第30話


 暫く歩くとコンビニを見つけて入る。俺達以外に客はいない。初めて入るコンビニだ。図書館なんて滅多に行かないから、この辺りの土地には疎い。


「懐中電灯あるか見てるから、何か食い物見て来いよ」


「分かった」


 そう言葉を交わして二手に別れようとした時、ジリリリリンと電話の音が鳴った。


 少し離れた所から鳴っている。俺じゃないしシーでもない。でも他に客はいない筈なんだが。互いに顔を見合わせて立ち止まると、辺りを見る。やっぱり他に客はいない。レジは? 店に備え付けられている電話の音かもしれない。そう視線をやると、レジに立つ若い男の店員と目が合った。黒髪ショートで眼鏡をかけた、中肉中背。高校生って雰囲気はしないから、大学生って感じだろうか。寒がりなのか、半袖の制服の下に長袖のシャツを着ているのが目立つぐらいの、真面目そうな人。


 店員は愛想のいい笑顔を浮かべると、「いらっしゃいませ」と俺達へ挨拶する。背後に子機って言うんだったか、煙草がズラっと並ぶケースの隣で、受話器だけみたいな格好をした固定電話の小さいやつが見えたので、そのまま振り向いてそいつに手を伸ばすんだろう。


 店員は俺達へ背を向けると、子機が置かれている大きな棚へ屈みこんで戸を開け、新品の煙草を取り出した。子機が置かれている辺りの開いたスペースへ次々新品の煙草を置いて行き、俺達へ背を向けたまま立ち上がると、封を切って棚へ足していく。ジリリリリンと電話の音は鳴り止まない。


 何してるんだ? 聞こえてない訳無いだろ。無視してるのか?


 身動きが取れていない自分に気付いた。瞬きの回数も減っている。視界から外れているが足音がしないので、シーも俺の隣から動いていない。多分俺と同じ考えの下にレジを見て、あの店員の様子に違和感を覚えてる。店員と俺とシーの三人しかいない店内に、ジリリリリンと電話の音が鳴り響く。


 いつ取るんだと店員を凝視していると気付く。子機に付いている小さな画面が、灰色のまま何も表示されていない。あそこって確か、電話番号を入力したり、電話を受発信した時は、光るんじゃなかったか? スマホが電話を知らせる時に、バナー通知や画面に発信者名を表示させるのと同じように。つまりあの子機は今動いていなくて、そもそもこの店に誰も電話していない事になる。


 ジリリリリンと、電話の音は止んでいない。


 他に鳴っていると言えば店内放送と、ドアを潜ってすぐに動けなくなっている俺とシーに反応している自動ドアが、何度も開閉を繰り返しながら連続させているチャイムぐらい。そこに電話の、ジリリリリン、ジリリリリン、ジリリリリンという音も重なって、異様な雰囲気が店内に広がって行く。


 店員は補充の手を止めると、不思議そうに振り返った。ドアの側で立ち尽くし凝視している俺達に気付くと目を見開く。


「うわっ。どうされました? 何かお探しですか?」


 俺達へ酷く驚いていたし、振り向いたのは開閉を繰り返す自動ドアや、鳴り止まないチャイムが気になってだと分かった。


 暑さの所為だろうか。口の中がカラカラに渇いていて、下顎の底に貼り付きそうになっている舌を剥がして尋ねる。


「いや……。電話、鳴ってません……?」


 店員は困惑を浮かべた。


「電話、ですか?」


 店員が言い終わるかの所でシーが素早く言う。


「トイレの方から鳴ってる」



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