第132話 これだけは、だれにも……。 🏠



 ほぼ一年前、前回のカクヨムコンに同じタイトルで掌編を書いたことがあります。

 そのときはそのときで渾身だったのですが、心身を凍らせる季節がもたらすものは同じなのか、そっくり同じ思いが未明の起床とともにあざやかによみがえりました。


 今回の記憶は数十年前、ある新聞記者に「こんなものを?」と言われたこと……。

 そのころは専務取締役だったヨウコさんですが、実際には、接待好きで飲み歩いているばかりの社長(夫)業も担っていました(のちにこれが大いに役立ちました)。



      *



 で、あれやこれやで社業を盛り上げようとしていて、その一策が手書きの社内報の配布でした。といっても自社スタッフの動向だけでなく顧客や取引先で聴いた逸話も掲載して読者を増やし、知らぬ間に☆◇会社グループをつくろうという企み。(笑)


 目論見が軌道に乗り、発行部数も一万部に近づくと、うわさを聞いた記者が取材に来ました。それをきっかけにして親密なつきあいが始まったのですが、あるとき記者(支局長)に言われたのです「こんな程度のものを、そんなに大事にしているの?」



      ****



 これだけは、だれにも……。 🏠



「約束の時間の三十分前に現地到着」は、仕事時代が長かった橙子さんの習い性。

 引退したいまはさらに先鋭化し(笑)一時間前の到着が当たり前になっている。


 数分おきに腕時計を見ては本に目をもどすが、内容はほとんど頭に入って来ない。

 なにしろ十数年ぶりなのだ、理由も告げずに遠ざかっていた彼女との再会は……。


 あれから互いにいろいろあって、有為転変を絵に描いたような歳月が過ぎ去った。

 橙子さんより七つ、八つ年下の彼女も、さすがにもう現役バリバリとはいかない。


 一時は行政の副首長まで昇りつめたが、ある一件をきっかけに失脚してフリーに。

 でも、そのころはもう橙子さんの気持ちが逸れていたので詳しい事情は知らない。


 その後、プライベートな別離やら病気やら人並みの苦労があったことを風のうわさに聞いてはいたが、それでもこちらから連絡を取る気にはどうしてもなれずにいた。



      👗




 疎遠だった彼女からとつぜんのメールが届いたのは、一週間ほど前のことだった。

 会ってどうしても詫びたいことがあると手紙のような長文の最後に書かれていた。


 あのころのわたしは舞い上がっていて、あなたを傷つけたことに気づかなかった。

 初の女性トップともて囃され、自分は特別な存在なんだ、地域の救世主だと。💦


 それにというのも言い訳めくけど、あなたとわたしの間柄だしという甘えもあり、うっかり軽口が飛び出たの、浅はかにも、それほど重要なことだとも思わずに……。


 例の一件で辞任に追いこまれ、それから拾ってくれる組織に臨時で雇ってもらい、いろいろな職場を転々として、ようやく気づきました、自分の愚かな思い上がりに。


 あなたから連絡が来なくなったときも、内心でわたしの成功に嫉妬しているんだと思っていたんだから、つくづく自分自身が情けなくなります、本当にごめんなさい。


 素直な反省が綴られてはいたが、正直、どこまで分かっているのか疑わしかった。

 それだけあの当時の彼女は自身で告白しているとおりの👺だったのだから……。



      ☕



 約束の時間の五分前、店員さんに案内されてやって来た彼女をひと目見て驚いた。

 これが大胆なスリットの入った高級スーツで庁舎の副首長室にいた、あの彼女?


 化粧の浮いた肌、中途半端な長さの乾いた髪、服装も地味だし、どこかわるいのか背中を丸めた姿勢はあきらかに高齢者のものだし、同一人物とはとうてい思えない。


 ぎこちない挨拶が済むと「あのときは本当にごめんなさい」すぐに彼女が言った。

「わたし、世の中のこと、なにも分かっていなかったの、いい歳して恥ずかしいわ」



 ――士業はねえ、自分で仕事を取って来なきゃならないからねえ。((((oノ´3`)ノ



 身体の弱い子どもが一大決心をし、一年間ほとんど眠らずに猛勉強をして超難関のプラチナ資格に一発合格を果たした……そのことを告げたときの心ない言葉だった。


「わたしたち公務員はその点」上から目線を隠そうともしないラメ入りのルージュがぬめぬめ動くのを横目に「あんたになにが分かんの?!」席を蹴ってやりたかった。



      🍰



 人にはだれにも「これだけは」というものがあって、そこには触れて欲しくない。  

 逆に言えば、触れてはいけないものに気づけないのは、人として鈍感の極みです。


 そんなことを敢えて説明しなくても、今日の彼女はすべて承知で来ているらしい。

 すっかり謙虚になった人間に、いまさら、むかしの傲慢を責めたって始まらない。


 人間の本質は簡単に変わるものではないとは思うが、橙子さんだって完璧じゃないんだし、酸いも甘いも嚙み分けた同士、絶交解消とまいりますかねえ。(*´ω`*)


 各地を転々として来たが、さいごにはやっぱりこの街に住みたかったという彼女と ときどきこうして珈琲を飲みながら、来し方行く末を語り合うのもわるくないよね。

                        (2022年12月21日)




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