、みて」

「どれどれ…って、え?」


桜花の声に反応して、教室の中を覗いた一葉は、同じように驚いて声を溢す。


「どうしたんだよ、ふたりとも。…って、なんだこれ?」


和也もお教室の中を覗いて、そう異様な光景に目を疑った。


今歩いてきた廊下は、いかにも古めかしい木造の建物の中なのに、扉の向こう側は、まるで中世ヨーロッパにあったような、豪華な洋館の一室のようになっていた。


大きなシャンデリアが天井から吊下げられて、窓には二重のカーテンが付けられ、飾りも付けられている。

部屋の真ん中には真っ白なクロスが掛けられたテーブルがあり、その上に蝋燭が灯されていた。

ただ、それだけが質素に置かれていて、余計に異様さを増していた。


「何なんだよ…此処。教室、だよな…?」

「たぶん…でも、なんでこんな飾りが付けられてるんだ?」

「わかんない…けど、何かありそうじゃない?」

「え、何かって?…怖いこと言わないでくださいよ」


誰もが疑問に思う中、桜花はなぜかワクワクしてるような、一人だけ楽しそうだった。


「マジで何かありそうだな…」


ふと和也が呟くと、蝋燭の火が一瞬だけ揺らいで。

どこからか生ぬるい風が吹き込んだ。


「ちょっ…マジか?」

「おいおい、さすがにタイミング良すぎでしょ?」


良く見れば、窓が少し開いてる箇所があり、カーテンがやんわりと風に煽られていた。

恐らくそこから風が入ったのだろう。


「まったく、驚かせやがって…」


一呼吸置いて、気持ちを落ち着かせて、窓を閉めた。

改めて教室内を見渡すと、壁一面大きな布で覆われて、その一部がずれていた。

良く見るとそこに何かがあるのに気付いて、布をめくってみてみると、そこにはロッカーが並んでいた。


「あれ?これ、ただ単に飾り付けられただけで、元は普通の教室だ」

「え?マジで?」

「うん、ほら、此処ロッカーがある」

「本当だ…でも何でわざわざここまでしたんだろう?」

「う~ん…?」


和也と一葉が悩んでいる中、桜花は二葉と一緒に洋室風に飾られた教室内を見渡して。

そして、ちょうどロッカーが逢った場所と反対にある壁の布に隙間があるのに気付いて、同じようにめくってみるとそこには黒板があった。

しかし、その黒板を見て、あることに気付いた。


「ねぇ、今の年号って『令和』だよね?」

「え?そうだけど、どうしたんですか、いきなり」

「これ、見て…」


そう言って桜花が黒板のある場所を示した。

そこには、年月を書く欄があった。

しかし、そこに書かれていたのは、今の年号ではなく、『昭和60年』と書かれている。


「え?昭和?!って、確か俺たちの生まれた前の時代の年号だよな?」

「ああ、確かそうだったはず…でも何で昭和なんだ?」

「知らないよ。でも、昭和60年って、今から何年前だ?」

「えーと…『平成』が31年まであったから、それ以上ってことだよな。それだけ昔の校舎ってことになるのか」

「たぶんな。昔は木造だったって、じーちゃん達も言ってたから。でも、木造ってこんな感じなんだな」


しかし、此処が昔の古い校舎であることが判明しただけで、あとは何も分からないままだった。

とりあえず、見渡しても他に何か分かるようなものがないので、教室から出て、再び長い廊下を歩き出した。


そして暫く歩いていると、ようやく廊下の果てが見え始めてきた。


「やっと終わりが見えたよ…」

「てか、なんでこんなに長いんだよ…?」


などとぼやきつつも、何とか端まで辿り着くと、その脇に階段があるのに気付いて。


「今度は階段か…これも変になってなきゃ良いけどな」

「バカ言うなよ。実際そうだったら笑えないぞ」

「それもそうだな。とりあえず、上の階へ行ってみよう」


そんな冗談も笑えない状況の中、一葉達は2階へと上がっていった。


一方、由宇たちも周囲を散策していると階段を見つけ、先に2階へ上がっていた。

まるで迷路のような入り組んだ造りになっていて、ひとつひとつ確認していくのには時間が掛かりそうだ。

それでも、何か此の場所の手がかりがないかと、可能な限り見渡して、何もなければ次へと進んでいた。

しかし、これといって手がかりになりそうなモノはなく、ガランとした校舎の中は静寂に包まれていた。


暫く歩き回って、ふと愛依が疑問に思って声を溢した。


「何か変。この校舎、ちょっとおかしくない?」


愛依の言葉に梨音も同じように何か感じたらしく、頷いて返事をする。


「確かに変だよ。だってここ、さっき通った場所じゃない?」

「梨音もそう思う?実は僕も気になってたんだけど…」


そう言って、那音もまた頷いて返事をした。

しかし、由宇だけがその違和感に気付いてなかったみたいで、首をひねっていた。


「そうかな?全然気付かなかったけど。確かに、ずっと歩いてるのに行き止まりがないなとは思ってたけど…どうなんだろう?」


互いに顔を見合わせて、不思議に思っていると、今まで無言でいた郁斗が何かに気付いたらしく、急に駆け出した。


「え?何、どうしたんですか?」


叫ぶ由宇の声に返事もせず、郁斗は颯爽とどこかに向かって駆けていく。

慌てて追いかけるも見失ってしまい、行き当たりの角を曲がろうとした時だった。


「「うわっ」」


角を曲がると同時に、互いに出くわしてぶつかり、尻餅をついてしまう。

だが、相手の姿を見て、互いにその名を叫んだ。


「由宇?!」

「一葉?!」


同時に名前を叫んで、「無事だったか」「やっと会えた」と互いに安堵した。


「あれ?いっちゃんは?」


ふと、桜花が郁斗の姿がないのに気付いて探すと、慌ててどこかに駆けていったことを告げ、その後を追っていたことを説明した。


「こっちの方に行ったと思ったんだけど、すれ違わなかった?」

「いや、此処に来るまでは誰ともすれ違わなかったぞ」

「おかしいな…?確かにそっちの方に走っていったんだけど。何処に行ったんだろう?」

「いっちゃん、何か気になることがあると、周りが見えなくなって突っ走るから。また何を見つけたんだか…」


やれやれと桜花がそう言うと、愛依がふとまた何かに気付いたみたいだった。


「ねぇ、やっぱりおかしいわ。此処、他に脇道なんてないのに、その子に私たちが会わなかったの、変じゃない?」

「え?…言われてみれば、確かに変だな」


和也は愛依の言葉に頷くと、皆も顔を見合わせて、「確かに」とぼやいた。


「マジで何処に行っちゃったんだろう?」

「たぶん、そのうちどこかでまた寝ちゃってるかもしれないから、適当に探してみましょう」

「…良いんですか?そんな適当で」

「うん、いつもこんなだから。それより、愛依ちゃんだっけ?聞きたいことがあったんだけど…」

「あ、そうだ!愛依、これなんだか分かるか?」


そう言って、和也が差し出してきたのは、自身のスマホだった。

そしてその画面にも、先ほどの由宇たち同様にルーン文字らしき表記がでていた。


「それ、私たちのスマホにもあったわ。たぶん、ルーン文字だと思うんだけど、どういう意味でこんなモノがでてるのはまでは分からないわ」

「そうか、でも、文字の意味は分かるのか?」

「少しだけならね。ちょっと見てもいい?」


そう言って、一葉達のスマホを確認して、一葉のは『ニイド』、和也のは『エオロー』と読むのが分かった。

しかし…。


「ちょっと待って、これ、逆位置だわ。意味は…『ニイド』が全ての可能性が出揃っていない状態で、『エオロー』は疑心暗鬼ね。あれ?そう言えば二葉ちゃんのは…何もなかったわね」


そう、なぜか二葉のスマホにはルーン文字が表示されていなかったのだった。

だが、愛依はあることを思いだして、メモ帳をパラパラとめくっていき、そして“それ”を見つけた。


「たぶん、二葉ちゃんのは表示されてないのではなく、“元々何も書かれていないルーン文字”だと思う。読み方としては『ウィルド』で、意味はゼロからのスタートね」

「へー、そんなのもあるんだ?そう言えば、タロットカードも0のやつがあったな。確か『愚者』だったっけ?」

「そうね、タロットに似た部分もあるけれど、ルーン文字の場合、逆位置のモノがないのもあるのよ。私たちのがそうね」


そう言って、自分たちのスマホの画面を見ると、そのルーン文字は逆さまにしても同じカタチになるため、逆位置がないのだろうと分かった。

しかし、それがなぜ自分たちのスマホにでているのか、それすらもわからなくて。

疑問は増える一方で。


とりあえず、今は皆が合流できたことに安堵し、持っている情報を整理しながら、一人どこかへ行った郁斗を探しながら、この場所の詮索を続けることにした。


「それにしても、此処は一旦どこなんだ?旧校舎から変なのに巻き込まれたかと思ったら、こんな所にいるし。マジわけ分かんねー…」


そう、本来ならば旧校舎の中で、二葉の落とし物を捜していたはずだった。

でもなぜか、訳の分からない空間に引きずり込まれて、今この場所にいる。

それからまた暫く詮索を続けていると、突然一葉のスマホが鳴り出した。


「え?着信…?」


だが、画面は相変わらずルーン文字が表示されているだけで、誰からの着信なのか分からない。

しかも今ここには、郁斗を除いた全員がいる。

電話を掛けてくる相手は、他の誰かとなるが、こんな場所で着信を受けるのは不気味に感じて。

それでも、鳴り続ける着信に、思い切って出てみると。


「……もしもし…?」

『…………』


相手は無言だった。

だが、一葉は何か聞こえた気がして、耳を澄まして待ってると、次第に微かな声が聞こえてきた。


『……アケラド……アクサメオキク……アケラド………』

「え…?何?」


何を言っているのか聞き取れず、思わず声を出してしまうと、相手がまた何かを言ってきた。


『…エテクサタ、アケラド…イアゲノ』


やはり、何を言っているのか分からず、戸惑っていると、隣にいた愛依が聞き取ったのか、一葉からスマホを奪って声を聞いた。


「愛依?どうしたんだ…」

「しっ!静かにして、ちょっと待って」


愛依が口に人差し指を立てて、黙らせると、相手の声に耳を澄ませていた。


『エテクサタ、アケラド…イアゲノ…イアゲノ』

「…これ、もしかして……!」


そう言うや否や、愛依は鞄の中からメモ用紙を取り出し、何かを書き始めた。


『オ・ネ・ガ・イ、ダ・レ・カ、タ・ス・ケ・テ』


―お願い、誰か、助けて―


「「「っ!!」」」


聞き取った言葉をメモした紙を見て、愛依がさらにそれを解読させると、その文字が出たのだった。

その文字は、誰かに助けを求めているモノだった。


「もしもしっ!?どうしたの?何かあったの?」


愛依が相手に話しかけ、応答を待つと、暫くして返事が聞こえてきた。


『アクサメオキク、アゲオコニィサタゥ』


愛依は素早くメモを取り、言葉を解読していく。


―私の声が、聞こえますか―


「聞こえるわ。でも、言葉が反転して聞こえるの。私の声は聞こえてる?」

『ウサメオキク』


―聞こえます―


そうして暫く愛依は相手と会話を繰り返して、ある情報を得た。

どうやら電話の相手は女の子で、他にも何人か子供がいること。

皆ある場所に閉じ込められているとのこと。

電話が通じたのは、奇跡に近い状態らしいが、どうしてなのかは分からないらしい。


念のため、電話は繋いだまま、相手の居場所へと向かうため、移動することを決め、何か見つけたら教えてほしいと言うと、電話の相手は『鏡に囲まれて閉じ込められた』と言ってきた。


「鏡に囲まれて、閉じ込められてる?…どういう状況だ?」

「分からない。でも、学校内で鏡って言ったら、どこなんだ?」

「う~ん、大体手洗い場とか、トイレとか、家庭科室………あっ!」


そう言って、皆が顔を見合わせて、「そこだ!」と声を合わせる。

だが、好み知らぬ校舎のどこに家庭科室があるのか、まだわからないことを思い出して、落胆していると、電話の相手が、場所を教えてくれた。


―2階の中央付近にあった―


その言葉を頼りに、皆が家庭科室へと向かったのだった。


時を同じくして。

一人別行動を取っている郁斗が向かった先も、何と家庭科室だった。

先に辿り着いた郁斗は、家庭科室の中にある鏡を見つけて、声を掛けた。


「またずいぶんと派手な遊びをしてるな。これで何人目だ?」


すると、その声に応えるかのように、鏡の中から、声が聞こえて来た。


『…郁斗君も、一緒に遊ぶ………?』


その声に、郁斗は大きく首を振って、否定した。


「冗談言うなよ。そっちに行ったら、もう探検できないじゃないか。入ったら最後、一生帰ることの出来ない“鏡地獄”の中になんて、ごめんだね」


すると、鏡の中の声は残念そうに『じゃあ、何しに来たの?』と呟いた。

郁斗は少し考えて、「別に、唯の気紛れだよ」と素っ気なく返事をした。


『つまらない…まあ良いわ、他の子達と遊ぶから』と呟き、鏡の中の声はクスクス笑いながら消えて行った。


一人残された郁斗は、その場に佇み、またどこかへと駆けていったのだった。



廻り始めた歯車は、歪な音を立てて。

確実に、時を刻んでいく。

その運命に逆らうことは、もはや出来ない。

扉はもう、開かれたのだから…。

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