第94話 舞踏会は絶好のタイミング①


 ――〝月狼の戴日〟まで、あと残り一週間。


 マティアス派とナルシス派の優劣は相変わらずマティアス優勢で覆ることはなく、このままいけばアイツがウルフ侯爵家当主ってことで決着だろう。


 マティアス派の貴族たちの間にも戦勝ムードが漂っており――家督相続を前に、舞踏会が催されることとなった。


 ウルフ侯爵家……というかマティアスが主催する、贅を尽くした貴族のための舞踏会。


 会場には紳士淑女、老若男女問わず大勢の貴族たちの姿。


 まだ幼い貴族の子供たちも招かれており、キャッキャとはしゃいでいてなんとも穏やかなムード。


 で、その舞踏会には当然Fクラスのメンバーも招待されることになったワケで――。


「美味ぇですわ! 美味ぇですわ! このお料理、とってもおパンチが効いてましてよ!」


「エ、エステルさん……! も、もう少し落ち着いて食べましょう……!? 貴族の皆様に注目されちゃいますからぁ……!」


 提供された料理がよほど舌に合ったのか、バクバクと口に放り込んでいくエステル。


 そんなはしたない彼女をアワアワとたしなめようとするシャノア。


 エステルはこういう舞踏会に慣れてる――というか性格柄周りの目をあまり気にしない奴だからな。


 逆にシャノアは平民出身で舞踏会そのものに慣れてないから、まるで借りてきた猫のようにオドオドとしている。


 他にもローエンは騎士家系出身の貴族と話をしていたり、ラキは裕福そうな若い貴族に唾を付けようとしていたり……皆、思い思いの行動を取っている。


 ちなみに、Fクラスメンバー全員が普段とは異なる正装に身を包んでいる。


 一応、名のある貴族たちが集まるパーティだからな。

 王立学園の生徒として、身なりには気を付けんといかんワケだが……。


「面倒くせぇ……早く帰りてぇ……」


 俺は会場の隅で、壁を背にブツブツと呟いていた。


 ぶっちゃけて言うと俺、こういう貴族の社交界って嫌い。

 だって面倒くさいし堅苦しいから。


 貴族たちと取り留めのない会話をして踊って無駄に高級なワインを煽る……なんてことするくらいなら、部屋に籠ってレティシアとイチャイチャしてた方が俺にとっては百億倍は有意義だ。


 はぁ……つまんな……。

 なんて俺が思っていると、


「アルバン、随分と退屈そうね」


 俺の下にレティシアがやってくる。

 彼女も普段とは異なる正装のドレスを着ており、いつにも増して華やかだ。


 そんな美しい妻の姿を見た俺は、


「凄く綺麗だよレティシア。今夜のドレスは、キミの瞳の色によく似合っているね」


 一瞬で退屈が吹っ飛び、光の速さで彼女に近付いた。


「あ、ありがとう……。夫のお気に召したのなら幸いだわ」


「なに言ってるんだ、最高だよ。やっぱりキミは世界で一番綺麗な女性だ。よければこのまま、一曲踊ってくれないか?」


 俺はレティシアに対して、スッと片手を差し出す。


 それを見た彼女は優しく手を取ってくれるが――苦笑しながら首を横に振った。


「アルバン……その申し出は嬉しいけれど、さっきも言ったでしょう? 私たちには役目・・があるの」


「え~? いいじゃないか、ちょっとくらい」


「ダーメ。今夜の主役は、私たちじゃないんだから」


 そう言って、レティシアは会場の中央へと目を向けた。


 そこには――


「ウルフ侯爵家の家督相続、おめでとうございます!」


「うむうむ、マティアス殿は次代当主の器であると信じておりましたぞ!」


「そうですわ。やはりナルシス様なんかより、マティアス様こそが当主に相応しかったのです!」


 大勢の貴族たちが、一人の男を囲んで我先にと挨拶している。


 囲まれている男は勿論、マティアスだ。


 普段のチャラついた格好ではない正装を身にまとい、髪型もカチッと決めて舞踏会に相応しい身なりとなっている。


 ……が、その表情なあまり晴れない。


「あぁ……どうも……」


 口々に祝福を述べる貴族たちに対し、作ったような笑みしか浮かべられないマティアス。


 なんだか――見ていて少し、気の毒・・・ですらある。


「マティアスの奴もかわいそうに。これから先、あんな金と権力しか眼中にないクズ共を世話してかなきゃならんとは」


「アルバン、口が悪いわよ。虎の威を借りる狐たちだったとしても、味方は味方。今は大事にしなきゃ」


 レティシア、キミの言い方もちょっと皮肉が入ってる気がするぞ?

 なんて思って、クスッと俺は笑う。


 でもまあ、あの貴族たちが組みしてくれなきゃマティアスの家督相続がスムーズに進まないのは事実だ。


 ウルフ侯爵家の財産は〝たっぷり蜜を蓄えた花〟で、そこに群がる貴族は〝蜂〟。


 花は蜂に花粉を運んでもらい、代わりに蜂は蜜を貰う。


 花と蜂が共生関係であるように、ウルフ侯爵家もその取り巻きも互いを味方に付けて利用し合わないと、生きてはいけない。


 所詮、貴族社会なんてそんなもんなのだ。


 マティアスにとっちゃさぞ不快だろうが、今は我慢――だな。


「……ところでレティシア、さっきキミが行ってた俺たちの役割・・だけど――首尾はどうだ?」


「ええ、それなら――」


 レティシアが答えようとする。

 しかし、


「……それなら……大丈夫……」


 黒いドレスをまとった一人の美女が、彼女の言葉を遮った。


「今のところ……会場の中に、怪しい人はいない……。外の警備も……私の目から見ても、十分厳重……」


 長い黒髪を後頭部で束ね、紫色の口紅と濃いめのアイシャドウがなんとも扇情的なご令嬢。


 やや血色の悪い白肌と鋭く尖った目つきの悪さが玉に瑕だが、それでも「こりゃ美人さんだな」と思わせられる。


 もしかしたら、さぞや名のある名家のご令嬢なのかも?


 ま、それでもレティシアの方がずっと綺麗だし俺の好みだけどな!


 ――っていうか、なんで突然こんな綺麗なご令嬢が俺たちの会話に割って入ってくるんだ……?


「えっと……どなた?」


「……? どなたって……私だよ、アルバンくん……?」


「いや、私だよって言われても……その顔に見覚えがないんだが……」


「ああ……それじゃあヒント・・・……」


 ご令嬢はそう言うと、肩から下げた小さな鞄からなにやら〝本〟を取り出す。


 そして俺の方へと掲げて見せると、そこには――




『アル×レティ 甘イチャな二人の幸せ結婚学生生活/激闘!恋のライバル編』




 ――というタイトルと共に、異常なまでに美化された男女の表紙が描かれていた。


 その本と、彼女の目つきと、彼女の声――。

 それらを脳内で合算させて、俺はようやくハッとする。


「それ……って……ま……まさかお前、カーラ、なのか……?」


「……ピンポーン……こうして素顔を見せるのは……初めてだったね……」


「え……ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!?!?」


 いやっ、えっ、はぁッ!?

 このご令嬢が!?

 あのカーラ!? カーラ・レクソン!?


 嘘だろ……!?

 いやでも、確かにカーラが口元のマスクを外してる姿って見たことなかったけど……!


 俺は思わず腰を抜かしそうになる。

 そんな俺の姿を見たレティシアはクスッと苦笑し、


「やっぱり驚くわよねぇ……。私も、最初に彼女のドレス姿を見た時は驚いたわ……」


「いや、驚くどころか……! 本当に本人なのか!? っていうかお前、相棒のカラスはどうした!?」


「ダークネスアサシン丸なら……あそこ」


 カーラが会場の天井を指差す。


 よく見ると、柱の陰になっている場所にダークネスアサシン丸がひっそりと隠れている。


 どうやら会場全体を監視しているらしい。


「流石に……舞踏会であの子を連れ歩くワケにはいかないから……。それより、話の続き……」


 カーラは自著を再び鞄に戻し、話を元に戻す。


「……この舞踏会の最中……マティアスくんとエイプリルちゃんを守るのが……私たちFクラスの役目……。幸い、今のところ危ない気配はない……」


「けれど――油断はできないのでしょう?」


 レティシアが言うと、カーラはコクリと頷く。


「普通に考えて……ナルシスは、エイプリルちゃんの命を狙ってる……。マティアスくんが〝花嫁〟を守れなかったって事実を作れば……家督争いの優劣は逆転するから……」


「それも舞踏会という、大勢の貴族たちが見ている目の前で暗殺が起こってしまえば――如何にバロウ公爵家や王国騎士団が支持していたとしても、マティアス派の結束なんて一瞬で崩れ去るでしょうね」


 緊張感のある声で言うレティシア。


 そう――二人の言う通りだ。

 あの阿呆のナルシスは、絶対にウルフ侯爵家当主の座を諦めていない。


 しかし今日に至るまで、ナルシスがなんらかの報復をしてくることはなかった。


 それは、タイミングを見計らっていたからって可能性が高いはず。


 そして現状の優劣を逆転させる最高の手段は……エイプリルに死んでもらうことだ。

 それも大勢が見ている目の前で、できる限り惨めに。


 今夜の舞踏会は、その条件にピッタリってワケで。


「……もし私が、ナルシスに雇われた暗殺者アサシンだったとしたら……絶対にこのタイミングを狙う……。今夜は、確実になにか起こる……私の勘がそう言ってる……」


「でしょうね……。カーラ、今夜はあなたが頼りよ。苦労をかけるけれど、どんな些細な異変も見逃さないで頂戴」


「任せて……。暗殺者アサシンには暗殺者アサシンをぶつけるのが一番……」


 ぶい、とカーラは両手の指でVサインを作る。


 ……何度見ても、このご令嬢がカーラだとは思えん。


 実際、周りの男性貴族たちがまるで舞台女優でも見るように鼻の下を伸ばしてカーラの方をチラ見してくるし。


 コイツ、なんでこの美貌なのにいつもマスクで顔を隠してんだろ……。


 あ、暗殺者アサシンだからか……。

 なら仕方ねーわ……。


 なんて俺が思っていると、会場の入り口付近がザワッとどよめく。


 どうやら、本日の主役の一人――〝花嫁〟が、ようやくお出ましらしい。



――――――――――

暗殺者には暗殺者をぶつけんだよ!


初見の読者様も、よければ作品フォローと評価【☆☆☆】してね|ω`)


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何卒、当作品をよろしくお願い致しますm(_ _)m

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