第37話 ノアside2
……気が付けば僕は王宮のお茶会の場に居た。
これは、一体どういうことだ?
僕は死んだはずではなかったか?
周りを見渡すと皆、どこか見覚えのある顔ばかりだったが記憶にあるより若い。訳が分からなかった。気が動転しながらとりあえず殿下に許可を貰い家に帰る。皆が若い。そして落ち着きを取り戻すうちに気づいたんだ。十四歳の自分に戻っていると。
僕がモアと結婚する前だ。
確かモアは今、十歳。あと五年後に僕はモアと結婚する事になる。またモアに会えるその喜びに踊りだしそうになった。僕は十歳の頃のモアに会いたくなり彼女の家にこっそり行ってみた。
……いるはずの彼女が居ない。
それにウルダード伯爵家は栄華を誇るような立派な邸だったが何故か寂れているように見える。ここは伯爵邸ではないのだろうか?
疑問が少しずつ焦りに変わり始める。おかしい、おかしい。これは絶対におかしい。
僕はクロティルド王太子殿下に直接聞いてみた。殿下の言葉に僕は膝から崩れ落ちそうになった。
モアはこの国にいない?
嘘だ、嘘だと言って欲しい。
モアが生きていたという喜びとこの国を去り、その後どうしているのかが分からないという絶望感。
殿下は彼女を婚約者に出来なかったと後悔している口ぶりだったが、この国から逃げて正解だったのかもしれない。残っていれば必ず側妃に迎えていただろう。
そうなれば僕は全力で殿下を陥れて浮上できないようにしていただろうな。
僕は王家の伝手を頼りに手紙を出した。届くかどうかも分からなかったが、王家を介した手紙だったためモアからの返事が届いた。飛び上がるほど嬉しかった。もちろん手紙の内容は殿下にも教えた。それが条件だったから。
本当なら僕だけが見ていい手紙。何度も何度も読み返し、枕元の木箱に入れた。一度届くと分かったから僕はモアからの連絡が欲しくて何枚も手紙を書いた。偶に返ってくる手紙は心の拠り所だ。
モアに会いたい。
すぐにでも隣国に向かいたい。
そう思っていたのだけれど、世の中はそう上手くいかないらしい。隣国へ向かうために手続きを取っていたのだが、隣国からの許可が降りない。何故だ?理由を聞いてもしっくりこない答えに納得がいかない。どうしてもモアに会いに行きたい。
持つべきものは王太子殿下。
どうしても許可が降りない事に焦った僕は隣国へモアに会いに行きたいと殿下に相談する。
「なんだノア。まだお前は諦めていなかったのか」
殿下はアーデル・メイエル公爵令嬢と結婚し、今は次期国王として執務に追われている。物事も思慮深く、落ち着いてきたのは王太子妃となったアーデル様のおかげだろう。
「モア嬢にどうしても会いたいのです」
殿下はふぅ、と一息吐いてから言葉にする。
「ノア、お前がサルドア国に行けない理由は王家の影だからだ。相手にこちらの手の内を知られているのかもしれない」
「……本当ですか?」
僕の背中に冷たいものが走った。僕は過去に戻った。戻る前の記憶を有して。もしかしてモアも過去の記憶が戻っているのではないだろうか?そう思うと全て納得が出来た。
伯爵家が没落する前に隣国へ渡った事も、モアの安否が不明な事も、我が家がラオワーダの闇である事も。僕の周りに誰一人過去に戻った記憶がなかったから僕だけだと思っていた。
あの時、モアは自死するほど恨んでいた。
……なんてことだ。
泣きたくなった。
僕がその事に気づいて動けないでいると殿下は不思議そうな顔をしている。
「……クロティルド王太子殿下。これから起こる国内の情報をお教えいたします。どうか、隣国へ行きたい。モア嬢に会いたい」
僕が懇願すると殿下は考えている様子。
「……ノアの出す情報による」
僕はとりあえずこれから一年間で起こる国内の事や得た情報を紙に書き出し、殿下へと手渡す。
「……これは本当か?」
過去から戻ってきた話をすると半信半疑の様子の殿下だったが、紙を机の引き出しに仕舞った。
「最短で分かるのは来週の夜会での出来事か」
「はい。ではあまり長くなると他の者も怪しむでしょうし、私はこの辺で邸へ戻ります」
そうして迎えた夜会の日。
僕はいつものように令嬢たちとダンスに勤しむ。手紙に書いた今日の出来事はアーデル様が休憩するために出たバルコニーで令息がアーデル様の前で跪き、一本の薔薇を差し出して愛を乞う。だが彼はフラれてしまうというものだ。きっとバルコニーに騎士を配置し、今日の事を確認するだろう。
僕はいつものように令嬢たちと接しながらモアの事で頭が一杯だった。結果はどうだったのだろうか。
翌日殿下に呼ばれて王宮へと出向いた。
「おはようございます。クロティルド王太子殿下。朝一番に私を呼ぶとは珍しいですね」
殿下は機嫌よく飲み物を口にしながら書類に目を通していた。
「あぁ、待っていたよ、ノア。答え合わせをしよう。……あれは君の書いた通りだった。次は来月だな。実に興味深い」
「では、私の願いは聞き入れて下さりますか?」
「ああ。いいよ。だが、すぐにはいかない。半年後に隣国では各国の使者を迎えて国王の誕生祭が開かれる。俺は代表者として参加する。お前は従者として付いていくことになるが、どうだ?」
「……モア嬢に、彼女に会えるでしょうか?」
「怪我の具合を心配して面会を希望していると国王を通して言えば会う事は可能だろう。だが二人で会うのは難しい」
「公式な場ですからね。それは仕方がありません」
ようやく僕は隣国に向けての僅かな希望を掴んだ。
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