第24話 モアが死んだ世界での数年後のイェル3

「母は、最後に、父に向かってざまあみろって言っていたんだ」


僕の言葉に三人、いや、サロンにいた執事や侍女も皆涙していた。少しの間サロンは重く悲しい空気に包まれていた。


「……そうか。モアは自死したのか」


 祖父はそう呟いた。そして母が僕に言った事や母の家を陥れたという言葉。何か僕には分からない深い事情があるのだと思う。祖父も言葉の意味を咀嚼するように何度も呟いている。


「イェル、私の事をお祖母様って呼んで?」

「……いいのですか?」

「勿論よ。お祖父様、お祖母様と呼ばれたいわ!」

「おじいさま、おばあさま……」


 僕はそう呼ぶだけで嬉しさと気恥ずかしさが込み上げてきた。本当に呼んでもいいのかなって。


「……イェル、モアはきっと貴方の事を大切に思っていたのよ?」

「そんな事ないよ。だって僕はお母様に怪我させられた。そのせいで伯爵家を継げなくなったんだ。今、使用人として働かされている。お母様のせいだよ」


 僕は思っていた事を口に出した。祖母は少し困ったような表情をした後、微笑んだ。


「今はまだ分からないと思うけれど、きっとモアはイェルの事を思ってしたのだと思うわ。それにモアはクリストフェッル家に嫁いで最初で最後の手紙に『イェルの事をお願いします』と書いていたもの」


母が……?


ずっと眠っていたのに?いつ書いたのだろう?


でも母は僕の事を考えてくれていたのかと嬉しく思った半面、何故怪我させなければいけなかったのかも疑問に思った。


「イェル君、もうクリストフェッル家の跡取りではないんだろう?我が家に来ないか?」


そうアルフ叔父さんが言った。それは何処まで信用していいのだろうか。嬉しい反面、突然出来たような親族にどうしていいのか分からない。でも、クリストフェッル家にこのままいても使用人として過ごすだけだと思う。僕は不安に思いながらもその言葉に縋りたいと思ってしまったんだ。


「……いいのですか?」

「もちろんよ!可愛い孫と一緒に居たいわ。イェルさえよければすぐにでも我が家に迎え入れるわ」

「でも、勉強だって五歳からしていないし、こんな僕を迎え入れてくれるなんて……」

「何言っているの?イェルは愛する娘が産んだ子なのよ?かけがえのない私達の孫なの。心配要らないわ。もっと私達を頼って頂戴」


 僕は祖母の言葉にまた涙が出た。今日の僕はきっと一生涯分の涙を流しているんじゃないかな。


「イェル、君は使用人なんかしてはいけない。少し手続きに時間を取るがクリストフェッル家に君を迎えに行く。それまで待っていてくれるかい?」

「はいっ」


 僕は祖父の迎えに行くという言葉を信じる事にした。その後、僕はまた歩いて邸に戻った。


それから三か月が過ぎた頃。


 突然父に呼び出された。久々に見た父は虚ろな表情をしていた。あの優しかった父の面影は無い。


ずっと僕は下級使用人として働いていたから父とすれ違う事すらなかった。


「父上、お呼びでしょうか?」

「……あぁ」


父は全ての事に無関心というか、無感情のような感じに見て取れた。


「イェル、お前はウルダード伯爵の養子となった。荷物を纏めて出ていくように。明日、伯爵家から迎えの馬車が来る」


 父はそう言うと窓の外をボーッと眺めている。きっと父とこうして話をするのは最後だろう。僕は幼いなりにそう感じた。


「父上。は、母上は、どんな人だったのですか?」


答えを期待してはいなかったんだ。ただ、父は何を考えて、母はどんな人だったのか、最後に聞いてみたくなっただけ。


「…… …… 美しい人だった。優しくて純粋で私には眩しいくらいに。どんな手段を使っても側に居たいと願っていた……ただそれだけだ」


父はそう呟くように答えた。きっと父の中では母という存在が大きな物だったんだ。母が居なくなって父は壊れてしまったのかもしれない。


僕はそれ以上何も言わずにクリストフェッル家を後にした。


 そこから僕はウルダード伯爵家の次男として生活が始まった。アルフ兄さんとなった叔父さんや祖父母、邸の従者達、みんな優しかった。僕はその優しさに報いたいと勉強を一生懸命頑張った。


僕が十歳になる頃、父が亡くなったと連絡が来た。母が死んで5年が経った命日だった。


クリストフェッル伯爵家から病死と言われていたが棺で眠る父を見て少し気が楽になったような気がする。


母が亡くなってからの父は抜け殻のようだったけれど、どこかホッとしているような、安堵しているような安らかな表情をしていた。


きっと母の後を追ったのだろう。


 父の葬儀には沢山の夫人が集まって泣いていた。その人の多さに僕は内心驚き呆れた。中には僕に一夜を共にしたんだと話してくる夫人もいた。中には僕を父の代わりにと誘ってくる夫人も。


当たり前のように弟は笑顔で応えていたけれど、僕はやっぱり嫌悪感で一杯になった。


……僕の価値観とこの家の価値観は違うみたい。


もう他人だし気にする事はない。


 そうして歳を重ねるうち、知識が増えていくうちに僕はクリストフェッル家の闇の部分に気づいた。母は僕を守ろうと僕を傷つけたんだと分かった時、また涙が出た。


ウルダード家は母のお陰で持ち直し、以前よりも裕福になっている。もう王家に陥れられないほどの財力。


僕は母の墓の前で感謝の言葉とこれからの事を誓った。

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