第3話 悪役令嬢レティシア


「なあ、断ろう? 面倒だから断ろう、そうしよう」


「バロウ公爵家を敵に回したいのであれば、どうぞご随意に」


「……そっちの方が面倒くさい」


 ――バロウ公爵家の令嬢が、ウチに嫁いでくる当日。


 俺の覚悟は、未だに決まっていなかった。


 そりゃそうだ。

 破滅する覚悟ってなんだよ?

 最初から冷め切った夫婦生活を送る覚悟ってなんだよ?


 面倒くさすぎるだろ。

 ふざけてんのか?


 俺の半年間の努力がマジで水の泡じゃねーかよ……。


「そう気を落されますな。これでバロウ公爵家と繋がりを持てれば、オードラン家はずっと安泰ですぞ?」


「アハハ、ソウデスネ……」


 セーバスは知る由もないだろう。


 その繋がりのせいで破滅するかもしれないだなんて。


 悪夢だ……悪夢すぎる……。


「ちなみにセーバス、今から会う令嬢は一体なにをやらかしたんだ?」


 バロウ家の悪役令嬢が、ファンタジー小説の中で悪行を働いていたことは思い出せた。


 だが、具体的になにをしたのかまではまだ思い出せない。


 なんだっけ?

 なにしたんだっけ?

 そんなにヤバいことしてたか?


「どうも領地の税を横領し、屋敷に若い男を連れ込んで淫靡にふけっていたらしいです」


「……マジ?」


「それに途方もない浪費家で、婚約相手だったベルトーリ家の資産にまで手を出していたとか」


「……うわぁ」


 ――引。

 引くわそんなん。

 

 完全にヤバい女じゃんか。

 そりゃ天下のバロウ家も庇い切れなくなるワケだ。


 公爵家の娘が遥か格下の男爵家に嫁ぐなど、体のいい厄介払いに他ならない。


 これからそんな奴と一緒に過ごす羽目になるのか……。

 先が思いやられる……。


 ――そんなことを思っている内に、いよいよバロウ家の馬車が屋敷の前に到着。


 メイドたちをズラリと道沿いに並べ、俺は背筋を伸ばして出迎えの姿勢を取る。


 そして――御者席の扉が開き、一人の女性が姿を現した。


 長く綺麗な白銀の髪、

 雪のように真っ白な肌、

 氷を彷彿とさせる青い瞳、


 貴族の令嬢らしく立ち振る舞いに気品があり、どこか冷徹さを感じさせる。


「う……わ……」


 ――綺麗だ。

 最初に思ったのはそれだった。


 俺の想像では、もっとギャーギャーと暴れて悪態を吐きまくる小娘が出てくるものと思っていた。


 こっちを見るなり蹴りを入れてくる、そんなヤバい奴が。


 しかし彼女に慌てたり怒ったりする様子は一切なく、むしろ寒気を感じるほどに落ち着き払っている。


「ごきげんよう、あなたがアルバン・オードラン男爵かしら?」


「あ、ああ。そうだ」


「私はレティシア・バロウ。今日からオードラン家でお世話になります。以後よろしく」


「よ、よろしく……」


「……なにかしら。私の顔に、なにか付いていて?」


「え? ああいや……なんていうか、綺麗だなと思って」


「……」


 あ、しまった。

 世辞だと思われたかな?


 それとも、男爵のくせに生意気だと思ったのかも?


 下の階級をバカにする連中なんて、世の中には山ほどいるからな。


 ……アルバン・オードランって人間も、元々そうだし。


「ようこそお越し下さりましたレティシア・バロウ様。私は執事のセーバスと申します。お見知りおきを」


「ええ、よろしくねセーバス」


「長旅でお疲れでしょう。すぐにお部屋へご案内致します。ええと、侍女の方は――」


「いないわ」


「は……?」


「ここへは私一人で来たの。いいから早く案内して頂戴」


 レティシアは俺とセーバスの間を通り抜け、スタスタと屋敷の方へ歩いていく。


 馬車も大きなスーツケースを一つ置いて、そのまま行ってしまった。


 ――俺とセーバスは顔を見合わせる。


 仮にも公爵家のご令嬢が?

 この扱いって?

 マジ?


 こりゃほとんど勘当だな……。


 バロウ家は本気で彼女をいないものとして扱ってるって感じか?

 可哀想に。


 俺とセーバスはレティシアに付き添い、屋敷の中を案内する。


「こちらがレティシア様のお部屋でございます。後ほどご夕食にお呼び致しますので、まずはお寛ぎください」


「ありがとう」


 彼女は一言だけ言うと、バタンと扉を閉めてしまった。


 こちらと会話する気はあまりないらしい。


「「……」」


 俺とセーバスは部屋の前から離れると、


「セーバス、どう思う?」


「とても綺麗な御仁でしたな」


「そういうことを聞いてるんじゃない」


「ハッハッハ、申し訳ありません。……一言で申し上げれば”奇妙”でしょうか」


「やっぱりそう思うか?」


「いくらなんでも聞いた話と違い過ぎます。あの立ち振る舞いは、とても悪行三昧の放蕩娘には見えません」


「だよな。彼女からは、むしろ聡明さすら感じられた」


「……なにやら裏がありそうですな」


「話が早いじゃないか、セーバス」


 俺はニッと口の端を吊り上げる。


「彼女になにがあったのか探りを入れろ。ただし誰にも悟られるな」


「承知致しました」


「俺はできるだけ彼女から情報を引き出してみる。バロウ家の厄介事に巻き込まれるなんて面倒はゴメンだ」


「同感です。……しかし、よかったですな」


「あ? なにがだ?」


「私はてっきり、会話もままならない愚か者が来ると思っておりました」


「……俺もだよ」


「ですがレティシア嬢には気品がある。もしかすると、アルバン様の奥方に相応しいかもしれません」


「そうだと……嬉しいね」


 相応しい、か。


 怠惰な悪役貴族のアルバン・オードラン。

 悪役令嬢のレティシア・バロウ。


 ファンタジー小説の中では最悪の組み合わせだった。


 いや、組み合わせとすら呼べないだろう。

 仲めっちゃ悪かったし。


 だが今の俺となら――どうか?


 最高となるか、それとも……。


 ま、ともかくまだ会ったばかり。

 あれこれ話してみて判明する部分も多いだろう。


 時間はあるんだ。


 夫婦らしく、じっくり会話してみるさ。

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