第70話 夫婦の愛


《エステル・アップルバリ視点Side


「「どぅおりゃあああああッッッ!!!」」


 ――――ゴシャアッ!


 ……ダンジョンに響き渡る、おパンチが顔面にめり込む切ない音。


 まるで雄々しく咲き乱れていた薔薇の華が、はらりと地面に落ちるかのよう。


 ああ……優雅に儚く、血沸き肉躍る、そんなひと時の終わり……。

 諸行無常、ですわね……。


「が……あ……ッ」


 キャロルは〝肉体強化〟の魔法が解け、膝から地面に落ちます。


「い……いい〝剛拳ゲンコ〟だったゼ……。もう立てねぇや……」


「〝対あり〟、ですわね」


「〝おう〟……俺の負けダ……」


 私とのおタイマンの末、彼は全身もうズタボロ。


 お顔なんて痣だらけで、使い古された打ち込み台でもここまでメタメタにはならないのではないかしら。


 でも……なんだか初めて会った時より、少し漢前おとこまえになられたような気もしますわね。


「そう。ではこれにて失礼致しますわ」


「……? 〝処刑トドメ〟を刺していかねぇのカ?」


「〝お嬢様〟にとって、真の〝剛力おパワー〟とは可憐さであり優雅さ……。飛び立つ白鳥跡を濁さず――勝敗の決した〝喧嘩おタイマン〟に茶々を入れるほど、私は無粋ではなくってよ」


 ピシャリ、と言い放つ私。


 ――ん、決まりましたわね!


 これでこそ私の目指すお嬢様!

 エステル・アップルバリは優雅に去りますわー!


 なんて思いつつ、キャロルに背を向けて歩き出すのですけれど――


「…………ヘヘ、ちょい待てヤ」


 フラリとよろめきながらキャロルは立ち上がり、


「やっぱ〝カッケェ〟よ、アンタ。〝敬意リスペクト〟ってなぁ……アンタみてーな奴に捧げるべき言葉なんだろうなァ」


 まるで最後の力を振り絞るみたいに、二つの足を真っ直ぐ延ばして大地に立ちます。


「けどよォ……ヨシュアにこのルートを任せられたからには、情けをかけられたままハイそうですかと帰れねェ! 俺にも〝荒くれ者の意地ツッパリ・プライド〟ってのがあんだヨ!」


「あなた……」


手前テメェに俺の〝ハート〟がわかるなら――きっちり〝落とし前トドメ〟を刺してけやッ!」


 ……………ええ、ええ。


 わかります。

 わかりますわ。


 〝マブダチ〟のために身体を張る、その義心。


 あなたも、心の中に〝乙女〟を持っていらっしゃるのね。


 認めて差し上げましょう。

 キャロル・パルインス、あなたも立派な〝お嬢様〟なのだって――。


 ならば〝お嬢様仲間〟として、私がしてあげられることは一つ。


「……よろしくてよ。お受け取りあそばせ」


 ギチッと右手の拳を握り締めます。


 そして――私の〝心〟を込めた全力フルパワーで、キャロルをぶん殴って差し上げました。




▲ ▲ ▲




《ウィレーム・バロウ視点Side


「ローエン・ステラジアンくん死亡! エルフリーデ・シュバルツさん死亡!」


「ペローニ・ギャルソンさん死亡! キャロル・パルインスくん死亡! Fクラス残り九名! Cクラス――残り二名です!」


 実にハキハキとした様子でパウラ先生が叫ぶ。


 その言葉と眼前の魔法映写装置スクリーン映し出される試験経過を見て、私は――いや、この場にいるほとんどの貴族たちは唖然としていた。


 自分の眼球に入って来る光景があまりにも……あまりにも信じ難いモノだったからだ。


 ――ああ、いや。


 一人だけ、この光景を率直に受け止められている者がいる。


「クスクス……なにをそんなに驚かれていらっしゃるのですか、お父様?」


 隣の席に座る我が娘オリヴィアが、実に自慢気な顔をして言ってくる。


「最初に言ったじゃありませんか。この試験、100%Fクラスが勝つと」


「……まだ試験は終わっていない」


「では、ここからCクラスが逆転できると」


「……」


「聡慧なお父様ならもうお気づきでしょう? この光景が決して偶然ではなく、必然であったと」


 ……Cクラスの動き、もとより作戦が決して浅慮・迂闊だったとは思わない。


 勝利の条件が相手の全滅ではなく〝旗の奪取〟であったことを考えれば、戦力を分散させたことは理解できる。


 まとまって動くことで包囲・殲滅されるリスクを取るよりも、ずっと作戦の成功率は上昇するからだ。


 最初に一人陽動として犠牲にしたのも悪くない。


 少数の手駒で、突発的な戦いの中、咄嗟の判断が求められる――。

 そんな状況の中にあって、ヨシュアは完璧な勝利を収めようとしたのだ。


 おそらく私に見せようとしたのだろう。


 Cクラスが完膚なきまでにFクラスを蹂躙する様を。


 自分を含めた二名を自陣から動かさなかったのも、決して慢心によるものではあるまい。


 それくらいの余裕を持って勝てねば、ウィレーム・バロウは認めてなどくれまい――と思っていたからだろう。


 事実、確かに私は彼へ〝完全なる勝利〟を期待していた。


 あの〝最低最悪の男爵〟が率いるクラス相手では、それくらいの結果を見せてもらわねば話にならない……と。


 ……だが、そんなヨシュアの思惑は最悪の形で裏目に出た。


 全てだ。

 全ての面において、FクラスはCクラスを上回っていた。


 作戦立案、生徒同士の連携、個々の戦闘能力――そして一体感・・・


 理想的だ。

 Fクラスは理想的な少数精鋭チームだ。


 明らかに、生徒たち全員が〝一つの目標〟に全身全霊で向かっている。

 だがそれは、勝利という表面上の結果に対してとは思えない。


 何故あれほど結束力のある組織が作れる?


 あの〝最低最悪の男爵〟に――何故――


「お父様……今、心の中でこう思われているはずです。〝あのオードラン男爵は、本当に自分の知っているオードラン男爵なのか?〟――と」


「……」


「私も初めて彼と会った時、同じことを思いました。あまりにも噂と違うと。けれど、本質は結局〝形〟となって現れる」


「アルバン・オードラン男爵は……天性の才能を持つ名君だとでも言うのか」


「いいえ、名君というよりは〝暴君〟でしょう。それにFクラスの皆は、決してオードラン男爵のためだけに動いているのではない」


 ――オリヴィアよ、何故そんな目をする。


 まるで――〝希望〟を見守るような目を。


「あの子たちは、オードラン男爵とレティシアの〝絆〟のために一つになっているのです。夫婦の絆という、かけがえのない愛のために」


「オリヴィア……」


「お父様だって、かつて感じたことがおありになるはず。今は亡きお母様との、夫婦の愛を」


「…………そんな昔のことは……もう、忘れてしまったよ」


「そうですか。では、あの二人が思い出させてくれるでしょう」


 流し見るようにこちらを見ていたオリヴィアは、視線を魔法映写装置スクリーンへと戻し、


「……特にレティシアは、文句のつけようがない〝理想的な結末〟をお父様に捧げてくれるではずですわ」



――――――――――

(夫婦の)愛です

(夫婦の)愛ですよ、ウィレーム(I)


初見の読者様も、よければ作品フォローと評価【☆☆☆】してね|ω`)


☆評価は目次ページの「☆で称える」を押して頂ければどなたでも可能です。

何卒、当作品をよろしくお願い致しますm(_ _)m

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