第7話

「さ。エレナお嬢様。寝巻きを脱ぎますよ。シリル殿下がいらっしゃる前に身を清めましょう」


 メリーに連れ込まれたお風呂にはメイド達が待ち構え、真鍮の猫足がついた真っ白なバスタブが鎮座していた。

 張られたお湯にはバラの花びらが浮かんでいる。

 ラベンダーの香油でも垂らされているのかな?

 バラの華やかな香りだけじゃなくて、落ち着く香りが充満している。


 お姫様が入るような豪奢なお風呂に感動してたけど、我に帰る。


 ん? 殿下に会うために……お風呂……?

 わざわざ身を清めるの?

 って、みっみっ身を清めて何するの⁈


 えっえっ。

 ちょっと待って。


 さっ流石にこの世界……ぜっ、全年齢向け作品よね?

 R-18の世界に転生したりしてないよね?


 わたしは十八歳だからいいとして……


 ん? よくないのかしら?

 っていうか、わたしの不明瞭な記憶だとエレナはもうすぐ十六歳の誕生日を迎えるはずだから、まだ十五歳なんだけど!


 心の中で慌てる私を尻目に、メリーや他のメイド達はどんどん準備を始める。


「エレナお嬢様。お風呂のご準備できましたよ。三日三晩寝込んでいらしたんだから汗を流さないと」


 あ、そっそうよね。

 汗臭いお嬢様なんて嫌よね。


 ホッとしたような……

 そして、なぜか少しだけ残念な気持ちで着ていた寝巻きを脱ぎ、湯船に浸かる。


 湯船に浸かりながらじっくり自分の身体を眺める。


 転生して顔も変わったけど、身体もまったく違う。

 すべすべもっちりの白い肌に、細く長い手足。

 そして小柄で華奢だけど、ちゃんと出るところはでて……

 というか、かなり豊かな胸で、女性らしい体つきをしている。


 恵玲奈だった時は、悪目立ちしないようにダイエットもお洒落も意識して頑張っても、モブオタクでしかなかったのに。


「傷一つ残らず済んでよかったですねぇ」


 うっとり自分の身体を眺めているとメリーに声をかけられ、焦る。


「……えっ……えぇ。見る限りどこも跡が残ってないわ。お医者様に感謝しなくっちゃ」


 自分の顔に引き続き、自分の身体に見惚れていた事が恥ずかしくなり、怪我がないか確認していた事にした。



「さて、お召し物はどうしましょう」


 お風呂で汗を流した後はメイド達に囲まれて身体を拭かれる。

 手分けして香油を塗り込められて、髪の毛も丁寧にとかされると、今度は支度部屋に連れて行かれ、ソファに座わらされた私にメリーが声をかける。


 可愛いらしいワンピース? がいっぱいあって、さすがお嬢様の支度部屋。


 にしても……

 生地や色合いの濃淡に差はあれど、ほとんどが、青地に金糸や銀糸の刺繍やレースがあしらわれている物ばかり……


 これってあれよね。

 きっとサラサラな淡い金色の髪の毛に深い湖のような碧い瞳……な殿下のイメージカラーよね。


 ……ベタすぎる。


 エレナは殿下が好きで好きでたまらなくて、服まで殿下カラーに染めて恋焦がれてますよー!

 ってアピールしてたのかな。


 ……愛が重いよエレナ。


 それにしても、恵玲奈の記憶も不明瞭な上に、エレナの記憶も不明瞭なところが多い。


 特に殿下に対する記憶がすっぽり抜けている感じがする。


 エレナが殿下に対して好きな事はわかるけど、いつから好きとかなぜ好きなのかとか、具体的にどう思っているかは不自然と言っていいほど記憶にない。


 思い出せないだけ?


 それとも、エレナの殿下への想いは物語に必要じゃないとか?


 でも、転生するほどハマった作品って考えると……

 やっぱり背景をしっかり作り込んである作品じゃないとそこまでハマらないと思うんだよね。


 これから殿下への想いを持ち始めるってことかしら。

 婚約者なのに? こんなに殿下カラーの服ばかり用意して? そんなの不自然。


 婚約者……ってもしかして……


 エレナはヒロインのライバルで、婚約に固執して殿下対象者とヒロインの恋路を邪魔するベッタベタな悪役令嬢って事?

 悪役令嬢なら殿下の事が好きって情報さえあれば成り立つもんね……


 いやいや。

 まさか。

 こんな可愛い少女が?


 家族や使用人にこんなにも愛されてるエレナが、悪役令嬢になるなんて思えない。


 考え込んでいるのをメリーには一生懸命に服を選んでいるように見えるらしく、あれはこれはと持ってくる。


「……まだ疲れやすいから、できれば楽な服が着たいわ」


 装飾いっぱいのワンピースに着替えられそうだったので、思いついた可能性は胸の中にしまっておくことにして、ボロが出ないように簡単な服にしてもらった。

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