第120話 教師と騎士と暗殺者


《パウラ・ベルベット視点Side


「――あ、ホラントくん! こっちこっち!」


 ――城下町の一角にある、地味で小さな喫茶店。


 そのテラス席に腰掛けながら、私はこちらに向かってくる元後輩へ手を振った。


「……お疲れ様です、先輩」


「急に呼び出してゴメンねぇ~! とりあえずコーヒーでいいかな?」


「ええ、適当なモノで」


 ホラントくんはそう言って反対側の椅子に座り、私は彼の分のコーヒーを注文。


 先日久しぶりに会った時とは異なり、今日のホラントくんは完全な私服。

 軽装甲冑は勿論、腰に剣をぶら下げたりもしていない。

 

 もっとも、懐に短剣は隠してるでしょうけれど!

 そういう風にしろって教えましたし!


 ちなみにかく言う私も、学園にいる時とは違って今日は私服姿でお出掛け。


 一応身を隠すために、帽子ハンチング黒眼鏡サングラスを着けてはいますが!

 あ、勿論私も〝武器〟はちゃんと隠し持ってますよ!


「しかしなぁ~、今やホラントくんも〝王家特別親衛隊〟の小隊長を務める身かぁ~! 私も鼻が高い!」


「……」


 ギロリと睨んでくるホラントくん。


 ――こういう場所で会談する時、どれだけ周囲に人気がなくても、組織などの具体的な固有名称は口にするな。

 誰に聞かれているかわからないぞ、って。


 昔、私が彼に教えたことだ。


 勿論、私だって忘れてない。

 今のはワザと・・・だ。


 ホラントくんの意識が、今どの程度なのかを推し量るための。


 結果、彼の意識はちゃんとした〝王家特別親衛隊〟の小隊長のそれになっていると判明。

 よかったよかった!


「うんうん! 本当に成長したんだねホラントくん! まだまだ甘っちょろい新米だったあの頃とは、目つきが大違いだよ!」


「……そういう先輩は、なにも変わっていませんね」


 小さな声で、呟くように彼は言う。


「まるで鉄面皮を貼り付けたような、その笑顔……。あなたはいつ如何なる時でも、決してその表情を崩さない。例え死地の只中にいようが、苛烈な尋問の最中だろうが、決して」


「それはそうだよ。笑顔は大事だもの!」


「……強者たる者、笑みを崩すべからず――ということですか?」


「違う。極限の状況下で、笑顔ほど相手を恐怖させるものはないから」


 ――私はコーヒーが注がれたカップを指で持ち、口へと運ぶ。

 まだ熱くて美味しい。


「昔さ、教えたよね。制圧作戦の最中だろうが尋問の最中だろうが、意識すべきことは一つだって」


「…………如何に早く相手を絶望させ、徹底的に〝心〟を折るか……ですよね」


「そう、そのためには楽しんでる感を出さなきゃ。だって〝楽しんでる人間〟って怖いでしょ?」


「……」


「こっちが一ミリでも気後れしてると思われたら……相手はいつまでも抵抗してくるよ。だから、笑顔!」


 ニコニコ笑顔をホラントくんに見せつける私。


 そんな私を見て、彼は長いため息の後に口を開く。


「……先輩、先輩はどうしてウチを辞めてしまったんですか?」


「え? だって〝飽きちゃったな〟って思ったから。あとファウスト学園長にスカウトされたから」


 もう一度、コーヒーを口に含む。


 うんうん、ここのコーヒーは当たりだなぁ!

 それにやっぱりコーヒーは無糖に限りますね!


「あ、ちなみに教師の仕事はそれなりに面白いし楽しいよ! 立て続けに事件やトラブルが起きるし、見込みのある生徒もいるしさ!」


「……先日捕まえた、のような?」


 ――ホラントくんの声色が切り替わる。

 それ・・が本題であると、よくわかっているみたい。


「そうだね! あの子は私のお気に入りだよ!」


「だと思いました。……今回、僕を呼び出したのだって彼の件に関してでしょう?」


「その通り! ああ、でもそのお話はもうちょっと待って! 実は他にも呼んでいる人がいて――」



「その呼んでいる人というのは、のことかな?」



 そんな台詞と共に――私たちのいるテラス席のすぐ傍に、突如男性が現れる。


 長い黒髪を後頭部で大雑把に結わえ、黒眼鏡サングラスをかけた中年男性。


 全身真っ黒の忍装束をまとい、首に鮮血のような真っ赤なマフラーを巻いた、特徴的な格好の人物。


 ――凄い!

 気配がなかった!

 完全に、完璧に!


 こんなに近い距離まで接近されて声をかけられるまで、この私が気付くことさえできなかったなんて!


 もしこれが戦いの場だったら、私死んでたかも!


 うんうん、流石は国王の懐刀にして、ヴァルランド王家が唯一正式に認可する暗殺一家――その当主、バスラ・フィダーイー・レクソン!


 素晴らしい!

 やっぱり生半可じゃありませんね!


 嬉々とする私とは対照的にホラントくんは驚愕し、


「ッ!? き、貴殿はレクソン家の……!」


「落ち着け、若いの。俺は争いに来たのではない」


 思わず懐の短剣に手を伸ばしかけるホラントくんを余所に、バスラさんは適当に椅子を引っ張ってきて腰掛ける。


 そうして喫茶店の小さなテラス席は、私たち三人の会談の場となった。


「今日はこの席に呼んで頂き感謝するぞ、パウラ女史よ。それといつも娘が世話になっている」


「いえいえ、生徒の面倒を看るのは教師の仕事ですから! それに彼女は、いずれあなた匹敵する存在になれますよ!」


「フッ……当然、そうなってもらわねば困る」


 ほんの少しだけ頬を緩ませるバスラさん。

 しかしすぐに「さて」と話を切り替え、


「本来であれば、そこの若いのが属する組織と俺とは商売敵……。お世辞にも顔を合わせて気分のいい関係ではない」


「……そんなの、こちらも同じだ」


 なんとも険悪な雰囲気の両者。


 〝王家特別親衛隊〟とレクソン家はずっと仲が悪いからな~。


 国王という共通の上司がいなければ、それこそ殺し合っていてもおかしくないほどに!


 幸か不幸か、私が現役の頃にはそういう事態にならなかったけども!


 バスラさんは話を続け、


「そんな俺たちを同じ席に座らせるのだから……よほど重要な話があるのだろう?」


「ええ、勿論! ――の裁判が無期延期になったのは、お二人とも既にご存知ですよね?」


 尋ねると、二人は無言でコクリと頷く。


「ならば――その裏で動いてるお方がいるのも気付いているはず!」


「「……」」


「私、思うんです! この国はそろそろ変わるんじゃないかなって! それで、誰の側・・・に付くかをお聞かせ頂きたいと思いまして!」


 私がハキハキとした声で言うと――テラス席にしばし沈黙が流れる。


 そして重い口を先に開いたのは、バスラさんの方だった。


「……逆に、貴殿は決めているのか?」


「私? 私は勿論、生徒の味方ですよ! それになにより、彼の側に付いた方が楽しいに決まっていますから!」


「フッ、楽しい・・・か……。貴殿もかなり気が触れていると見える」


 む、そうでしょうか?

 人生を楽しく生きるなんて、誰でも思ってるような気がしますけど?

 だってそうしないと笑って死ねないですし。


 でもまあどうでもいいですね!

 人生なんて楽しんだ者勝ちなんですから!


「ではこちらの答えだが……彼には借り・・がある。借りは必ず返すべき――それがレクソン家の〝教義〟だ」


「それが国王の懐刀という立場と矛盾するとしても、ですか?」


「いいや、矛盾しない。何故なら我ら一家は〝国王〟に忠義を誓っているのであって、ディートフリート国王個人にではない」


 ほうほう、国王の首がすげ替わるだけならなにも問題はないと!


 もの凄い建前というか、屁理屈ですねぇ!

 でも暗殺者アサシンらしくて嫌いになれません!


 それにもしかしたら、バスラさん自身ディートフリート国王のことがあまり好きではないのかもしれませんね。


 卑屈さを感じるほど保守的なディートフリート国王とは、如何にも相性悪そうですし。

 

 ま、私も人のことは言えませんが!


 私は続けてホラントくんの方を見て、


「ホラントくん――キミは、どうする?」



――――――――――

人生は、楽しまなくっちゃね(・∀<)⌒☆バチコーン


初見の読者様も、よければ作品フォローと評価【☆☆☆】してね|ω`)


☆評価は目次ページの「☆で称える」を押して頂ければどなたでも可能です。

何卒、当作品をよろしくお願い致しますm(_ _)m

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る