第47話
「出るぞ!」
迷いを払おうと叫ぶとシーを連れ、揺れ続けている輪っか状の電線と、キイの姿をした全くの別物へ背を向ける。
シーはそのまま引き
「駄目! キイを置いて行く!」
「あれはキイじゃねえ! さっきバイト先でいなくなってここに来られる訳
引き戻しながら怒鳴る俺に、シーも怒声を上げる。
「キイだよ! もしキイでなかったとしても、こんな所に人を置いて行けない!」
「何言ってんだ馬鹿野郎! 他人の為にお前を差し出せるか!」
断続的に鳴り続けていた家鳴りのようなノイズが、けたたましく上がった。ゴミとガラクタの洞窟が
倒壊する。
噴き出す別種の恐怖に身が凍った。今すぐ出て行くつもりなのに、頭がシーが生き埋めになる未来を勝手に描く。
細い肩を掴んでいた感触が消えた。すぐに掴み直そうとするが、指は空を掻き何も捉えない。闇に浮き立つ程白い肌の影が、目の端に映った。振り向くと、シーが旅館の奥へ駆け出している。
勝手に描いた未来が現実になりかけている恐ろしさに、絶叫した気がした。脚は既に動いていて、ゴミやガラクタに邪魔されながら、無茶苦茶なフォームでシーを追う。
シーがキイに見える何らかの腕を掴んだ。間髪入れず立ち上がらせると、引き
シーは焦りを露わにするも手を離さない。それ所か、まだゆっくり、ゆっくりと揺れている輪っか状の電線へ振り返ると、今まさに殺人を犯すような、
「言葉が通じるのは井ノ元達で分かってるのよ卑怯者。ここまで追って来てやったのに、目的も姿も示す気が無いんなら勝手にすればいい。あんた達が何をしようと何であろうと、私は人を傷付ける奴に屈したりしないし困ってる人を見殺しにもしない。キイは私が連れて帰る。あんた達がそう在るように、私もそう在るって決めたんだ!」
シーは怒鳴ると、力尽くでキイの腕を引いて走り出す。
聞いた事も無いぐらい大きな破壊音が背後で爆ぜる。家鳴りのようなノイズも、ジリリリリンというあの黒電話の音も塗り潰されて、我を忘れて足を動かした。
ガラスを踏み砕いた感触がする。大量の皿が割れたような気もした。でも気を取られている暇なんて無い。背後から押し寄せ俺の両脇を過ぎ去っていく埃と粉塵の波が、肺に潜り込んで噎せ返る。息苦しさに立ち止まりたい。滲む涙でぼやける視界が恐怖を煽る。身体のあちこちが痛むのは、ゴミやガラクタにぶつかったからだろうか。
分からないまま、迷路のように入り組んだ廊下を、仕切りを取り外されて並ぶ部屋を抜け、開けっ放しの引き戸の向こうへ、プールみたいに飛び込んだ。
すぐに濃い土の匂いと固い感触に襲われ、痛みに呻いて転がる。乱暴に身体を撫でる痒い感覚は雑草だろう。痛みと衝撃で白く飛んだ視界が、じわじわと戻って来た。虫の大合唱と、側を流れる川の音も聞こえて来る。痛みは身体の芯からじんじんと脈打っていて、派手な打ち身をしたと分かった。血が出ててもおかしくないな……。
「いったいったいったいった!? 超いってえ何じゃこりゃあ!?」
痛みに起き上がれず仰向けになって倒れていると、場違いに元気な声が響いた。
出所を探ろうと目を泳がせる。すぐ隣で座り込んだキイが酷く驚いた様子で、埃で汚れたバイト先の制服や、擦り傷だらけの身にべたべたと触れていた。
「何これ!? え!? どう暴れたらこんなんなるの!? え私誰かと喧嘩した!? ストファイ!? うおおシーちゃん!? 何で倒れてんの大丈夫!?」
キイは四つ這いになりバタバタ前進すると、胎児のように丸くなって伏しているシーへ駆け寄る。肩を掴まれ揺さぶられたシーは嫌そうに呻くと、全力疾走直後の苦しみに苛まれながら切れ切れに返す。
「……ちょっと、今、喋れないからやめて……。走り過ぎて息、しんどい……!」
「何で!? 私とストファイしたから!?」
「
「いやシーちゃん
「……海な訳無いでしょ……」
呆れて吐き捨てるシーは、付き合ってられるかと言わんばかりに黙る。
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