Day2 透明
「シロクマの毛ってさ、白じゃないんだって」
結露したサイダーのグラスを弾きながら彼女は言った。
「じゃあ何なんだい?」
返す彼はカルピスに浮いた歪な氷を見つめながら聞く。
「実は透明なんだよ」
彼女の答えを聞いて「へぇ」と声と共に顔を上げた彼。その額を彼女は静かに見つめた。
「透明でも微かな濁りが重なって白く見えてるんだって」
なんでも見透かしてしまいそうな程、真っ直ぐで透き通った彼女の瞳を前に彼は息を呑んだ。
「しかも皮膚は黒いんだって」
「……白要素ゼロだねぇ」
なんとか一言搾り出した彼だったが、彼女は「それな」とだけ言ってサイダーを吸い上げる。
彼女を見ていられず、彼は喫茶店の古めかしい窓ガラスの向こうへ目を向けた。抜けるような青空の天高くを風が駆けていく。入道雲もよく育っているのが見えた。
透明が降り積もって白く濁っていくなんて、まるで自分の事のようだと彼は思った……が、夏らし過ぎる空に似合わない思考だなと彼は苦笑した。
空になったサイダーのグラスから、結露が一雫垂れる。
「私ね、透明に課金する気はないんだ」
一言残した彼女はサイダーの代金を卓上に置くと何処かへ去っていった。
彼は彼女を引き止めなかった。止められなかった。
自然な演技を一つ、また一つと日常で重ねていくうちに、元の自分とは違う人間を演じることになった彼。
最初は目の前にいる人に喜んで欲しかったから。そして、一人ぼっちは嫌だったから。でも、黒さを隠しても、承認を求める心は変わらなくて。
天井を仰いだ彼は、カルピスの氷をバキバキと噛み砕く。
その後、彼が彼女を見つける事はなかった。
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