VOL.02

第101話 I was born 考 🦌



 通勤時間帯の渋滞を用心して早々に家を出たら、途中の道路が呆気ないほど空いていたので、ほんの十分弱で歯科医院に到着。診察券を持って入口に向かいましたが、ん? 自動ドアが開きません。まさかのことに猛暑やつれで体重不足だったりして? セルフつっこみをしながら念のため手動で開けようと試みましたが、むろん、NO。


 呆然と立ち尽くす目の前を色とりどりの通勤車両や、一様に大きな黒いリュックを背負った男女高校生たちが行き交い、みんな怪訝そうに見て行くような気がします。失敗した、もっとマシな格好で来るんだったわ。狭い診察台を思って超カジュアルな服装で来たことを悔やむ自分に「まだ見栄を張りたいの?」さらにセルフで。(笑)



      🚲



 そうこうするうちに、すいっと走って来た自転車からひらりと若い女性が降りて、「あら、開いていませんか~?!」マスクの上の目を丸くしたところへ徒歩でやって来たもうひとりが「やだ、開きませんか~?!」愛らしい眸を見張ってくれました。


 ふたりとも見慣れない私服なので分かりませんでしたが、どうやらいつもお世話になっている歯科衛生士さんみたいで、「すみま~ん、寒いところでお待たせして」「いえいえ、わたしが予約時間より早く着きすぎたのですから」「いつもなら、とうに当番が開けている時間なんですけど、どうしたのかしら」「あ、ご心配なく、今朝はいやに道路が空いていたものですから」ときならぬお詫び合戦になりました。(^^;


 

      🏙️



 診察室へ通されてからも白衣のスタッフさんたちから口々に「すみませんでした」と言っていただき、かえって恐縮でした。通い慣れた診察室は二階なので、診察台に仰向けに寝ると大きな窓が快晴の空に近いだけ宇宙船に乗っているような感じです。向かいのお弁当屋さんには「味噌かつ丼」の赤い旗がたなびき、隣のビジネスホテルから出て来た外国人カップルが入店して行きます。一見平穏な、日々是好日の一景。


 テレビにアップになった髭がよみがえります。戦闘組織のリーダーだそうですが、前歯が何本か欠けているので、表示された年齢よりだいぶ老けて見えました。日本の片隅の庶民たる自分は歯科医の予約時間云々など些末なことにとらわれていますが、今日を生きるに懸命で検診など思いもよらない地球人も少なくない現実があります。


 たまたま生を享けた土地で決まる一生。それこそ吉野弘さんの書く「I was born」そのものではありませんか。まさに偶然の幸運に過ぎないにせよ、いまのところ戦禍の外にいられる身は、せめて渦中に心を寄せつづけなければ……。(´;ω;`)ウゥゥ




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