第28話
図書館で閉館時刻まで郷土資料を漁ったが、おきつね様に関する記述は見つけられなかった。田舎の図書館なので蔵書量に期待はしていなかったが、いざ限られた時間内でなるべく多くに目を通せと言われれば、疲れも溜まるし腹も減る。気付けば空は傾いた太陽で、濃いオレンジに染まりながら夜に移ろうとしていた。
取り敢えずコンビニ寄るかと外に出た途端、隣で歩くシーが切り出す。
「今は少子化で跡継ぎがいなくて、お寺や神社もどんどん取り壊されたり廃墟になってるけれど、昔だって信仰が断絶された神は一つもいなかったとは言い切れない。たとえば本殿が焼失して、立て直しのお金が用意出来なかったからそのまま廃れたとか、神主や住職の家族が突然事故で全員亡くなったとか……。認知度の低い信仰だったらそれを祀る規模も小さいし、そのまま風化してしまってもおかしくない。お守りの種類が年々増えてくみたいに神の内容だって時代と共に変化していくし、今もどこかで祀られてるけれど姿や名称が変わってるって場合もある……」
俺に話しかけているのかと思いきや独り言だ。まだ精神は図書館にいるようで、おきつね様の正体を突き止めようと依然頭をフル回転させている。
「ちゃんと前見て歩かないと転ぶぞ」
懐中電灯代わりにスマホを取り出し、ライト機能を立ち上げると足元を照らした。俺の履き慣らしたスニーカーとシーのローファーが、徐々に濃くなっていく夕闇の奥から浮き立つ。空気はまだまだ蒸し暑い。蝉も元気に鳴いてる。
辺りの街灯の間隔が広い。図書館という公の建物の周囲でも、田舎となれば関係無しか。駅前通りだろうとシャッターが下りている建物は珍しくないし、そう言えば学校周りの住宅街も空き家が少なくなかった。
土地そのものが緩やかに死に向かっているみたいだ。死と言っても人間の気配が希薄になっていってるだけで、管理者がいなくなったそこには草木が好き放題生い茂るし、そこを縄張りと主張する存在が入れ替わるだけと言えばそうなのだが。だが廃墟にしても、手入れがいい加減なだけなのか夜逃げでもして本当に手放したのか分からない以上、もしかしたらまだ住んでいるのかもしれないという気味悪さが顔を出す。それはその廃墟が取り壊されるか倒壊するまで周囲に蔓延し、空恐ろしさを放つ異界と化す。その
その対象に触れた者が恐ろしいと感じるから、その対象とは恐ろしくなる。言ってしまえば幽霊だのオカルトだのの正体なんてそんなもので、それに関わった者が勝手にイメージして作り上げているに過ぎない。そして人間が恐怖を覚えるものとは
そう話すとシーは、「そうだね。そうとも言える」と頷いた。
「偶然っていうのは時々、運命みたいな巡り合わせを連れて来る。今日様子がおかしくなった人達が、偶然そういう勘違いを同時に起こしただけって言われても、信じられなくとも可能性はゼロじゃないのも事実だから。大阪だったっけ? 二十年近く前に怪談話をしてた中学生が集団ヒステリーを起こして、ニュースになってた事件もあるし」
って理性的な思考も出来るのに何でオカルト路線も有り得るって思い続けられるんだか。
公園では根負けしたが今度こそ引き止められないかと、おどけた顔で肩を竦めて言ってみる。
「って事で今回の件から手を引こうとは思わねえのか。そうやってずーっと真面目に考え込んでストレスガンガン蓄積させて、過呼吸になっても知らねえぞ」
「過呼吸って頭突きで治るよ」
「治るか脳筋過ぎだろ」
「いや本当本当。昔過呼吸なりかけた時ヤバいって思って、咄嗟に壁に頭突きしたら治まったから」
「今高校生のお前が言う昔ってマジでちびっ子の頃じゃねえか」
「何? ロリコン?」
「は?」
「だって幼い頃の私っていう言葉をピックアップしたから」
「何でだよそんなちっさい頃から高ストレスに晒されてるお前の身を心配したんだよ!」
「中学生の頃だからそんなに昔じゃないけどね。多感な時期だから大袈裟な理由でも無かったよ」
「あーそうかよ。当時の事は何も教えてくれないし余計なお世話だって訳だ」
「気持ちを傾けたからって応えてくれるか分からないのが人だから」
「ドライな奴め」
「人間って皆そうだよ。友達になったって関係無い」
「となると今のお前の行動は矛盾してる事になるが。図書館は収穫ゼロだったし帰るとも言い出さねえし、コンビニ寄った後はどうする気だ?」
「足立達が肝試しに行った廃旅館に行く」
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