第19話 なまこ猫
人間やめたくなった。だからやめてみた。俺は黒い塊になった。手足をつけてみたり、縮んでみたりした。これは便利だ。しばらくはぬるぬると変化をして遊んだ。五感をなくしてみたり、山に潜んだりしてみた。けれどさみしくなって、人里に降りてみた。
「うわっ」
田舎にありがちな、だだっ広い庭の、池で俺はそいつに捕まった。もちろん、わざとそうしたのだ。そいつは池の掃除をしていた。ぬるるんと現れた俺に、ひどく驚いていた。小学生だろうか。奴はすぐに親を呼びにいった。
「ぬるぬるなんだよ」
「なまこじゃないの」
母親が言った。
「柔らかい」
「猫だな、うん」
父親が頷いた。
両親、馬鹿なんじゃないの?
「なまこ猫」
子供も阿呆らしかった。浮草をあてがわれたが、そんなものは食いたくなかったので、少年にへばりついた。
固くない目玉焼きが食いたい。が、俺にはもう口がないのだ。だから、ぬるぬると動き回って、身体で平仮名をのたくってみた。
「元気だねえ」
駄目だ。分かってくれない。仕方がないのでまた人間に戻り、半熟の目玉焼きとトーストをいただいて、また山に帰った。子供はいつまでもいつまでも、俺の姿が見えなくなるまで、手を振ってくれていた。
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