第96話 舞踏会は絶好のタイミング③


 マティアスのキスにより、舞踏会の盛り上がりは最高潮を迎える。


 だが――。



「――――騙されてるぜ・・・・・・!」



 そんな怒声が、会場のムードを一瞬で掻き消した。


「「「――っ!?」」」


「テメェら、皆騙されてる。その女は、ウルフ侯爵家の〝花嫁〟になんざ相応しくねぇ!」


 会場の入り口から響く、怨嗟に満ちた男の声。


 声に釣られ、俺たちが視線を向けた先には――ガラの悪い褐色肌の男が立っていた。


 その姿を見たマティアスは、驚きと嫌悪感を混ぜ合わせたような表情となる。


「兄貴……!」


「よぉマティアス。弟のくせに、兄上様をパーティにお呼びしないなんて失礼な野郎だな。えぇ?」


 ニヤッという下卑た笑いを口元に浮かべ、ヅカヅカとマティアスたちの下へと近付いていく褐色肌の男。


 彼の姿を見たカーラは驚きを露わにし、


「ナルシス・ウルフ……! まさか、正面から堂々と乗り込んでくるなんて……!」


 如何に優れた暗殺者アサシンであるカーラも、流石にこれは予測できなかったらしい。


 ああ……コイツが件の、マティアスの兄貴のナルシスって奴なのか。


 つまり――レティシアを殺そうとした主犯ってワケだ。


 よくもまぁ、俺の眼前にノコノコと出てこられたモンだな。


 ――殺す。


 生憎と手元に剣はないので、拳で殴り殺すとしよう。

 顔面の骨を叩き割られて死んでもらうのも、まあ一興だろう。

 精々苦しんで死ね。


 そう思いつつ、俺はナルシスの下へ向かおうとしたが――バッと、レティシアの細い腕が俺の行く先を遮る。


「ダメよ、アルバン」


「はぁ? なんでだよレティシア」


「この状況、決して外野が手を出してはダメ。そんな真似をすれば、マティアスが面目を失ってしまうわ」


 俺にだけ聞こえるよう、小さな声で伝えるレティシア。


 彼女は続けて、


「……でも、ナルシスがこのタイミングで、それも堂々と正面から現れるということは……。厄介な事態になったかもしれない」


 出来ればこう・・はならないで欲しかった――そう言いたげな表情で、レティシアは唇を噛み締める。


 まるで、この後の展開を予想できてしまっているかのように。


「マティアス……これはあなたにとって、最大の試練となるわよ」


 レティシアは呟く。

 そんな彼女のことなぞ露知らず、ナルシスはマティアスの目の前に立った。


「マティアス……お前、知らねぇだろ? この女の正体をよ」


「なに……?」


「なにも知らない可哀想なバカ弟のために、優しいお兄様が教えに来てやったんだよ。――この女の正体をよ!」


 そう言って、ナルシスはビシッとエイプリルを指差す。


「いいか、よく聞け! その女は〝エイプリル・スチュアート〟なんかじゃねぇ! スチュアートって姓は、完全に偽名・・だッ!」


「――っ!」


 ナルシスの看破するような発言を聞いて、顔を真っ青にするエイプリル。


 しかしナルシスは止まらず、


「そいつの本名は〝エイプリル・メディシス〟! 十年前、領地で起きた税に対する抗議運動を武力で弾圧し、千人以上もの領民を虐殺――その悪行故に国王から爵位を剥奪され、断頭台で処刑された最悪の貴族、ポワロ・メディシス子爵の一人娘なんだよ!」


「「「――――!!!」」」


 会場が、ザワッと一気にどよめく。

 同時に貴族たち全員の視線が、エイプリルたった一人に集められる。


「全部調べさせてもらったぜぇ? 十年前にメディシス家が没落してから、人里離れた場所で身分を隠しながら貧しく暮らしていたそうじゃねぇか」


「そ、それは……!」


「だが物好きなファウスト・メルキゼデク学園長がたまたまお前を思い出し、声をかけた。そして偽名を名乗ることを許可し、王立学園へと入学させた……だろ?」


 愉快で堪らないといった表情で、ナルシスはエイプリルの秘密を看破していく。


 一方、エイプリルの血相は悪くなるばかりだ。


「以来お前は〝エイプリル・スチュアート〟を名乗り、世間も友人もなにもかも騙し、マティアスさえも騙してウルフ侯爵家の〝花嫁〟になろうとした……。まったく、とんだ悪女だよなぁ」


「ち、違います! 私はそんなつもりじゃ……!」


「違うぅ~? なにが違うんだよ? お前が本名も出自も隠して、今日この日までやってきたのがなによりの証拠だろうが! この売女め!」


 ナルシスは明確にエイプリルを罵り、両腕を広げて周囲の貴族たちを見やる。


「舞踏会にお越しの貴族諸君! この女は、ウルフ侯爵家の〝花嫁〟になど相応しくない! 俺の話が嘘だと思うなら、この女の身辺調査をしてみるといい! 諸君らは騙されていたと知ることになるだろうッ!」


 まるで演説でもするように大袈裟に振る舞いながら、貴族たちへ訴えるナルシス。


 その発言を受けて、貴族たちもザワつきながらエイプリルに不審の目を向け始める。


 そう――か。

 そうだったのか。


 いや、なんとなしに気付いてはいたよ。

 エイプリルが貴族ってことは。

 たぶんイヴァンの奴もそうだろう。


 彼女の持つ雰囲気は貴族とも平民とも違うし、豪商家系や騎士家系って感じでもない。


 いや、どちらかと言えば謙虚で質素な性格は平民に近いか。


 なのに貴族に対してあまり臆せず接するし、そこはかとなく上品な振る舞いがある。


 これはたぶん〝幼少期に貴族のご令嬢として育てられた〟名残なのだろう。


 だから不思議で独特な雰囲気があった。


 しかし――没落した元貴族ってのは、今の貴族にとっちゃ蔑みの対象でしかない。


 なんらかの事件や事故、あるいは政争に敗れて負け犬となった権力者の成れの果てなのだから。


 場合によっては、疫病神にすら見られるだろう。

 下手をすれば普通の平民よりも酷い蔑みや扱いを受けるかもしれない。


 そんな消滅した貴族家の娘が、正体を偽ってマティアスの〝花嫁〟となろうとしている――。


 こんな特大スキャンダルを、舞踏会などという晴れ舞台で、それも大勢の貴族たちがいる前で暴露する。


 ナルシスにとっては、それはもう絶好のタイミングだったのだろう。


 ホント……俺から見ても趣味が悪すぎる。

 反吐が出るよ。


 そんなナルシスの看破を聞いたマティアスは、


「……エイプリル、今の話は事実なのか?」


 静かな声で、彼女に尋ねた。


「……」


「エイプリル、答えろ」


「は…………い…………事実……です……」


 ドレスのスカートをくしゃっと掴み、震えながら答える。


――――――――――

本日もう一話投稿します!

18:00頃に投稿予定!


初見の読者様も、よければ作品フォローと評価【☆☆☆】してね|ω`)


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何卒、当作品をよろしくお願い致しますm(_ _)m

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