台本置き場

月桂樹

荒涼

荒涼


地の文(語り、蕾の回想)

雷呀蕾(めんどくさがり屋、少し擦れた性格)

栄子(天真爛漫、苦労したことがない)

満也(肺が悪い、真面目)


枠始め(5〜10分前より告知動画ループ)


(SE開く)

蕾「はぁ……倉庫に物を溜め込んでる自覚はあったがまさかここまでとは……。ガラクタばかりだし、値がつきそうな物は残してあとは処分かな……」


蕾「何年も掃除してないと思ってたけど、案外ホコリは積もってないな。まるで一年程度しか放っておいてないみたいだ」


蕾「……これは……本と櫛か……?焦げてしまって……る…………あっ……」


どうしてずっと忘れていたのだろうか。


自問自答しながら首の後ろにある火傷の痕をさする。自分に都合のいい頭と長い時間。忘れていても体は覚えていた。この体はまだあの夏の日を忘れていない。


それは草履越しに尖った石を踏んだ時のような。彼女を思い出す時はいつも焼けた匂いと賑やかな笑い声が聞こえてくるような気がした。


(SE蝉 フェードイン 3秒後フェードアウト)





栄子「蕾さん、蕾さん、そろそろ起きてます?」


襖を乱暴に叩き、問答無用で部屋を開け放った少女は閉じきった窓を開け放つ。日が差し込み、夏がそろそろ来る空気が部屋に吹き込んでくる。


蕾「うっ……」


栄子「今日はえぇ天気よ!起きんともったいない!」


被っていた布団を頭まで引き上げようとするが、少女がそれを掴んで思い切り剥がしてきた。なんて乱暴な……。勝気が強すぎるんじゃないかと、まだ開ききってない目を少女……栄子に向ける。


栄子「朝ごはん、食べに来んさいよ!働きんさいよ!」


バンバンとホコリが立つくらい布団を叩かれて仕方がなしに起き上がると、ようやく栄子は満足そうな顔をした。


蕾「栄子さんね……年頃になるんじゃけ男の部屋に上がり込むんは……」


栄子「お小言なら自分がしゃんとしてから言ってください!ほらほら、母屋で母さんが朝ごはん用意して待ってますよ!」


蕾「あぁ……もう分かったから……」


栄子「ほらほら!服を脱いで着替えて!」


蕾「いやっ、男の着替えを年頃のおなごが見ようとするんじゃない!脱がそうとするんじゃないって!」


栄子「あははははっ!」


戦況が悪化して空襲も多くなってきた頃、かねてより取引先として贔屓していた漢方屋に住む栄子の提案により、自分は倉庫として使われていた離れに居候することになった。


今まではここで上質な漢方薬を仕入れては東京や大阪や福岡などに売りに歩いていたが、どこもかしこも空襲で危なくなっていた。仕方が無いので空襲もないここ広島市に腰を落ち着けて商売をしようとした矢先の栄子からの提案に断る理由は無かった。まぁ、まさかこんなにやかましく起床を迫られることになるとは思っていなかったが。


今の仕事は薬の移動販売と山の裾野にぽつんとある双葉山診療所への物資の配達くらいだ。最初の頃は診療所の医者である満也にヤミをしていることで嫌がられたが、今はクリーンな仕事しかしていないため好感を持たれている。


蕾「はぁ……どうせお前さんのとこに届けるくらいしか仕事が無いけぇ、朝早く起きる理由なんてあるかね?」


満也「ふっ……」


蕾「何を笑っとるんじゃ」


満也「いや、初めて会った時と比べて随分顔色も良くなったしいいじゃないか」


蕾「お前さんは叩き起される辛さを知らんけぇそう言えるんじゃ……」




栄子も満也も仕事上だけの付き合い……だったら楽だったのだが……。


栄子「ねぇねぇ、今日は満也さんのとこに行きんさるの?」


栄子「満也さんってどんな花が好きかな」


栄子「満也さんの読む本って難しいねぇ……。ウチも読めるようになったら褒められるじゃろか」


このお転婆娘こと栄子は満也に惚の字なのだ。それだけだったらまだいい。それだけだったらだ。


満也「なぁ、今日は栄子さん……どうだった?」


満也「栄子さん、ちゃんと食べてるかな。ほら、最近配給が少ないだろう?」


満也「何も無い日に贈り物って重い……よなぁ……うーん……」


なんと堅物満也までも栄子に惚の字。正直もうさっさとくっついてしまえと思っているのだが、中々二人とも告白をしようとしない。いわゆる両片思い。それに挟まれている自分の気持ちも考えて欲しいと常々思っていた。まぁ……でも可愛いものか。こんなご時世だからこそ、この二人の関係が心の癒しになっているところはあった。


満也が休みの日には三人でよく出かけた。肺が悪い満也は故郷の東京を離れて広島の双葉山で療養しながら医者の仕事をしていたため友人は少ない方だった。最初の頃は陰気な人だったらしい。だが、足繁く通う栄子の元気さにつられるように満也は明るい表情を浮かべる人になった。


栄子「あぁ〜、アイスクリィムが食べたい。パフェも牛鍋も食べたい〜。汁物ばっか飽きたぁ」


蕾「他所じゃ食うに困っとる人もおるんじゃから食えとるだけマシじゃマシ」


栄子「居候がなんか言っとりますよ……」


満也「まあまあ、栄子さん。そのうち日本が勝ちますから。それまでの辛抱ですよ」


栄子「辛抱たまらーん!」


満也「それだけ声が出るなら健康の証拠ですね」


栄子「あー!ひどーい!満也さんは私の味方してくれると思うとったのにぃ!」


蕾「ま、煙草が吸えんのは辛いのぅ」


満也「肺を悪くしますよ。ちょうどいいじゃないですか」


蕾「……満也に言われたら敵わんなぁ」


三人で取り留めのない話をする時間は楽しかった。栄子も満也も二人きりだともじもじとして上手く話せずにいる時があるが、自分を挟むといつも饒舌だった。




自体が好転したのはある夏の日だった。


栄子「満也さんと、お、お出かけすることになったの!」


どちらから誘ったのか……まぁそれはどうでもいい。顔を真っ赤にして慌てる栄子の姿を微笑ましく見ていたが次に来た言葉に固まる。


栄子「じゃけ、つ、蕾さん、明日事前練習に付き合って!」


蕾「えっ?」


それは有無を言わさない言葉。1945年8月5日のことだった。あの時承諾しなければ何か変わったかもしれない。日数をずらすとか、時間をずらすとか。


8月6日、いつもより早起きをして支度を済ませてから母屋へ赴いた。8時10分、母屋の玄関で異常だと言われるくらい寒がりな自分はシャツに国民服、その上から羽織を着てぼんやりと待っていた。あちこちで空襲を見てきたせいで肌身離さず首に引っ掛けるようになったヘルメットを緩く頭に被せて、母屋の二階から聞こえてくる栄子の慌ただしく着替える音と声を微笑ましい気持ちで聞いていた。


(語りと同時にSE時計)

8時15分、バタバタとようやく栄子がバックを片手に引っさげて階段をおりてきた。栄子の母が台所から行ってらっしゃいと言う声。栄子の笑顔。


栄子「ごめん、お待たせ」

(SE戦闘機)


栄子の声を遮るような飛行機の音。随分低く飛んでるが、警報は出てない。そう考えた瞬間、光と轟音に包まれて全てが吹き飛んだ。

(SE耳鳴り)


蕾「う……」


視線の先にある自分の腕にガラスが無数に刺さっているのが見える。背中も首も痛む。ゆっくりと上体を起こそうとして諦めた。母屋が吹き飛んで無くなっている。痛いのも苦しいのも嫌いだ。辛いのも悲しいのも。このまま眠ってしまえば楽になれる、そんな気がしたのだ。しかしそれを妨げたのは毎朝聞くやかましい声だった。


栄子「蕾さん!蕾さん!しっかり、しっかりせんね!」


あぁ、栄子さん、君は無事だったのか。そんなことも口に出すのが億劫でゆるゆると視線だけそちらに向けると、顔から胸あたりまで皮がずるむけになった栄子の姿があった。あちこちにガラスも刺さっており、痛々しい姿だ。それなのに栄子は懸命に自分へ声をかけ続けた。


蕾「栄子さん……あんた……」


苦しくないんかね。そんなわかりきった言葉を出すより前に栄子は自分の腕を遠慮なしに掴んで肩に背負った。


栄子「満也さんのとこまで行こう」


二人で肩を支え合って立ち上がると母屋の原型がないことがよく分かった。確か、栄子の母がいたはずだとそちらの方へ歩こうとしたが栄子が緩やかに止めた。


栄子「確認したから」


声に体温がのっていない。冷ややかな声だった。チラリと瓦礫の隙間から出た黒焦げの先程暖かな言葉を発していたはずの何かを見つけて、黙って背を向けた。


それから二人で歩いた。燃える町を。助けを求める声を無視して。爛れた人の行列に時に混じって、人が沈んでいくのを横目に川を渡って。斜めに傾いた雑木林、その先にある双葉山診療所へ。満也の元へ。


額に包帯を巻いた満也が飛び出してくるのが見えて安心した時、栄子の体から力が抜けた。


満也「栄子さん!!」


聞いたことも無いような悲痛な声で満也が叫ぶ。駆け寄り、栄子の体を揺さぶる満也を自分はただ眺めていた。


満也「栄子さん!栄子さん!しっかり、しっかり!!すぐ手当するから!すぐ……すぐに……っ」


栄子は事切れていた。満也もわかっていて、受け止めれず声をかけ続けていた。


満也「大丈夫……そうだ、川から汲んだ水があるから、それを飲みなさい。そしたら………………。うっ……栄子……さん……約束…………守ってくれないと困りますよ…………。明日、明日あなたに思いを告げようと…………なんで……こんな…………」


その時自分の中のなにかもブツリと音を立ててきれた、そんな気がした。あの時立っている場所が違えば。約束の時間が違えば。約束の日が違えば。断っていたら。自分がいたから栄子はこの日あの時間に約束をして死んだ。自分がいたから。じゃあ、じゃあ自分がいなければ栄子は死ななかった?


蕾「……わしが、わしが悪いんじゃ…………すまん、すまんの……」


満也「栄子さん…………栄子さん…………」


謝罪は嗚咽をあげる満也には届かない。これ以上、かける言葉も見つからない。


それから自分は来た道を無言で戻り、街だった場所をフラフラと歩いた。そのうち、ポツポツと流れる涙を消すように黒い雨が降ってきた。


蕾「栄子さん……」


うずくまってこぼした言葉に返ってくる返事はもうない。あぁ、こんな辛いことがあってたまるものか。こんな現実があってたまるものか。きっとこれは悪い夢なんだ。


そう、目を閉じて開けたらまたあのやかましくて元気な声が聞こえてくるはず。


栄子(蕾さん、起きんさいね)



蕾「忘れたい……こんなに悲しくなるなら、なんもかも忘れたい……」


しばらく泣きじゃくった後、立ち上がり、はて?と首を傾げた。体が妙に痛む。それに一面焼け野原だ。爆弾が落ちて、それで……。


蕾「なんも思い出せん……。そもそもここは東京かね?それとも福岡かね?」


まぁ、忘れるということはどうでもいい事なのだろう。瓦礫から使えそうな物を集めて適当にヤミで売ろう。


蕾「どれもこれも焼けとるのぉ。売れるもんは無さそうか……」


ふと、瓦礫の下に埋もれた黒くなった本が目に入った。それに重なるように可愛らしいが半分焼けた櫛も。


なんだかそれらが無性に大切に思えてそれだけを掘り出し、再び歩き出した。


蕾「あぁ……明日は天気じゃろか。天気じゃったらちゃんと起きんともったいないけのぉ」



そうだ、あの日、自分は受け止めきれず忘れることを選んだ。満也はあの後どうなったのだろうか。もう何年も経っている。連絡の方法も、わからない。


倉庫の僅かに開けた窓から暑い空気が吹き込んできた。あぁ……また夏がやってくる。

(エンド曲canon)

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