第十六話 敵の敵ってなんですかい?
蘭が魔法少女というものにハマったのは、第二の生をお母の作った献立と共に再出発をしたその直後のことだったらしい。
普通の人と同じものも食べられず、家族での食卓にてよく吐いてすらいた彼女は、それでもお姉ちゃんお姉ちゃんと付いてきてくれていた妹に心から感謝していたからこそ、いっそウザいくらいに妹に構い倒すことにしたのだった。
ナイムネに毎度抱きつかれて悲しみを覚え続けていた一ケ谷
この人好きな異性が出来た時にこれじゃヤバいのでは、と。だから、教材として女の子女の子してる魔法少女たちが活躍するアニメを蘭に見せたのだった。
そして、彼女はひらひらやマジカルが百合百合したりしながらも大団円繰り返すシリーズに見事に。
「それで、蘭というなんかちょっと前世オタク気質だったのかもしれない元男の子は、魔法少女アニメにハマって同化欲求を拗らせた結果魔法の世界の人に迷惑をかけながら魔法少女をしてるってわけなんだな?」
「うん。そうだよ、ばかさねちゃん! お姉ちゃんはちょっとアレなの……」
「まあ、確かにオレから見ても中々アレだが……まあ、それでも蘭も悪くはない。むしろ愉快でいいじゃないか」
「あのね、ばかさねちゃん……身内が面白いって実は悲しいことなの……」
「何! よくばかさねちゃんは面白いって言われるが、ひょっとしてそれはお母にとっては……」
「うん。結さんも残念に感じてるかも……」
「がーん、だな!」
オレは新事実を年下少女より――とはいえ既にばかさねよりは一回り成長している――学んで、顔から火がボーって感じだ。
なるほど面白いというのは、他人だから良いものなんだな。オレとしては、蘭とか三咲とかが身内でも恥ずかしくないが、でもいざなったら成ったでツッコミの毎日には流石に疲れてしまうかもしれない。
そう考えると、お母のツッコミ力はきっと昔から凄かったのだろう。実際どつく時のパンチ力はばかさねちゃんの超耐久力を貫通して余りある威力なのだから、それも当然か。
オレはお母がお母で良かったとうんうん。両脇で頷きに応じてうねうねするツインテールを見る杏の目はしかしどこか白い。
「ばかさねちゃんは、ばかさねちゃんだね……」
「うん? そりゃ、オレはオレだぞ?」
「そっか……」
首を傾げるオレに、しかししばらくして納得した杏。だからばかさねちゃんはばかさねちゃん。そういうことになった。
ちなみに今は一ケ谷家蘭の部屋で蘭とゴードリクから魔法的なお話を聞けるだけ聞いて、蘭も疲れてる様子だからひとまずお暇をしたそのちょっと後のことだ。扉の向こうにて全てを聞いていて、待ち構えていた杏が話があると告げたのは。
どうしてか三咲はおっぱい大きいからダメと追い出され、ちんまいものを付けた私と杏ばかりが近くの喫茶店にてゆっくりお話の最中。
奥の席でなんかミルクセーキというめちゃウマドリンクをあっという間に飲んでしまったオレは、お代わりしたいなあと思いながらもブラックなコーヒーをそのままゆっくり飲んだりしてる変わった味覚の杏を眺めながら、お冷で我慢。
氷硬いなあ、といった感想とともにガリガリしだしたところで、杏はこう話し出した。
「ごめんね。お姉ちゃんがこんなアホな事態に巻き込んじゃって……」
「いや、謝ることはない。だが、やはりご家族は全てを知っていていたんだな……」
「そりゃ、髪色と衣装を換えて玄関からこっそり出ていく姿を時々見るようになっちゃったらね……調べもするよ……そしてドン引きもしたよ……」
「……お疲れ様、だなぁ」
なんかサイドテールっていうのか、てっぺんからそんなものをぶっとく掲げている杏は、どうやら姉が何やら変なことに巻き込まれているとはまるっと知っていた模様。
というか、一ケ谷家のメンバー全てが、娘の魔法少女ごっこを生暖かい目で見つめていたそうである。
今までの楽勝ムードに安堵していた彼女らだが、これまでになく娘がボコボコにされた今回、大事になってしまったことを含め、関係者になったオレにこうして全てをゲロったという訳だ。
現在は一ケ谷のお父さんお母さんが蘭とゴードリクに詰問を行っている最中だろうとのこと。なるほど、そりゃ血まみれで家族が死にかけりゃ、皆本気になるのは当然だ。
家族仲が良くって素晴らしいといったところだな。まあばかさねちゃんだって負けていないだろうがなと思いながら、そういやお母達に遅くなる電話忘れてたなと思い出す。
素直に、オレは言った。
「そういや、家に電話するの忘れてたな……」
「あ、それなら大丈夫だよ、ばかさねちゃん。結さんにはお母さんからきっと大丈夫って連絡行ってると思うから」
「んー……それは、お母には既に全て話しているってことか?」
「うん」
「つまり、お母はオレの友達が魔法少女ごっこをして多方面に迷惑をかけたことを知って信じているってことか?」
「うん。ばかさねちゃんのお母さんだけあって、結さんも結構わんだふぉーな人だよね」
「なんと」
苦味を笑顔で飲み込む眼の前の子供と同じく、なんとも驚きだ。
お母は、確かにちょっと何かオレにも色々隠してそうな感じがあるが、それにしたって人から聞いただけの面白事態をまるっと信じられる器があるとは。
確かにワンダーフォーゲル? な感じだな。多分、クマさんとかお母は素手でやっつけてしまうのだろう。恐ろしい。
オレがついぶるっとしていると、杏は続けてこう言うのだった。
「あのさ……ばかさねちゃんは、どうしたい?」
「うん? どうしたいも何も……オレは、蘭の魔法少女ごっこと関係なく、悪いやつが現れたらやっつけるつもりだぞ?」
「噂に聞くに、ばかさねちゃんて基本的に9時にはすやぁって寝ちゃってるのに? 深夜に結構悪いことするみたいなんだよ、あいつら」
「そうか……それは困るな」
何故か噂になっているらしいオレの就寝時間はまあ、どうでもいい。
問題は、蘭のロールプレイに当てられたのか悪役を楽しんでるらしい異世界のチンピラ共の活動時間がオレのものと重ならないという事実だ。
これには、ばかさねちゃんといえども困ってしまう。寝ながらふらふら探して倒すのは出来ないこともないかもしれないが、疲れそうだ。
それに、意外にも奴らの中のトップに至ってはそれこそ王たるゴードリクにすら理解できない異常なレベルで空間操作の魔法が得意らしく、実力はもとより逃げ足すらも半端ではないそうだ。
実際、ばかさねちゃんきっく二連発では倒しきれなかった、そのタフさにもきっと魔法に所以したものがあるだろう。
正直なところ、中々バカに出来ないところがあるため、オレとは結構相性が悪い。
「まあ、オレがダメなら、それ以外で何とかするべきだな」
「え? それはどういう……」
そして、実は姉で敵わなかった相手を一蹴したらしきオレのことを少し頼りにしていた様子である杏は、オレの諦めに意外と表情を変える。
だが、オレにとって、グーがダメならパーを出してみるのはじゃんけんでの当たり前だ。
そして最後はダイナマイトで全勝を狙うのだってありなのだから、そんなばかさねちゃんがこう言うのも最早当然至極の流れだろう。
「なあに。今の友のためなら、切れた友情だって使ってみるもんだ」
そう、オレは格好悪かろうがなんだろうが、そんなこと知らない。
オレはオレ達の一番の筈だった、裏切り者をこそ信じて、首を傾げる杏に殆どないが確かにある胸を張るのだった。
そして、オレは土産もプロテインも特に何も用意せずに、休みだった翌日にふらりとそいつの家に向かい、ぴんぽん。
そのままダッシュしたくなる子供心を抑えながら、オレは白河邸の前にてふんぞり返る。
しばらくそれを続けて、反応がないままどうにも反り返る背中がバランスを崩しそうになったその時、そいつは反り立つ壁のような胸筋を顕に登場してきた。
いや、これはしばらく見ない間に少ししぼんでしまったか、筋肉が泣いているぞと慌ててオレが口にする前に、嫌悪より戸惑いが強い様子でそいつ、光彦はオレに挨拶をする。
「……こんにちは」
「おう、こんにちは、だな!」
「……で、どうしてキミはノコノコ敵である僕らのところまでまたやって来たんだい?」
のこのこ。どっちかといえばすたすたここまで来たような気もするが、確かに前の親友、今は敵同士という中々拗れた関係にオレも少々やるせなさを覚えなくもない。
だが、無視すら出来た筈なのに、光彦はこうしてオレの前に現れた。それはつまり対話の意志があるということであり、そして。
「それは、悪いやつを悪いやつにやっつけて貰うために、だ!」
「はぁ?」
「ふっふー」
それはこうして、オレのペースに巻き込むことだってできるということ。
少し前にしていたような、困惑顔を、少々使わなくなっていたところで見せ筋ではない隆起たちの上でさせる光彦にオレは笑い。
「あら、ばかさね。貴女にとっては素敵なことを乞うものじゃない」
「イクス……」
そして、当然のように光彦の影から顔を出したイクスは、オレを興味深そうに見つめて。
「悪の相克こそ、ワタクシの求めるところ。さて、詳しいことをここで、話しなさいな」
悪はそうだからこそ小悪党なんて望まない。笑顔を孤にして、イクス・クルスはきっと敵の敵と敵対することにするのだろう。
「それは、だなぁ……魔法少女やってる友達じゃそろそろ敵わなくなってきたから……」
「待って。何よ魔法少女って……ちょっと興味深いじゃない。もっと詳しく」
「イクス……」
そうしてオレがすやぁとしている時間に、異世界の魔法使いと吸血鬼と従者の戦いが繰り広げられることが、ここに確定したのだった。
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