第16話 屋敷の事情――彼以外のみんな

春休み日常編はここまで


――――――――――

「じゃあ、優勝はヴィキだね、みんな拍手!」


 いつの間にかトータルの勝ち負けを集計する流れになっており、その中で一番の勝率となったのがヴィキだった。

 一人一人個性の豊か過ぎるメイドさん達だったが、拍手はみんなちゃんとやっていた。やたらと拍手の人数が多いな、と和之は思ったが、ハルカが手首だけの使い魔を出して水増ししていた。特に目くじらを立てるほどのことではなく、皆はスルーしていたが、当のヴィキは、全員から自分に向けられた好意に耐えられなかったのか椅子の影に隠れてしまった。


「さあ、じゃあ片付けようか……」


 和之の言葉に皆が娯楽室の後片付けを始める。

 和之もカードを集めてケースに納めていると、横から手が伸びてきて残りのカードを集めるのを手伝ってくれる。

 和之が視線を向けると、彼女は、いつものように小さな声で、だがしっかりとこう言った。


「ありがとう……うれしかった」

「どういたしまして、そうだ、優勝したんだから何か商品を……僕に用意できるものだったら何とかするよ」

「……そういうのは、ちょっと……」

「何でもいいし、今決まらないんだったらまた後でもいいから、できればそんなに高い物じゃない方がいいけど……」

「……わかった……考えておきます」


 そうして、思い付きで始まった屋敷のメイド全員を巻き込んだゲーム大会は終わった。和之は、明日から学校なので、夕食後、早々に自分の家に帰った。



 深夜。

 異空間たるこの屋敷も外と昼夜は同期している。

 そのため、灯りが無ければこの時間は暗い。

 すでに和之が去った後ということもあって、各所の照明も落とされており、ここ右棟の二階の廊下も真っ暗である。

 そんな暗い通路に、一つの灯りがともる。

 それは、ゆっくりと廊下を移動し、ある扉の前で止まる。

 コンコン

 そして、しばらくしてガチャと音をたて、扉が開いて灯りは二つになる。

 そして二つの灯りは、やはり廊下をゆっくり移動し、また別の扉の前で止まる。

 コンコン

 同じように扉を叩く音がして、しばらくしてガチャと音をたてて扉が開く。

 明かりは三つになった。

 そして舞台はやがて右棟一階の廊下に移り、そして最後には廊下の端で六つに増えた灯りは姿を消す。


 コンコン

「……そんな時間か……」


 そしてフランが作業中だったパソコンをスリープ状態にし、身なりを整えて扉を開けると、そこには六つの灯りがそろっていた。

 先頭に立って扉を叩いたのはレーネ。

 彼女とフランはうなずき合って、そして7人になった彼女たちは地下の道を進んでいく。

 目的地はあの、肉を培養している怪しい部屋。

 いや、正しくはその奥の扉の先だ。

 何も、見た目が気持ち悪く、食事の材料がそれだと知られると気分が悪い、という理由だけで、この部屋が地下の奥にあるわけではない。

 それどころか、培養肉は、あえて過剰に気持ち悪く感じる形にされているのだ。

 それは、屋敷の住人や客人に近寄りたくないと思わせることが目的だから。

 すなわち、間違ってもその部屋の奥の扉を通って、屋敷の最大の秘密に近寄るようなことが無いように、という意図がある。

 もちろん、道中の地下通路にはフランの手による監視装置もあり、培養肉の部屋の入口も奥の扉も、簡単には開けられないようになっている。さらに、フランはメイドの長でありながら、この地下通路の途中の研究室にいることが多い。それは監視と対応の為であり、屋敷の地上部分の仕事が、レーネを中心にしている理由でもある。


 さて、そこまで警戒して守っている扉の先とは……?

 培養肉はただの筋肉、脂肪細胞の塊のため、もちろん意思もなければ思考も無い。だから深夜だからといって睡眠するわけでもなく、相変わらずゆらゆらと水槽の中で動いている。

 その、並んだ水槽の前を横切り、7人は部屋の奥に進む。

 かつて、フランが和之に「物置き」と言ったように、一見その扉の先に重要そうなものがあるようには見えない、小さく粗末な扉だった。

 飾りのないただの一枚板に、粗末な金具のノブがある。そして高さはせいぜい150cm程度、幅も60cm程度で、どう見てもその先には小さな物置ぐらいしかないだろうと思えるものだ。

 実際に、普通に開けばバケツやモップ、ぞうきんがある物置にしかつながっていない。特殊な操作を行うことで、初めて隠された通路が姿を現すのだ。

 7人になってから誰も言葉を発しない。

 それは、この行動があらかじめ全員にとって当たり前の行動であることを示す。


 その通路自体も和之では少し窮屈なぐらいの狭いものだ。

 真っ暗なそこを、7人は確かな歩みで進んでいく。

 やがて、広い場所に出た時、皆の視線は自然と上の方に向く。

 そこには――かつて彼女たちの世界に存在したとある国家の国章があった。

 銀色の金属で表現されたそれは、一見船のひまわりの花のような形をしている。

 内から外に広がるそれの意味を、彼は何と言っていただろうか?


『どの国とも仲良くしたいんだ。だから、閉ざすのではなく、どこに対しても平等にやり取りをする。そういう意味を込めたんだ。だけどねえ……』


 その意図が曲解されて、「どの方向にも侵略をする」などと誤解する人もいるんだ、と彼女たちの主は困った顔をしたのを、フランは記憶している。


 そして、上に注がれた視線は、また一斉にその真下に移動する。

 そこにあるのは、棺。

 普通ならば死者を納めるそれは、しかし実際に死者を納めているのではない。

 多くの宝石で飾り立てられ、仮に美術品として考えれば途方もない価値を持つその棺も、その内包しているものに比べれば大した価値ではない。

 横一列に並んだメイドたち。

 一斉にひざまずき、そして両手を祈りの形に組んで瞳を閉じる。


 レーネは祈る――母国の、すでに亡くなった者たちの冥福を……

 ハルカは称える――被害を抑えるために国ごと自分を凍結した主の決断を……

 シノはこっそりチョコレートを食べているが匂いでみんなにバレている……

 カナは祈る――元の世界で、今も科学信者と戦い続けている者たちの無事を……

 ヴィキは感謝する――この仲間と、そして優しいマスターに出会えたことを……

 ルリは鼻ちょうちんを膨らませて居眠りしている……

 そして、フランは誓う――行方不明になった主の妃を二人とも見つけることを……


 フランは黙とうの最後に言葉を発する。


「我ら7人、使命を果たすことを我が国メルダリアと、そして……」


 全員の声が唱和する。


「……敬愛する魔王様に、誓います」



「それじゃ、行ってきます」


 翌朝、和之は真新しい制服を着て荷物を確認して執務室にいる。

 そこにはメイドさんも7人全員揃って、和之の出発を見送っている。


「行ってらっしゃいませ」

 

 きれいに唱和された、見送りの挨拶に手を挙げて応え、和之は自宅に続くドアを開ける。屋敷とはまた違う匂いが鼻に飛び込んでくる。

 家の前の庭は、開いている時間にコツコツ草刈りをしたので、今ではさほど荒れていない。荒れ屋だと思われることは治安にも良くないと考えたからだ。

 自転車にまたがってこぎ出す。

 もう覚えてしまった駅までの道だが、季節が変わることでまた違った表情を出すこともある。


「あ、これ桜だったのか……」


 途中の大きな木が、ちょうど一部ピンク色に彩られていた。

 そんなに詳しくないので花が咲くまでは桜だと和之は気づかなかった。

 あたりは農家が多いこともあって各々の家が大きめで、庭も木が生えている。

 そんな中、自転車をこいで進むと、やがて市街地に至り、徐々にアパートや戸建てが立ち並ぶ辺りを通り、芦ノ原駅に到着する。

 大きい駅ではなく、田舎なので無料駐輪場にも空きを見つけることができ、和之は駅から電車に乗る。座れるほどではないが混雑しているという印象も受けない。

 始発駅なので待っていれば座ることもできるだろうが、別に疲れてもいないので和之はそのままの列車に乗ることにした。

 発車ベルの鳴る中、学生服姿の少年が駆け込んできた。

 ギリギリで車内に入るとすぐ背後で扉が閉まる。


「はあ……はあ……間に合った」


 和之はすぐ乗り換えなので入り口の近くにいたので、その少年のすぐ近くということになる。膝に手を置いて息を荒げていたその少年は、正立すると和之よりかなり背が高い。茶髪ということもあって孤児院にはいないタイプだと感じた。


――いや、静馬も高校で金髪とかにしていたらどうしよう? ……いや、どうもしないな……


 最近は普段喋る相手が身長1mぐらいの、黒髪、金髪、赤毛、茶髪、紫髪、水色髪、銀髪なのだ。容姿に関して許容範囲が広がっている和之だった。


「あれ? そのボタン、もしかして小笹?」

「あ……うん……」


 いきなり話しかけられて返事の声が小さくなってしまった。

 和之が見ると相手の少年のボタンも和之のそれと同じデザイン。


「新入生だよな……でも、あれ? ここに乗っていて俺が知らないってことは……芦山あたりの人?」

「……いや、こっちに越してきたんだ。だから最寄りの駅が芦ノ原」

「そうなんだ、じゃあいつも通学は一緒になるな。俺は荒木藤二とうじ、芦ノ原東中出身。よろしく」

「ああ、僕は白井和之、須原中出身」

「ああ、部活の遠征で行ったことあるよ。すげー、都会だな」


 なお、実際には県全体がまぎれもなく田舎、過疎地である。


「そうでもないよ。あと、こっちでは一人暮らし。孤児院出身なんで……」


 実際には8人暮らしだが……


「そうか、それは心細いな……よし、友達になろう。この辺りは生まれた時から住んでるからいろいろ教えてやるよ」

「う、うん、よろしく」


 と、心配するまでもなく友達ができた和之であった。

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