第18話


 急かされるままに俺はハンバーガーのセットを食べ切ると、トレイは空になったがまだ口が動いているシーへ、隣席に立てかけていた楽器ケースを返しながら席を立つ。その間も一度も振り返らずショッピングモールへ直進するキイを慌てて追った。不思議と先程訪れた時より足取りは軽く、キイの態度から空元気も消えていて、シーも考え込んでいる表情は無い。


 俺とシーを背に置くように前を行くキイは、目に付いた端から店に入り、そう言えばモトが財布を買い替えたいと言っていただの、こういう服似合うのに何で着ないんだろと零しながら商品を見て回る。改めてモトの好みとは何だったかと話している内に、話題は思い出話へ転がった。


「モトくんと私は去年おなクラで偶然席も隣だから気が合って……。シーちゃんとユウくんはもう軽音繋がりで友達だったんだよね? 私達四人が知り合うきっかけって何だったっけ? シーちゃんはクラス離れてたし、授業じゃ会う事無かったもんね」


丁度ちょうど一年前だな。俺とシーが昼休みに図書室にいた所に、別の友達を捜しに来たお前らがそいつを見てねえかって声かけて来たんだ」


「あーそうだったっけ? そう言われればそんな気がする……。何であの時、ユウくんとシーちゃんは図書室いたの?」


「シーが読みたい本が無いっつって、何かいい本教えろって俺を図書室に連れて来たんだよ」


「無いんじゃない。興味がある本は全部読んで退屈になったから、疎いジャンルについて教えて貰おうとしただけ」


「ハイハイ。めっちゃ読むスピード速いくせにミステリしか読まねえから、すぐ暇になるんだろ」


「分かってるなら訂正させないで」


「ユウくんも本読むの好きだったっけ?」


「まあシー程じゃねえけど。それでこいつ、いといて結局読もうとしねえから、じゃあ自分で読む用に書いてみたらどうだって勧めたんだよ。自分で作っちまえば、お前の趣味に合う話が読み放題になるじゃねえかって。そしたら今度は、書くには情報不足だからやっぱり片っ端から何でも読むって言い出して、また図書室行きって訳だ」


「あー思い出した思い出した! そのタイミングでだよね私とモトくんが二人に声かけたの! シーちゃんが熱心に小説書いてるから多分いつも図書室にいる子なんだって思ったモトくんが、捜してた友達見てないかいたんだった!」


「それで声をかけた相手が学年でも美人と噂のシーと気付いたモトが、ナンパしようとしたんだったな……」


「シャーペンで太腿ブッ刺されてたね」


「刺してない。突いただけ」


「美人は否定しないのかよお前」


「不細工は初対面の人間にナンパされない」


「エグい正論で口答えするな」


「それで痛過ぎて絶叫したモトくんに司書さんが驚いて、四人揃って図書室から逃げたんだった」


「で、そのままし崩し的に現在に至るだな」


「んー。人の縁って分かりませんなあ」


「だなあ」


「あっ、でもさあ、二人が知り合ったきっかけって何だったの? 同じ部活でも部員数結構あるじゃん軽音って」


「気付いたら一緒にいたから忘れた」


「人を幽霊みたいに扱うんじゃねえ」


「えー気になる……。そうだ今度二人の演奏聴かせてよ! モトくんが揃ったらさ!」


 なんて風にどんどん話は脱線していって、気付けば時間になっていた。モトへのプレゼントはキイが記憶していた言葉を頼りに財布にして、三人で割り勘して買ってある。渡すのは発案者のキイとなったので、一旦預かって貰う事にした。電車の時間が迫って来て、ホームまで見送る事にする。


 方々に送ったメッセの返事を共有し合いながら話していると、あっと言う間に電車が滑り込んで来て別れの時となる。


 キイはスマホをしまいながら言った。


「じゃあ夜にまた連絡するね。何か分かったらすぐに教えて」


「ああ」


 俺の隣に立つシーは、返事の代わりにしっかりと頷いた。


 別にいつも通りの俺達の様子に、バラバラと客が降りて来るドアへ気を取られながらキイは笑う。気の所為だろうか、どこか寂しげに。


「どうした?」


「ううん。何か、やっぱり二人はいつも変わんなくて頼もしいなあって」


 脈絡の無い言葉につい笑ってしまう。


「何だよそれ」


「なーいよ何でも。モトくんの事、お願いね」


「バーカ。お前の手にもかかってるっての」


「大丈夫だよ。キイ」


 いつもの考えの掴み辛い無表情とは違う、凪いだ海のような静けさでシーは言う。


「私は何も変わらないし、この訳の分からない出来事も、私が最大限解明するから」


 キイは一瞬ぽかんとするが、すぐににかっと笑い返した。


「うん! 私も最大限信頼してるから!」


 そう言い残して、降りる客がいなくなったドアへ駆け出すと、閉まったばかりのドアへ向き直り俺達へ手を振る。


 俺とシーも応じると電車は走り出し、すぐに見えなくなった。空っぽになったホームに、急に大きくなった気がする蝉声せんせいが降り注ぐ。


 そうだ、今は七月だった。今日で期末試験が終わって、もう夏休みは目前。今年も四人で遊びに行こうって、ざっくりだが計画も立て始めていたんだった。妙な気分になる。蒸し暑さに滲む鬱陶しい汗が、不快感よりも現実感を連れて来るなんて。


 肺中の空気を押し出したような、重く湿っぽい嘆息が響いた。



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