Day16 レプリカ
「あっちぃ……」
ダラダラ流れる汗をタオルで拭う男子高校生二人。彼らは炎天下の中、自転車をこいで博物館にやって来ていた。
「多瀬が化石見たい〜って言うからきたけど、あっちぃな!」
ぬるくなったスポドリをゴキュゴキュと音を立てて飲む橋本。
「橋本ありがと。海外からわざわざ借りてきたって言うからどうしても見たくて」
ニコッと笑って拳を突き出す多瀬に橋本もコツンと拳を返す。
「あっちぃ中来たんだし、しっかり恐竜感じて帰ろうぜ!」
「それな!」
が、しかし。涼しい館内の特別展に足を踏み入れた橋本は、開口一番「なんだぁ、本物じゃないじゃん」とこぼした。
「なぁ多瀬。レプリカってことは本物じゃないじゃん。借りたってどーゆー事?なんか残念」
「俺も目玉展示までレプリカだとは思わなかった……」
人混みの列の中、ぼそぼそと話し合う橋本と多瀬。
「そりゃ海の向こうに貸すんだし、レプリカも無理ないとは思うけどさぁ」
「恐竜感じるって感じじゃなかったな」
「それな」
黙々と特別展を歩いて出てきた彼らはどんよりした空気を纏っていた。
「これからどうする?」
橋本に聞かれて多瀬は困っていた。こんな早く特別展を見終わるとは思っていなかったので、他の予定は考えていなかったのだ。
ぐるりと周りを見回す多瀬。大人も子供もごった返す中、隅にワークショップの看板が見えた。
「橋本、あれやろう!」
驚いている橋本の腕を掴んで、多瀬は人混みを縫ってワークショップに向った。
「あの、『スピノサウルスの歯を作ろう!』はまだ空きありますか?」
一人分と言われたので、多瀬と橋本は一緒に一つを作る事になった。
「今回作るのは、スピノサウルスの歯です。スピノサウルスはいつ頃の恐竜かご存知ですか?」
講師の人の質問に誰かが「後期白亜紀、アフリカに住んでましたー」と答える。
「そうです。実はスピノサウルスの標本は戦争で失われてしまったので、今はあまり残っていないんですけれど──」
「レプリカ見たあとレプリカ作るのもアリだな」と、くすくす橋本が笑う事など構わず講師の人はどんどん説明を進めていく。
「ではこちらの石膏を手早く溶かして、型に入れていきましょう。ラバーボウルに石膏の粉と水を入れて混ぜてスパチュラで混ぜてください」
スパチュラ──パティシエがクリームを塗る時に使うヘラみたいな道具──でザバザバかき混ぜる。
「なめらかになったら型に入れてください」
歯の両面立体レプリカなので、二つの型にぎゅうぎゅうと詰めていく多瀬。
さらに気泡を抜くために十回ほど机に落として振動を加える。みんなで同時にガン、ガン、ガン、と響かせる音は結構耳に刺さるくらい硬質な音だった。
「向きを合わせて型を重ねて、ぎゅっと押し込んでください」
「橋本の方がパワーありそうだからよろしく」
言われた通りぐいっと親指に力を込めて押し付ける橋本。
「輪ゴムをかけたら乾くまで二十分待ちます」
「「二十分……!?」」
顔を見合わせる多瀬と橋本。
「今回のレプリカ作成は大人向けですので、色付けまでやってみましょう。絵の具と実物化石と写真のコピーは前にありますので、乾くまでに配色を考えてくださいね」
講師の人が言い終わるやいないやザワザワと席を立つ人たち。それをぽかんとした顔で眺めている多瀬と橋本。
「思ったより本気のレプリカ作りなんだね……」
「作るのマジむずいな」
「色塗りこれからだよ」
はぁとため息をつく二人。
「橋本、美術得意?」
「俺、いつも評価2。多瀬は?」
「3。石膏詰めるだけならできるけど色塗りは無理」
輪ゴムでぐるぐる巻きにされた石膏の型を指先で突きながら橋本はぼそりと言った。
「本物じゃないからって残念がって悪かったなぁ」
(「Day3 文鳥」の多瀬と同一人物です)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます