現代怪異百物語

ヒノワ馨

トイレの花子さん

 私の通う中学校には「トイレの花子さん」の噂がある。


 旧館2階の女子トイレ、奥から2番目の個室、夕方4時に声をかけると返事が返ってくるという。


「花子さーん、あそびましょー」


 この学校の花子さんは少し変わっていて、贈り物と引き換えに願いを叶えてくれるらしい。


 ―お菓子と引き換えにテストで100点が取れた。

 ―アクセサリを置いてきたら好きな人と両想いになった。


 そんな話を、この学校に通う生徒は必ず耳にした。




 その日、私は夕方の旧校舎にいた。


 2階の女子トイレ、奥から2番目の個室の前に。


 私にも、どうしても叶えてもらいたい願いがあった。


「は、花子さん、あそびましょう…」


 噂は半信半疑だったが、どうしても縋りたかった。

 怖くなかったわけではない。呼びかける声は震えていた。


〈…はーい〉


 少しして個室の中から声が聞こえてきた。

 扉は空いていたが姿は見えない。


「は、花子さん?本当に?」


 恐怖と興奮で足が震えた。本当にいた。


〈そうだよ〉


 私は泣きそうになった。

 よかった、これで救われる。


「ほ、本当に願いを叶えてくれるの?」


〈いいよ〉


 私は意を決して彼女に語りかけた。


「ある人を、私の前から消してほしいの」




 私はいじめられていた。2年生に上がってからずっと。


 それまで仲の良かった数少ない友達とは別のクラスになってしまい、元々地味だった私はすぐに目をつけられた。


 プリントが1人だけ回ってこない、発言が無視される、そんなことからどんどんエスカレートして半年が経っていた。



 いじめを先導しているのは鈴木さん。

 彼女は、美人でお金持ちで、私なんかに構わなくても楽しいことはいくらでもありそうなのに、執拗に嫌がらせをしてくる。


 何をしても懲りずに学校に来る私は、彼女にとって良いおもちゃなのだろう。


 私は家にも居場所がなく、学校にでも来るしかないというのに。



 物やお金を取られる事が日常茶飯事になった。

 目が生意気と言われ、水をかけられる。

 ペンキやマジックで落書きされ、おもちゃにされる。


 もちろん暴力も。

 本人は手を出さず、いつも取り巻きにやらせる。

 その様はまるで女王様だった。



 今日は服を脱がされ写真を撮られた。


 先週、化粧品を万引きするように言われて私が従わなかったからだという。


「次、口答えしたら写真ばら撒くからな」


 破れたスカートとブラウス姿で、私は堪らずここに来た。



「鈴木さんを私から遠ざけてほしいの。虐めが無くなれば何でもいい。他に興味のある事を見つけるとか、彼氏ができて夢中になるとか、そんなんでもいい!……誰かが、代わりに標的になっても……」


 私は縋る思いで空き個室に訴えた。



〈いいよ〉



 返事が聞こえた。かわいい女の子の声だ。


「あ、ありがとう!あの、贈り物は何がいい?私に持ってこれるものだったらなんでも持ってくるから」


 正直お金はない。持ってこれるものも限られている。


 それでも、何をしても、この苦痛から解放されたかった。


 途方もないものを言われたらどうしようかと緊張しながら花子さんの回答を待った。



〈じゃあ、お友達になって〉



「え、友達?」


 そんな事でいいのか。ほっと胸をなでおろす。


「いいよ。本当に叶えてくれたらお友達になろう」


 その頃にはもう花子さんに対する恐怖心もほとんど消えていた。




〈やくそく〉




 次の日、鈴木さんは学校に来なかった。


 5日ほど経って、担任の先生が鈴木さんが引っ越した事をクラスに伝えた。


 その頃にはクラス全員が、鈴木さんのお父さんが会社の横領で捕まったことをニュースで見て知っていた。

お母さんはだいぶ前から家にいなかったらしい。


 鈴木さんは遠い親戚に引き取られることになって、本当に私の前からいなくなった。


 いじめも綺麗になくなった。


 花子さんが叶えてくれたのだ。私はまた旧校舎へ向かった。



「花子さーん、願いを叶えてくれてありがとう。約束守りに来たよ」



 友達と言っても相手は目に見えないのだから、「友達だよ」と言ってしまうだけでいい。

 その後はここに来なければいいのだから。


 その時、空だった奥から2番目の個室に女の子が現れた。


 私より背の低い、年下の女の子だった。


 その顔は左半分がえぐれて、眼球が垂れ下がっていた。


「ひっ」


 私は思わず後ずさった。


 かわいい女の子などではない。これは、化け物だ。



〈ともだち〉



 花子さんは私に近づいてきた。


 右の口角が吊り上がっている。まるで笑っているようだ。


「ち、ちがう!取り消す!他のものなら何でも持ってくるから!」



〈やくそく、ともだち〉



 花子さんがじりじりと私に迫ってくる。恐怖で動くことができない。


「い、いやだ、いやだ…!!」



〈ずっと、いっしょ〉



 私の叫びは誰にも届かなかった。





「ねぇ、旧校舎の花子さんの話知ってる?」


「トイレの花子さん?願いを叶えてくれるっていう?」


「そうそう!贈り物をしないと叶えてくれないらしいんだけど、何が欲しいかは聞いちゃいけないんだって」 


「なんで?」


「花子さんはさみしがり屋だから、『友達が欲しい』って言われて、次の花子さんにされちゃうらしいよ」





『花子さーん、あそびましょー』




 ……はーい

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