第89話 あなたが好きなんです


「お……お久しぶりです、マティアス様。私のことを覚えていますでしょうか……?」


 ――エイプリルが、マティアスの前に立つ。


 震える声を必至に隠しているようだが、生憎とバレバレ。

 だが同時に、彼女の目は真っ直ぐマティアスの瞳を見つめて逸らさない。


 その勇気と気持ちの強さは、ハッキリと伝わってくる。


「お前――」


 マティアスはエイプリルの顔を見て一瞬ハッとするが――彼女とは対照的に、こっちはすぐに顔を背けた。


「……知らねぇな。お前となんざ会ったこともねーよ」


「い、以前王都の城下町で助けて頂きました! 危ない人たちに囲まれていたところを……! 本当に感謝しています!」


「俺じゃねーっつの。人違いだ」


「いいえ、人違いなんかじゃありません! あの時のあなたは、ホットドッグを食べていて――!」


「知らねぇっつってんだろッ!!!」


 つんざくような怒声を上げるマティアス。

 それを聞いて、エイプリルがビクッと肩を震わせる。


「いいか? 俺はアンタを助けてなんざいないし、そのツラに見覚えもない。感謝なんてされても迷惑なんだよ」


 それは明確に突き放すような口ぶり。

 こんなドスの効いた喋り方をするコイツを見るのは初めてだな。


 ……ったく、柄にもないことしやがって。

 普段はずっとヘラヘラしてる軟派野郎くせによ。


 ――マティアスが今なにを考えてるかなんて、手に取るようにわかる。


 コイツはエイプリルのことを覚えてるんだ。

 それもハッキリと。

 しかも自分に感謝してることもわかってる。


 その上でシラを切って、わざとらしく突き放そうとしてるんだろ?

 ウルフ侯爵家の家督争いに巻き込ませないために。


 前にマティアスがシャノアの喫茶店に来た時、コイツはエイプリルを見てもなんの反応もしなかった。


 今思い返せば、アレも演技・・だったんだろうな。

 ウルフ侯爵家に関わった女は不幸になる――そう思っているが故に、意識的に女性との関わりを断っていたってとこか。


 なんとも不器用な優しさだな……。

 まどろっこしいというか。


 俺には理解できん。

 俺はレティシアが愛しいと思ったら、愛しいと言う。

 レティシアを不幸にさせる奴は、誰だろうと踏み潰す。


 不幸になるなら、力づくで幸せにすればいい。

 不幸にしようとする奴が現れるなら、力づくで排除すればいい。


 俺が彼女を幸せにしないで、誰が彼女を幸せにできるっていうんだ――?


 俺はそう思って生きている。

 そう思ってレティシアの隣にいる。


 だからマティアスの考えは理解できんし、共感もできない。


 とはいえ――見上げた精神ではある。

 他人なんて不幸にしてなにが悪いんだ、と思っている阿呆貴族が多過ぎるからな。

 それこそマウロみたいな。


 そんな中で〝自分にとって妻となる女性を不幸にしたくない〟という考えを持っているのは、十分に立派だと言えるだろう。


 少なくとも、俺はちょっとマティアスのことを見直した。

 たぶんレティシアも同じことを思ってるんじゃないかな?


 ――俺はチラリとレティシアを見る。

 すると彼女もこちらに目配せし、アイコンタクト。


 ふむ……「そのまま。動いてはダメよ」か。

 OK、伝わった。

 これまさに以心伝心。

 

 レティシアは事前にエイプリルへ『あながた彼と面と向かい合ったら、そこから先は私たちは介入しない。あなた一人でマティアスに気持ちを伝えるの』と言ってある。


 だから干渉しない。

 ここから先は、傍観者に徹する。

 ……なにがあろうとも。


「わかったらとっとと出てけ。部外者が出しゃばってくんじゃねーよ」


「で、出て行きません! 私は、自分の気持ちを伝えるためにここへ来たんです!」


 エイプリルは震える手をギュッと握り締め、




「わ、わ、私、私は……――私は、マティアス様のことが好きなんですっ!!!」




 頬も耳も真っ赤にして、告白した。


「なっ……!?」


「助けて頂いたあの時から、もうずっと……! この気持ちを抑えられないんです! 諦めることなんてできません!」


 エイプリルは言葉を――いや、〝想い〟を吐露し続ける。

 必至になって、マティアスに伝え続ける。


 腕どころか足までガタガタと震わせて、目尻に涙まで浮かべて。


 こうして傍から傍観していても、よくわかる。

 本当に、本気で、マティアスのことが好きなんだなってことが。


 愛したい、愛してほしい。

 その想いを伝える姿の、なんと健気なことか。


 俺もレティシアのことが本気で好きだから、エイプリルの気持ちがわかる気がするよ。

 好きって想いは、やっぱり抑えなんて利かないもんな。


 そんなエイプリルの告白を受けたマティアスは、


「…………」


 ――沈黙する。

 長く、永く。


 部屋の中にシン……という静寂が訪れ、張り詰めた緊張感が漂う。


 そしてようやく、マティアスは唇を動かす。


「……俺は、お前のことなんか好きじゃない」


「――っ!?」


「そもそも俺は、お前のことをよく知らない。あの時は偶然近くにいたから助けただけだ」


「そ、それでも、私にとってはかけがえのない思い出なんです! わ、私のことを知らないなら、これからたくさんお教えします!」


「二度も言わせんな。俺はお前が好きじゃないし、誰かを好きになることもない。だから出てけよ」


「出て行きません!」


 頑なに退こうとしないエイプリル。

 その姿を見たマティアスは痺れを切らした様子で「チッ」と舌打ちすると、


「どうしても出て行かねーなら……手ェ上げてでも追い出すぞ」


 右腕を掲げ、彼女を殴る姿勢を見せる。


 いや、正確には平手打ちか。

 流石にグーで女を殴るようなクズじゃないもんな。


 ――どうしよう?

 止めに入った方がいいか?


 チラッとレティシアの方を見てみる。

 だが彼女は腕組みをしたまま、微動だにしない。

 ジッと両者を見守り続けている。


 助ける気はない、か。

 相変わらず、俺の妻は肝が据わってる。

 

 なら俺も、最後まで見守るとしますか――


「「…………」」


 いつでも平手打ちが出来る体勢のマティアスと、涙目のエイプリルが睨み合う。


 鋭い目つきで脅しをかけるマティアスだが、エイプリルは一歩も下がる気配はない。


 まさに男と女の一進一退の攻防。

 気持ちと気持ちのぶつかり合いだ。


 そして――


「…………ったくよぉ」


 先に折れた・・・のは、マティアスの方だった。

 掲げていた右腕を下げ、エイプリルに背中を向ける。


「……お前はわかってねーよ。ウルフ侯爵家に嫁ぐ女が、どんな末路を辿っちまうのか……」


「いいんです」


 気丈な声で、エイプリルは答える。


「どんな末路を辿ったとしても、私はいいんです。後悔なんてしません。私は――マティアス様のお傍にいたいんです」


「……」


 彼女の言葉に対し、マティアスは沈黙で返す。

 

 しかしレティシアがわざとらしくスゥっと息を吸い、


「マティアス、お返事・・・は?」


 催促するように尋ねる。

 すると、


「――だあぁ! わかった、わかったよ!」


 いよいよマティアスも観念したらしく、頭をガリガリと掻きながら大きなため息を吐く。


「とりあえず〝仮〟だ! 〝仮の花嫁〟として、当主が決まるまで付き合ってもらう――これでいいな!」


「――! あ、ありがとうございますっ!」


「言っとくが、ちっとでも嫌気が差したらすぐに逃げろよな。それにぶっちゃけ、命の保証もできねーから」


「はい! わかりました!」


 とても嬉しそうに返事するエイプリル。

 そんな彼女の様子に「本当にわかってんのかね……」と不安がるマティアス。


 続けてマティアスは、


「それと……あんがとな」


「え?」


「そこまで真剣に〝好きだ〟って言ってもらったのは、初めてだったわ。……だからその、そのことにだけは礼を言っとく」


 相変わらずエイプリルの顔を見ないまま、耳を赤くして言う。


 そんな、あまりにもらしくない・・・・・マティアスの姿に俺はフッと笑い、


「おいおい、素直じゃないなマティアス? 嬉しいなら嬉しいって、もっと堂々と言えばいいだろうに?」


「う、うるせーぞオードラン男爵! ホントお前ら、人の気も知らねーで……!」


 珍しく照れ臭そうにするマティアスをからかう俺。

 この場にイヴァンの奴もいれば、大笑いしていたに違いない。


 事態を見守っていたハインリヒという執事は「えぐっ、えぐっ……!」と嗚咽を漏らし、流れる涙をハンカチで拭う。


「〝花嫁〟が見つかってよかったですなぁ、マティアス坊っちゃん……! これで旦那様に顔向けできます……!」


「そんな泣くなって……あくまで〝仮〟だって言ってんのに。それに――まだなにも解決してねーよ」


 喜ぶハインリヒとは対照的に、マティアスの表情はまだ晴れない。


「兄貴は大勢の貴族を味方に付けたままだ。〝花嫁〟が見つかったからって、すんなり俺が当主になれるとは思えねぇ。こっちが不利なのは変わらな――」


「ああ、それなら大丈夫よ」


 マティアスの台詞に、レティシアが割って入る。

 それも余裕たっぷりの、悪役令嬢らしい微笑を浮べて。


「もう――は打っておいたから」



――――――――――

新年始まってもう一週間が過ぎたってマジ……?

いい加減、初詣いかなくちゃ…… ;´Д`)アセアセ


初見の読者様も、よければ作品フォローと評価【☆☆☆】してね|ω`)


☆評価は目次ページの「☆で称える」を押して頂ければどなたでも可能です。

何卒、当作品をよろしくお願い致しますm(_ _)m

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