第122話 裏切り


《ローエン・ステラジアン視点Side


「が――――あ――――ッ!?」


 身体を一刀両断され、苦悶の声を上げながら地面へ倒れるマティアス。


 砂利色だった地面は瞬く間に赤く染まり、彼の身体は血だまりの中に沈む。


 ――マティアスはきっと、自身の身になにが起こったのか理解すらできなかっただろう。

 すぐ傍で見ていた俺ですら、目の前の光景が現実とは思えなかったほどなのだから。


「……」


 レオニールはだらんと脱力した腕で、血に塗れた剣を握る。

 そんな彼の姿を見たイヴァンは顔を真っ青にし、


「レ……レオニール!? 貴様、いったいなにを……気でも触れたかッ!?」


「ああ……そうだな。オレはおかしくなってしまった」


 ――チャキッと剣を握り直し、脱力したままこちらに歩み寄ってくるレオニール。


 俺とイヴァンにとって、その姿は恐怖でしかなかった。

 それも、圧倒的なまでの。


「いや……オレはもう、とっくにおかしくなってたんだ。オードラン男爵と会った、あの時から……」


 ブツブツと呟くように喋るレオニール。


 そして彼の足は一歩大きく踏み込み、ジャリッと強く地面を踏み締める。


 ――攻撃を繰り出す予備動作。

 レオニールの斬撃が、飛んでくる――。


 イヴァンはそれをいち早く認識し、


「ッ! ――〔アクア・ウィップ〕!」


 剣を抜いて魔法を発動。

 水流の刃が大蛇の如くうねり、彼の回りをグルグルと囲う。


 イヴァンの〔アクア・ウィップ〕は攻防共に隙のない技だが、この水流の動きは完全に防御に徹している。


 さらに水流を全自動フルオートで制御した、イヴァンができる限りの最大防御だ。


 反撃すら考えず、護身に集中する――。

 そうでもしないと、レオニールの斬撃は防げない――。


 それは自らとレオニールの実力差を嫌と言うほど理解しているからこそ、イヴァンが取った行動だったのだろうが――。


「無駄だよ」


 レオニールが、タンッと地面を蹴る。


 次の瞬間――彼の放った目にも止まらぬ斬撃は、あまりにも容易く水流ごとイヴァンを叩き斬った。


「う……あ…………ッ!」


 幾多もの斬撃がほぼ同時に浴びせられ、ズタズタに斬り刻まれるイヴァン身体。


 〔アクア・ウィップ〕の防御ですら全く役に立たなかった。

 レオニールはまるで紙切れでも切断するように、魔法による全自動フルオート防御をただの剣技・・・・・のみで突破したのだ。


 とてもではないが、今の俺では真似できない。

 いいや……こんなことができるのは、レオニールを除けばオードラン男爵くらいのモノだろう。


「レ、レオニール……! お前……!」


 俺は戦斧を構える。

 だが腕の震えが止まらない。


 冷や汗が滝のように額から流れ落ち、全身から血の気が引いていくのがわかる。


 あれほど頼もしいと感じていたレオニールの剣技が、今自分へと向けられる――。


 俺は死を覚悟した。

 いつかはオードラン男爵に追い付こうと語り合い、共に研鑽に励んだ剣で殺されるなど、なんて悲劇だと自分を嘲笑した。


 しかし――。


「……殺してないよ」


「なに……?」


「二人は殺していない。今日は斬れるかどうかの確認に来ただけだから。オレは、ちゃんと斬れた・・・よ」


 レオニールはそう言ってヒュンッと剣を振るい、血を払ってから鞘へと納める。


 ――よく見ると、マティアスもイヴァンも胸部の辺りが僅かに動いている。

 呼吸をしている証拠だ。


 どうやら気を失っているだけのようだ。

 とはいえかなりの重傷で、一刻も早く手当てをしなければ命に関わるのは間違いない。


「でも……ローエン、正直に言ってキミのことはあまり傷付けたくない」


 レオニールは目を逸らすように俺へ背を向け、


「……レティシア夫人に伝えろ。オレは今から、オードラン夫妻とそれに味方する全ての者の敵となる。そして、次からは決して容赦しないと」


 そう言い残し、俺の前から去っていく。


 恐怖と困惑で、俺は頭がほとんど真っ白になっていたが、


「レオニール……何故だ……? お前になにがあったんだ!? 答えろレオニール!」


 がむしゃらに、彼の名を叫ぶ。


「お前はオードラン男爵の〝騎士ナイト〟だったんじゃないのか!? お前は……俺と志を同じくする友だったんじゃあないのか! レオニール!!!」


 ――レオニールは答えない。


 そんな背を向けたまま去って行く友の背中を……俺は追い駆けることができなかった。




 ▲ ▲ ▲




《レティシア・バロウオードラン視点Side


「…………もう一度…………もう一度、説明して頂戴」


 ――私は愕然とした。

 我が耳を疑った。


 自分は今悪夢の中にいるのか、そうでなければ耳が壊れてしまったのかと思ったほどに。


 もっとも、そう感じたのは私だけではないでしょう。


 ローエンの話を私の傍で聞いていたシャノアも、ラキも、エステルも、カーラも、皆が「信じられない」という顔をしているのだもの。


「……レオニールの奴が、イヴァンとマティアスを斬った。そして今後、オードラン夫妻とそれに味方する全ての者の敵となると……そう言い残して、去っていった」


 ローエンは椅子に腰かけ、ぐったりと項垂れながら言う。


 重傷を負ったイヴァンとマティアスの二人は学園の医療棟へと運び込まれ、集中治療を受けている最中。


 私たち女子組は事件の報せを受けて医療棟に駆け付け、そこにいたローエンから事情を聴いて――今に至る。


 シャノアはカタカタと肩を震わせ、


「な、なんで……? どうしてレオニールさんが……? あ、あんなにオードラン男爵を尊敬してたのに……!」


 激しく怯えた様子で口元を手で抑える。


 続いてエステルがクルリと振り返って、私たちの下から離れていこうとする。


「……私、レオニールのおバカ野郎を探しに行ってきますわ。そして、首根っこを引っ掴んででも連れ帰ってやりましてよ」


「ダメよ、エステル……。幾らあなたでもレオニール相手では勝ち目がない」


 私は早まろうとするエステルを押し止める。

 しかし彼女はギリッと歯軋りを鳴らし、


「勝ち目のあるなしじゃねーんだわ!」


 ガンッ! と地団駄を踏み、床を大きく陥没させる。


「……Fクラスは一心同体。私たちのお魂ソウルは常に一つだったはずでしょう……? それなのに裏切って、親友マブダチ同士で殺し合うなんて……こんなの絶対に間違ってるだろーが、ですわ……!」


 悔しそうに拳を握り締め、その場に立ち尽くすエステル。


 ……きっと彼女の心の中は今、行き場のない怒りとやるせなさでいっぱいなのだろう。


 彼女は友情や義理人情にとても厚い性格だもの。

 友人の裏切りや仲間同士での殺し合いなんて、心の底から見たくないはず。


 気持ちは痛いほどよくわかる。

 それは私も一緒だから。


 レオニールが裏切るなんて――信じられない。

 あれほどアルバンの〝騎士ナイト〟であることに誇りを持っていたのに。

 それが何故、こんな凶行に……。


 ……考えられる可能性は、誰かに誑かされた――とか?


 でも誰に?


 状況から考えて、一番関与が疑われるのはエルザ第三王女でしょう。

 アルバンに次ぐ実力の持ち主を味方に引き入れれば、こんなに心強いことはないもの。


 でも……どうやって?

 私が知る限り・・・・・・、レオニールとエルザ第三王女に接点なんてないはず……。


 それにこんなことをしても、エルザ第三王女の立場が有利になるワケでもないのに……。


 ……わからない。

 あまりにも不可解な点が多過ぎる。


 とにかく――。


「……このことは、アルバンには黙っておきましょう」


「ふぇ? い、いいんですかレティシア夫人……?」


 不安気にシャノアが聞き返す。

 私は短く深呼吸し、


「〝レオニールが私の命を狙い始めたかもしれない〟――なんてアルバンが知ったら、どんな暴挙を働いてでも私の元に来てしまいかねないわ。レオニールの問題は、一旦私たちだけで解決を試みましょう」


「……ああ、そうだな」


 ローエンは私の言葉に賛同しつつ、椅子から立ち上がる。

 彼は決意に満ちた瞳で遠くを見つめ、


「次にレオニールと会ったら、今度こそ俺が説得してみせる……。アイツは、きっと気の迷いがあっただけなのだ」


「ローエン……」


「もし……もしそれでも尚、意思が固いというのなら……レオニールは俺が討つ。例え、この命と引き換えてでも」



――――――――――

レオニール、離反(´·ω·`)


初見の読者様も、よければ作品フォローと評価【☆☆☆】してね|ω`)


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何卒、当作品をよろしくお願い致しますm(_ _)m

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