勘違い吸血鬼ばかさねちゃん

茶蕎麦

第一部 TS転生していたのに気づいたので前世の親友をからかおうと思ったら、どうしてこうなった。

第一話 吸血鬼ってなんですかい?


 オレは双葉重かさね。仲のいい友達には『ばかさね』と呼ばれてる。

 下の名前だけじゃ足りないってんで、長く呼ばれちゃってんだ。この愛されっぷり、オレがどれだけの美少女かなんて、語るまでもなく分かちゃうもんだよな。

 さて、そんなクールビューティーなオレだが、実はオレはオレだったんだ。なんてこったい。これには流石のオレも驚いた。

 物心ついた頃からのオレっ娘だったが、その理由が前のオレにあったとはなぁ。


「ん? オレはオレって、それじゃ当たり前だよな。待て待て……」


 おっと、危ない危ない。

 まるで当たり前を深く考えてるみたいで、これじゃ下手したら哲学者みたいになっちまう。めめんと……いやこぎとなんとかだったっけ? 

 いや、そんなのとは違うんだ。実はオレって前世があったことについさっき気づいてさ。その前世が男子だったんだよ。それにびっくりしてたわけ。

 今の人生一番の親友であるところの三咲によく格好いいって言われちまうのも頷けるな。前世のオレって結構男前だったからな、そんな部分が出てんだろ。

 とはいえ、何時か結婚しようとか冗談飛ばされるのは困るけどな。いや、ひょっとしたら十六にもなって三咲は男女婚が基本てことも知らないのかもしれない。後で教えてやろ。


「んー……親友、といえば光彦のやつ、どうしてんだろうな……」


 そして、今の人生での親友を思い出したところで、前世の親友もつられて思い出した。十六年よりも前の前世の記憶だから、顔もぼやけてしか思い出せないな。

 いやホント、ついさっきオレが前世男子だったことに気づいたばかりだからそれも仕方がないが、薄情にも思えちまう。


「今のオレがレトロゲー好きなのも、アイツのおかげだったか」


 オレは、頭にぶつかることでオレの前世の記憶を思い出させてくれた、棚から落ちてきた三世代前のゲーム機を片付けながら、しみじみ感じ入る。

 いや、オレは前世もアウトドア派で虫に魚にプロテインな感じだったんだが、光彦こと白河光彦はインドア派でゲームに教科書にエロ本みたいな感じだったんだ。

 そういえばこのドットがエロい、みたいなこと抜かしてたな、あいつ。そんなクソみたいな記憶ですら、今となったら愛おしいもんだ。良い奴だったよ、こうして思うと。


「……ん? 過去形にして終わらせちまうには、今のオレとアイツ、そんなに年離れてないよな」


 前世のオレが死んでから十七年。そして前世のオレは十二で死んでたんだ。確か中学に上がったばっか。そこはよく覚えてる。

 つまり、アイツ今二十九くらいか。干支一回り以上違うが、だが今のオレだって四歳児の従兄弟とは仲良しだったりする。なら、ワンチャン友達になり直すのもアリか。


「奇遇なことに、前世のホームは隣町だもんな。行ける行ける」


 こういうのを芋づる式っていうのか。どんどんと思い出が出てくる出てくる。確か線路沿いにあったよな、アイツん家。電車通るたびに家が揺れるとか言ってたような。いや、それは違う奴だ。

 まあ、隣の町で間違いないんだから、気は楽だ。チャリで行ける。というか、仲良くなったら車乗っけてもらえるかもな。多分、アイツ好きって言ってたから車持ってるだろうし。


「よっしゃ。明日が楽しみだ!」


 ついオレは手をグーにして突き上げて叫んだ。

 これまで考えたことがなかった人生の意味。もしそれが、やり直して続けるためのものだったら。

 オレがお話みたいに漫画とかゲームの世界に転生せずに、同じ世界に再び生まれてきたこと。それにもひょっとしたら意味があったのかもしれない。 

 そんなことを、思ったんだ。


「こんな夜中で叫ぶんじゃないよ、カサネ! 近所迷惑だよ!」

「うわわっ。ごめん、お母!」


 けど、そんな意気は鬼の母親の怒号でしぼんだ。この怒りぶりだと明日の朝もなにか言われるだろうし、しょんぼりだよ。


「今気合い入れても、仕方ないか……」


 まあ、明日は明日。そうしようと努めるために片付け中に付いたかもしれないホコリを気にしてクマさんパジャマを叩いてから布団に入り。


「すやぁ……」


 気づけばオレは直ぐに、寝てた。




「ここで良かったよな……うわっ、庭の鉄棒失くなってる。それにこんな木あったか? はぁ、時間経ったんだな」


 そして、オレは親友の家にチャリで来た。

 隣町は勝手知ったる元ホームグラウンド。とはいえ、記憶があやふやなために正直迷った果てに人に聞いての到着だ。スマホで大体の見当は付けた筈だったんだけどなあ。


「ま、それを言うなら時間で変わったのはオレが一番だよな……ふふふ。アイツ、きっとびっくりするぞー!」


 オレはでっかくなってるだろう光彦の驚く顔を想像して、含み笑い。結構すました顔ばかりしてたからな、アイツ。どんな変顔してくれるのか楽しみだ。


「んー、でもどうせサプライズなら、もっと仕掛けてみてもいいよな。そうだ、あいつのお得意のゲーム的な展開で……」


 で、楽しみならもっと楽しくしようとオレは目論見始める。

 思うにアイツはなんか、無関係の女がいきなり居着く、みたいな今のオレからしたらその女頭大丈夫か、的な展開が好きだった。

 落ちものっていうんだっけか? まあ男のロマンなんだろ、今となってはわからんが。

 三つ子の魂百まで、とかいう名言を聞いた覚えもあるしきっとそんな感じで仕掛けて近寄って、最後にネタバレ。これは驚くだろ。

 いや、名案だ。オレの灰色の脳の活躍ぶりに、引っ付いたこのムダに長いツインテールも大喜びだろうな。流石はばかさねちゃんだって、友人が褒めてくれる姿が目に浮かぶようだ。


「それじゃ、おじゃましまーす」


 そうして、オレはんな浅慮を抱えたまま、インターホンを押したのだ。それで後戻り出来なくなることを、知らずに。



「えと、キミは……誰かな?」

「白河光彦さん、ですよね。オ……いや、ワタシのこと、覚えていません?」

「いや、正直なところ、さっぱり」


 すぐ顔を出したその男が、光彦だっていうのは直ぐに分かった。

 何しろ、その残念イケメンぶりは変わっていなかったからな。いや、ちょっと大人になって痩せて精悍になったか? 光彦のくせに生意気だな。

 まあ、そんなことはどうでもいい。取り敢えず、どんなほら話をするにも中に入れてもらわなければならない。

 本当に玄関ドアから顔しか出さないで随分と警戒しているみたいだが、ひと演技すりゃきっと大丈夫だろ。オレは眦を下げてから、言う。


「そうですか……実はワタシもあの、光彦さんとは一度一方的に顔を見知ったばかりですから、それも仕方ないでしょうか」

「そんな、顔見知り程度の貴女がどうして僕の名前も家も知っていて、訪ねて来たんですか?」

「いえ。実はあの……ワタシ、あなたのお母さんに大変お世話になっていまして、その恩をお返しするために……」


 続けて、あなたのお世話をしようと思って来ました。そうオレが嘘を吐こうとしたその時。

 ぞわり、と異様な気配を覚えた。

 目の前には、なんか酷く真剣な顔をしてオレを見てる光彦。それがどうしてだろう、恐ろしくなって、オレは続きを言えなかった。


 少しの沈黙。唐突に口を開いた光彦は、言った。


「それは、おかしいな」

「……どうして、ですか?」

「いや、その制服から見たところキミまだ高校生だろ? なのに僕の母がキミの世話をした、なんてありえないんだ」

「えっと、それは……」


 オレの中では、クエッションマークがぐるんぐるん。遊びに来たはずだったのに、こんな怖い目で光彦に見られてしまうなんて。困惑するしかない。

 いや、てきとうな嘘を吐いたのは悪いけどさ。なんか勘違いさせちゃったかな。ツインテールと一緒にしんなりしてしまったオレに、やがて光彦は驚くべき事実を口にするのだった。


「だって、僕の父も母も、キミが生まれる前に亡くなっているんだから」

「え?」


 驚きに、オレは目を見開く。嘘だ、そんなこと。

 だって、オレの前の記憶の中のあの人達は、とても元気だった。笑顔に溢れた、いい人だったのに。それがもう居ない?

 親に逃げられた上預けられた親戚の家で鬱陶しがられてたオレにだって優しくしてくれた、そんな稀有な大人。

 あの二人が……クソ、どうして名前が出てこない。そうだ、ミチコ母さんに、タケル父さん。あの人達が、もう居なくて。

 そんなの、悲しすぎるじゃないか。そして、つまりそういうことは。


「じゃあ、光彦もずっと一人ぼっち……」

「まあ、そうなるけど……わっ」

「うぁあああ、ごめん、ごめんよ……ずっと忘れててゴメン! みち子さんに猛さん、ごめんなさい……」


 光彦が今までずっと一人で踏ん張ってたということになる。それが大変だっていうことは、知っていた。

 だから、その助けになれなかったというのは悲しい。そして、あの人達がもう居ないっていうことは更に悲しくって。

 オレは光彦に抱きついて、わんわん泣いたんだ。




「ずびっ。うぅ……ごめん、なさい……」

「ああ、大丈夫だよ。……落ち着いたかい?」

「はい……うぅ」


 まあ、いくら悲しくったって時間が経てば涙も止まる。目論見と全然違う形で家に入れたオレは、勝手知ったる前世の親友の家でぐすぐす。

 今も目がしょぼしょぼするけど、まあ落ち着いたと言っていい。認めたくないが、あの人たち、もう居ないんだ。仲良く並んだ遺影の写真だとあんなに元気そうなんだけどなあ。

 沈黙に、オレがまた悲しみに暮れそうになってしまったそんな時。光彦はぽつりと言った。


「それにしても、驚いたな」

「驚い、た?」

「いや、流石にそれだけ泣かれてて服を濡らされたら、嫌でも分かるよ。本気だって。双葉さんって言ったね。キミ、本当に家の両親と会ってるんだよね」

「あ、はい……」


 こうして改めて見ると意外にもマッチョメンな光彦は、薄く笑みながら語りかけてくる。

 いや、いいなその下手なバストより豊満な大胸筋。脱いだら凄いんだろうな。オレが思わずごくりとすると、それをどう勘違いしたのか納得した様子になった光彦は、推理を語り始める。


「でも、それでキミが高校生をしてるってのはおかしい。留年とか考慮したところでどうしたってキミが一桁の年齢の頃に両親は鬼籍に入ってしまっている。それでも、会って恩を覚えていると……」

「まあ、そうですけど……」

「なら、双葉さんは、見た目通りの年齢じゃない、ということになるね」

「おお」


 賢い、とは前世も思っていた。しっかし、何も言わずにこうも察してくれるとは思わなかった。

 いや、そうなんだ。オレ、前世足すとアラサーなんだよ。

 普通は想像もできないだろうに流石。これも光彦とオレの友情の絆が為せるわざか。

 名推理に驚くオレは、しかし実は迷推理だったことを知らず、次の意味不明な言葉に驚愕させられるのだった。


「なるほど、イクスと僕が出会う前に、実は縁があったということか……これも運命ってやつかな」

「え? いく……なんです?」

「いや、だってキミ。きっと百年クラスの吸血鬼だろう?」


 しかし、彼は中二病に染まっていた。意味不明な勘違いがオレを襲う。吸血鬼、ってなんのことですかい?

 まるで確認しているかのような口調だが、実際それは断言。有無を言わせないような、そんな押しがあった。

 さらにはオレのどんな表情の変化も見逃すまいとずずいと寄ってきた光彦の、今にも領土戦争が起きそうなくらい広大な胸元に魅せられて。


「えと、ハイ」


 それらの迫力につられ、オレはつい頷いてしまったのだった。


「あ」

「やっぱりね……」


 確信したのか、何度も頷く光彦。うわぁ、これ並大抵言葉では覆せないやつだ。どうしよう。


「いや、違うんです! オレは、実は前世光彦の友達だった……」

「嘘はつかないでいいよ。僕は、契約者だ」

「えっと……」

「なんだ、双葉さんは逸れだったりするのかい?」

「いや、意味分かんないんですけど……」

「そうか……通りで気配が殆どないと思ったよ。封印でもされてるのか……いや、聞くのは野暮だな」

「あわわわ……」


 必死の抵抗も、イタすぎる言葉の連続攻撃であっという間に鎮圧された。

 いや、なんだこれ。いい大人だよね、光彦。妄想も程々に。それでいてオレの前世を嘘と断じるなんて、なんてこったい。

 オレ、こいつとも一回友達になるの、止めよかな。


「とはいえ、父さん母さんの知り合いと会えたのは、嬉しい。まあ、何かあったら助けになるよ」

「いや、今の状況を助けてほしいというか何というか……」

「そっか……」


 しかしこの野球グラブ乗っけてるみたいな三角筋と別れるのは辛い、と思いながら上の空で喋り続けていると、光彦は一度思案してから言った。


「ならまず、友達になろうか」

「えっと?」

「キミも困惑しているみたいだし。まず、知り合うことから始めようか」


 光彦の勘違いは続く。いや、知り合いどころかオレあんたの親友だったんですけど。


 とはいえ、だいぶおかしくなったけれど最初の目論見の一部はこれで達せる。

 友情を取り戻すのが目的だったんだから、まあこれでも百歩譲っていいか。勘違いはゆっくり正せばいい。


「……分かりました」


 そう思って。渋々、オレは光彦の手を取るのだった。




 後で考えると、ここで正直にゲロっとけば話も変わったのだろうが、全ては後の祭り。




『ふぅん。ワタクシが知らない吸血鬼がこの近辺に存在したなんてね』

『……お嬢様。覗き見とは、はしたないですよ?』

『あら。伴侶の様子を見るのなんてむしろ健全なことよ? 相方に興味ない方がよっぽど厄介だわ』

『やれ。ヤンデレを体の良い言葉で誤魔化して。白河様もイクス様にこれほど興味を持たれてしまうとは、お労しや……』

『全部聞こえてるわよ、サオリ!』




 こうして勘違い(されて)吸血鬼(だと思われるようになっちゃった)ばかさねちゃんは、爆誕したのだった。


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