第34話
逃げるようにコンビニを出ると、店員の目に触れないよう駐車場の端で立ち止まり、引き
「お前も聞こえてたんだよな。さっきの電話の音」
両肩を掴んで尋ねる俺に、シーは目を見開いた。
俺は心臓がまだバクバクと暴れ続けていて、頭が上手く働かない。何が起きてるのか自分で考えられない。誰かに尋ねる事しか出来ない。
「聞こえてたんだろ? 誰もスマホなんて忘れてないのに、トイレで鳴ってたあの黒電話」
シーは急かされたように、頼り無い調子で答えた。
「聞こえてた」
「お前はあれにどう説明を付ける。幽霊って本当にいると思うか」
シーは俺の混乱が伝播したのか、目が泳ぐ。
「……ユウがトイレを調べる所は見てた。探してる場所に、見落としが無いのも見てる」
「ならあの電話の音は何なんだ。俺、ちゃんと探したんだぞ!」
「私も見てたよ。分かってる。でも、店員さんが探す様子は、ユウの背中で見えてない。本当はどこかにスマホがあったのかも」
「じゃあ何で鳴りっ放しのまま放置したんだよ、本当にあったんなら忘れ物として預かる筈だろ!?」
シーは肩から俺の手を剥がそうと手を伸ばした。
「ユウ。落ち着いて」
「何でお前はそんなに冷静でいられるんだよ! 有り得ねえだろあんなの!」
「うん。だからあのトイレには店員さんの言う通り、本当に幽霊がいるのかもしれない」
シーは俺の目を見てそう言った。俺の気を落ち着かせる為の方便じゃない、自分の意思による言葉で。
心臓が、萎んだかのように大人しくなった。
血の気が引いたのかもしれない。あれだけ、まだ不確か、そう判断するには材料が足りない、こういう可能性もあるかもしれないとあらゆる物事へはっきりとした意見を示さなかったシーが、こうもあっさりと幽霊の存在を肯定したから。シーなら何か、納得の説明をしてくれる筈だという期待が、砂山みたいに崩れ去る。
それでもシーは目の前にいた。真っ直ぐに俺の目を見たまま、これが現実だとでも言うように固く唇を引き結び。
俺は頭に血が上り過ぎたのか、やっぱり上手くものを考えられないまま零す。
「……じゃあ、今日の出来事は解決したのか? 全部軽音部の幽霊だの、おきつね様だのの所為だって?」
車の走行音に掻き消されそうなぐらい小さな声だった。目の前で向かい合っていなかったら、シーにも聞こえていなかっただろう。
シーは困ったように、少しだけ苦しげな表情を浮かべた。
「それは分からない。私は疑い深いだけで、何でも知ってる訳では無いから」
その顔を歪ませているのは、気の利いた言葉が返せない自身への嫌悪感と、俺への罪悪感だと声で分かる。
シーはまるで、謝るような声で続けた。
「だからずっとユウの言ってた通り、調べた所で時間と体力を浪費しただけで、全部ただの思い込みや勘違いだったかもしれないし、その中には本物の幽霊や、実在するおきつね様の仕業のものも含まれてるかもしれない。でも、それを判断する為の知識が、誰かに文献としてきちんと整理されて、私のような特別でも無い高校生が閲覧出来る場所に、
シーは話し終えたとでも言うように、俺の手に添えていた手を下ろす。だらりと両手を垂らし俯くと、足元を見た。コンビニでの体験を受け止めようとしているのか、じっと考え込むような難しい顔になって黙り込む。
俺はどうすればいいか分からず、かと言ってこのままじっとしているのが正解とも思えなくて、何か言葉をかけようと口を開く。
「でもそれは、私にとって重要じゃない」
怒気の滲む低い声で、シーはそう言った。
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