第1話 呪子
「こやつを斬れ」
十一年前のあの日、五歳になったばかりひなたは実の父親・・・・・・
「お待ちください父上! それではあまりにも・・・・・・!」
止めたのは年齢が二回りも離れた異母兄、
「黙れ。尊よ、こいつは
厳康はひなたの顔を冷徹に見つめながら言い放つ。
「何をおっしゃいますか! 呪いなどそんな物は・・・・・・」
「いや、ある。見るがいい、こ奴の髪を。 瞳の色を」
妖神とはこの国・・・・・・
「こやつが生まれた時は目も髪の色も、他の日天人と同じく黒であった。だが、今はどうだ? 髪は銀色、瞳の色はまるで鮮血の様な赤だ。まるで妖神の姿ではないか」
「それは・・・・・・」
妖神は人の姿でこの国に渡来し、その姿は全ての人間を魅了し、狂わす程美しい女とも男も言えるような姿で、髪は銀色、瞳が血の様な赤色だった伝えられている。妖神は絶命する直前に、己の血を四人の武士達に浴びせかけた後にこう言ったという。
『・・・・・・我は死ぬが、お前達に呪いをかけた。お前達に我が血が混じる呪いを。いずれお前達の血族の中に我が分身が産まれ、お前達を滅ぼすだろう』
以来、四雄家の血族には極稀にだが、「産まれた時は普通だが、成長するに連れて髪と目の色が変化し、外見が妖神そっくりになる」子供が産まれるようになる。
妖神は日天人のみならず、東方地方の国々の人間にとって恐怖の象徴だ。そんな者の生まれ変わりが自分の家から出たらたまったものではない。もし産まれた際は必ず殺すべしというしきたりが四雄家の間で決められたのだ。
しかし、最後に呪われた子・・・・・・通称「呪子」が産まれたのは三百年程昔だとされている。その記録自体が遥か昔であり、正確性も怪しげだ。 いつの間にか『呪子など迷信である』と人々は思うようになったし、厳康や尊自身もそう思っていた。実際にこの目で見るまでは。
「こ奴の姿はまさに伝承で伝えられた通りの呪子よ。何が何であろうと斬らねばならぬ。 こ奴はいずれ我が家を、いや、国を亡ぼすぞ」
「しかし、ひなたはまだ五歳です! その様な邪な考えなど抱くはずがありません!」
尊はなおも父に反発する。
「まだ五歳だからこそじゃ。成長して行くにつれて人の人格などいくらでも変わる。 ましてやこ奴は呪子だ。 今後どんな悪しき怪物になるかもわからん。 今の内に殺さねばならぬのだ!」
厳康がそう言い終えた直後、部屋の扉が開く。
「ならば、私の事もお斬り下さい」
入って来た若い女性が厳康を見つめながら言う。
「
「律殿・・・・・・」
桜風 律。 厳康の側室であり、ひなたの母親である。年齢はこの時二十七歳であり、後継ぎである尊と年齢差はほぼ無い。元は平民で氷陣家の使用人であったが、その美しさと、気丈さが厳康に気に入られて側室として迎え入れられたのであった。
「かあさま!」
何が起きているのかわからぬひなたは、無邪気に母の元へ駆け寄る。律は母親らしい慈愛に満ちた笑みをひなたに向けた後、まるで刃物の様に鋭い視線を厳康へと向ける。
「この子一人だけを逝かせる訳には行きません。それならば私もこの子と共に逝きます」
「本気か!? そ奴は呪子だぞ」
「呪子だから何だと言うのです? 私が腹を痛めて産んだ子には変わりありません」
「正気か? 気でも狂ったか?」
「いいえ。狂ってなどおりません。狂ったのは貴方でしょう、厳康様」
厳康の目から一切視線を逸らさぬまま、言い放つ。
「仮にも自分の子であるひなたを、何の罪も無いこの子を斬ろうなどと狂気の沙汰でなければ何でしょうか」
「黙れ! 呪子である事が罪なのだ! 呪子を斬るのが我が家の為だ! それが何故わからぬ!?」
「例えこの子が呪子だったとしても家を亡ぼすとは限りません。 そもそも嘘か真か、それすらも怪しい伝承の為に子を斬る家に未来などありませぬ。 そんな事すら分からぬ程
厳康に一歩も引かない律を見て、尊は冷や汗をかく。 尊自身、何としてもひなたや律を助けたいという気持ちがある。 だが、隣にいる父親の表情が徐々に怒気が含まれるのを見て絶望に近い物を感じていた。
「よろしい! ならば斬ってやろう!
「ここに」
厳康の呼ぶ声に応じ、一人の刀を差した老人が現れる。
「この二人を外に連れ出し、斬れ」
「父上!」
「黙れ。 もう決まった事だ」
尊の言葉は届かない。尊は律とひなたへと視線を向ける。ひなたは相変わらず何が起きてるのかもわからないまま、律の膝に抱かれたままである。母である律は全てを受け入れているのか、その表情からは悲しみや絶望は見受けられない。
(気丈な性格なのは知っていたがここまでとは・・・・・・)
その気丈さが普段ならば頼もしいのだが、今回に限っては完全に仇となったとしか思えない。却って厳康の怒りを買い、その運命を決定づけてしまったのだ。
「首を打った後は穴を掘って適当に埋めよ。 こ奴らを収める墓など必要は無い。我が家から呪子が出たなどあってはならぬ事。痕跡も全て消し、『最初から居なかった』事にするのだ!」
「父上、それはあまりにも!」
「・・・・・・おいでなされませ」
光徳の言葉に律は立ち上がり、何も理解出来ていないひなたの手を取って歩き出す。
「・・・・・・尊様、今までありがとうございました。どうかこれからもご健勝で」
「律殿! ひなた!」
尊の呼びかける声にも振り向かず、律はそのまま光徳と共に外へと歩いて行った。 死出の旅へと。
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