第43話 凄いぞレティシア


《レティシア・バロウオードラン視点Side


 ――無力なままでは駄目だ。


 あの誘拐事件の後、私は明確に意識するようになっていた。


 私には、自分自身を守る力すら足りていないと。

 

 確かに、あの時はシャノアと共に上手く檻から脱出できた。


 でも脱出の後、もしアルバンが助けて来てくれていなければ?

 私たちは本当に無事逃げおおせていただろうか?


 ……わからない。

 正直に言って、自信がない。


 結局のところ、私はアルバンに守ってもらっているのだ。

 アルバンがいてくれなければ、満足に自衛すらできない。


 ――夫に頼ってばかりではいけない。

 最低限の魔法や護身術を学んではいたけれど、それでは足りな過ぎる。


 そう自覚してからは、より強力な魔法を使えるようになるべく訓練を開始。


 既に様々な魔法を会得しているアルバンに色々と教えてもらいながら、幾つかの高位魔法を習得。


 私は元々魔力量が多い方だったから、BランクやAランクの魔法を覚えるのはそこまで難しくなかったわ。


 とはいえ流石に、覚えたSランク魔法はまだ二つ・・しかないけれど。


 勿論、こんなんじゃまだまだアルバンの足元にも及ばない。

 もっともっと訓練を続けていく必要があるだろう。


 でも今は――


「う、嘘……! どうしてあなたがそんな高位魔法を……!?」


「これでも修羅場を潜っているものですから。それに、”どうして”はこちらの台詞よ」


 驚くエミリーヌを、私は据えた瞳で見る。

 

「今の、Aランクの氷属性魔法よね。あなたにAランク魔法が使えるほどの魔力はないように見えるのだけれど……どんな手品を使ったのかしら?」


「て、手品ですって……!?」


 その一言が、どうやら彼女の癇に障ったらしい。


 やはりなにかある・・・・・のかしらね?


 それなりに興味深くはあるけれど――まずはこの対決を終わらせてしまいましょうか。


「あら失礼、どんな姑息な手を使ったのかと聞くべきでしたわね」


「このッ、馬鹿にしないでよ! ――〔フレイム・ブレス〕」


 氷属性の魔法では不利と悟ったのか、エミリーヌは次に炎属性の魔法を発動。


 勢いよく噴射される火炎が襲い来る。


 ――氷属性と炎属性は相性が悪い。

 同じ魔力なら、氷属性の魔法では打ち負けてしまうだろう。


 でも……お生憎様。


「――〔ブリザード・サンクチュアリ〕」


 ゆっくりと右手を掲げ、魔力を集中。

 そして今の私が使える、最高のSランク魔法を発動した。


 ――刹那、周囲の様相が一変する。

 大地は凍り付き、猛吹雪が吹き荒れ、白雪と雹が宙を飛び交う。

 まるで氷の世界に包まれてしまったかのように。


  相性が悪いにも関わらず、絶対零度の吹雪はエミリーヌの〔フレイム・ブレス〕を掻き消す。


 私の魔力が、彼女の魔力を完全に上回った証拠だ。


 さらに吹雪の聖域に取り込まれたエミリーヌの四肢は凍り付き、身動きまで封じてしまう。


「そ、そんな……!? こんなの嘘よ……あり得ない……!」


「――勝負あり、ね」


 手足を動かせない彼女へと歩み寄り、その額へ人差し指を立てる。


「勝負あり! この対決、レティシア・オードランさんの勝利です!」


 パウラ先生が宣言。

 彼女は続けてオリヴィア姉さんやライモンド先生の方を見て、


「お二方も、レティシアさんが勝者ということでよろしいですよね!」


「ええ、勿論。どう見ても彼女の勝利ですわね」


「……私も、異論ありません」


 とても嬉しそうに微笑んでくれる姉さんと、表情を変えないがどこか悔しそうにするライモンド先生。


 ふぅ、よかったわ。

 姉さんやアルバンに、少しはいいところを見せられたかしら。


「それではお二人の同意も得られましたので――Dクラスは10ポイント減点、Fクラスに10ポイント加点です!」




 ▲ ▲ ▲




 一日目の授業を全て終え、夕食の時間。


 俺たち学園生はクラスごとに別れ、コテージの傍でバーベキューをしていた。

 ――のだが、


「……ねえ、アルバン」


「ん~? なんだレティシア?」


「ちょっと、食べづらいのだけれど……」


 俺はずっと、レティシアを背中から抱き締めていた。


 両手をお腹らへんに回してバックハグし、べったりと彼女に密着。

 もう片時も離れたくない。


「いやぁ、レティシアは本当に頑張ったよ。本当の本当に頑張った。俺はもう全力で褒めたい。凄いぞレティシア」


「そ、それはありがとう……」


「それに怪我もしなくてよかった。俺は心配で心配で……」


「もう……私なら大丈夫だって言ったでしょ?」


 彼女は苦笑し、焼かれた肉を俺に食べさせてくれる。

 うん、美味い。

 至福の時間だ。


「お、お二人は本当に、仲良しさんですねぇ……」


「ええ、まったく呆れるラブラブっぷりですわ。見ているこちらが恥ずかしくなってしまうわね」


 俺たち夫婦を見て微妙に気恥ずかしそうにしつつ肉や野菜を焼いていくシャノアと、焼かれた肉を凄い勢いでパクパクと口に放り込んでいくエステル。


 なんだよ~、別に見せモンじゃねーぞ。

 俺はただレティシアとイチャイチャしたいだけなの。


 続けてラキも不服そうに頬を膨らませ、


「ちょっと~、レティシアちゃんばっかりズルい~! はいアルくん、あ~ん☆」


「いらん。自分で食え」


 フォークに刺された肉を差し出してくるラキに対し、いつも通り拒否する俺。


 悪いが俺はレティシア以外から”あ~ん”されても一ミリも嬉しくないんでな。


 そんな感じの俺たち夫婦や女子組を、イヴァンたち男子組はやや遠巻きに見守る。


「……ところで二人共、昼間の対決――なにか違和感を感じなかったか?」


 はむっと肉を食べつつ、イヴァンがそんなことを聞いてくる。


「違和感って?」


「エミリーヌ嬢が使った魔法……どう見ても彼女の魔力量に釣り合っていなかった」


 そう言われて、「ああ」と俺も思い出す。

 確かにそれは俺も感じたな。


 レティシアも頷き、


「私も気付いたわ。あれは一体どういうことなのかしらね」


「さあな。だがもしかすると……ライモンド先生が関係しているのかもしれない」


「? ライモンド先生が?」


「おいおい、そりゃ関係してるに決まってるだろ。Dクラスはあの人が受け持ってるんだから」


 分かり切ったことを言うな、という感じで俺は言うが――イヴァンは首を左右に振る。


「いや、そんな単純な問題じゃない。キミたちは知らないかもしれないが……あの人にはちょっとした噂があるんだ」


 ――その一言を聞いて、レティシアの表情が強張る。


「……噂って?」


「スコティッシュ公爵家は魔法に縁の深い家柄だから、魔法絡みの話は色々と耳にする機会があってね。それで以前聞いたんだが……なんでも彼は、かつて”禁忌”の実験に手を出した過去があるとか」


「”禁忌”の実験? なんだそりゃ?」


「詳しくはわからない。あくまで噂だからな。だがそれが原因で魔法省を追われたとも聞く」


「……」


 黙って話を聞くレティシア。

 イヴァンも眼鏡をかけ直し、


「王立学園の教員となってからは改心し、魔法の実験からは完全に手を引いたと聞いていたのだが……注意しておくに越したことはないかもな」


「ふーん。ま、レティシアに害がないならどうでもいいけど」


 俺は改めて、ギュッとレティシアを抱き締める。


「だが……レティシアに手を出すなら、生徒だろうが教師だろうが蹂躙するだけだ」


――――――――――  

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