003:準備完了

陽がその姿を表し始める頃、一式の装備を終えた俺たちは拠点の地下訓練空間トレーニングスペースで最後の準備を始めていた。

眼前のリースと拳を合わせ、手合わせの礼譲をとる。そしてそれを確認したルイスの「始め」を耳に互いにステップによる距離をとった。


「 いくぜカイル!!今日こそ一本とってやる!! 」

「 依頼クエストが控えてんだから、やりすぎるなよ 」


言葉を吐きながらも肉体の内側、体内を駆け巡る血流。そこに隠された力を意識、活性化させる。

それは【人間族ヒューマン】だけが宿す流れる力。生命力が持つもう一つの側面【气流力りゅうりょく】と呼ばれるものである。


活性化した【气流力】を体内で高速循環。それによって全身の感覚は瞬時に研ぎ澄まされる。

肌が空気の流れを認識し、耳がその声を捉える。準備は完了だ、問題ない。


ゆっくりとした動作で、どこから攻められても対応出来るよう構えを取る。

それを目にリースは「へへ」と一つの笑いを溢すと、勢いよく自らの両拳を突き合わせた。するとそこからはとても肉と骨で出来たそれが出すとは思えない程の、もはや金属音ではないかと錯覚してしまうような「ガンッ」という音が発せられる。


リースも準備万端のようだ。さぁ、かかってきな!!


人間族ヒューマン】が【气流力りゅうりょく】を宿すように、この世界で生きる様々な種族は独自の特徴を持っている。

リースが生まれ持って宿す力。【巨人ギガント族】が有する特徴は他種族を圧倒するその肉体の強度、身体能力の高さにあった。


「 いくぜ、カイル!! 」


言葉と共に眼前のリースは少し腰を屈める、すると瞬きをしたその一瞬で高速と呼べる程の速度での跳躍。開いていた間合いは瞬時に詰められ、間髪入れず、戦闘を楽しんでいるのであろう満面の笑みを浮かべるリースの硬く握られた拳が顔面に向かって放たれる……のを読みとった。


見通した光景から対策し、間合いが完全詰められるよりもこちらの拳を先に突き出す。そしてそれはものの見事に相手が高速跳躍の着地を完了する前にその顔面を捉え、勢いを利用した強力なカウンターとなった。


拳に確かな感覚。それと同時に「ぐへっ」という情け無い音を吐きながら尻餅をもつリースに「やれやれ」と首を振る。


「 だから直線攻撃は止めろって言ってんだろ。バレバレだっての 」

「 いや、また速く動けるようになったから行けるかなと 」


流石は【巨人族】の肉体強度といった所であろうか、本来なら鼻が折れてもおかしくない一撃のハズだが、眼前のそれは苦笑いを溢しながら鼻血を拭っている程度で済ませている。


むしろ、その強度に対し完璧なカウンターとして放たれた自らの拳の方がダメージを受けているのではないかとさえ思える程に、ジンジンと痛みと熱を発する片手を冷ますように軽く振り続ける。


「 確かに前よりも速いし、かってぇぇわお前。もう硬さ追求した方がいいんじゃないか? 」

「 硬くしろって、どうやって鍛えろっていうんだよ……まぁ、下半身の一部なら速攻で出来るけど 」

「 全力で蹴り潰すぞ、てめぇ 」


「ひぇッ」と下半身を抑えるバカとの間合いを今度はこちらから詰める。

气流力りゅうりょく】とは体内を流れる力。

出来ることは自己治癒力を活性化させる事と、全身の感覚強化が主だ。故にリースのような高速を纏えるなどはなく、あくまで鍛え上げた肉体が持つ力しか使用する事は出来ない。


しかし、高められた【气流力ソレ】による感覚強化は相手の筋肉の動きを確実に視認し、その呼吸を耳に、体内で無意識に分泌されているアドレナリンの匂いを捉える事で未来予知に近い行動予測を可能にする。


今やリースがとろうとする行動は本人が意識する2秒前には予知が出来る。なら、その時間で最善手を打てばいい。


「 ッ!!この!! 」


先に間合いを詰めたが、やはり身体能力の高さではリースに軍配が上がる。こちらが手を出すよりも速く目前に迫る高速の拳であるが、残念ながらその軌道は既に読んでる。敢えて皮一枚で交し、今度はこちらの拳を溝落ちへと潜り込ませた。


堅い肉に護られた柔らかな感触。そしてリースの腹部に溜まった空気を「かはっ」と強制的に吐き出させ、腰を折らせた所で続け様に急所へと3発、4発と連撃を放ってゆく。

巨人ギガント族】の全身は硬い鎧のようであるが、綻びがない訳ではない。人体という形成をしている以上、どうしても鍛えられない弱点というものはあるのだ。

強化された感覚なら、それはすぐに見つけられる。そこをひたすらに突く。


もう距離はとらない。

内に巡る【气流力りゅうりょく】の循環速度を更に向上、感覚をより鋭利に高める。

より鮮明に掴み取るはリースが行う挙動の全て、それにより、向けられる反撃を皮一枚で避け、ひたすらに拳で突く。


一撃、二撃。足りない威力は手数で補う。


そうして、たまらず背後へ離脱しようとする行動を先読み、そこに足を絡ませ盛大に転ばせた後、素早くマウントポジションをとった。

ここまでだ。

想像通り「そこまで」というルイスの静止が耳に入った。


「 くっそぉぉぉぉ!!また負けたぁぁ!!というか1発も殴れてねぇぇぇぇ!!! 」


倒れたリースに手を貸し、立ち上がらせた第一声がこれである。うるさいったらありゃしない。


「 バ〜カ。そもそもお前の場合1発当てたら勝ちだろうが、そう簡単に当たってやるかっての 」


と余裕のある言葉を口にしながらも緊張を解き、流れる汗をそのままに溜まった息を大きく吐き出す。

身体の動きに異常はない。【气流力りゅうりょく】も普段通りに流せているし、感覚も正常だ。

これなら問題なく依頼クエストに向かえるだろう。


「 バッカみたい。そもそも【气流力りゅうりょく】使いこなしてる【人間族ヒューマン】に一対一なんて勝てる訳ないじゃん 」


軽口を叩くルイスに「なにをぉ」と食いかかろうとするリースだが、それを横目にしつつもサポートを入れる。


「 そうでもないぞ?挙動が読めてもオレ自身の動きがそれに対応出来なかったら意味ないし、昔みた【巨人ギガント族】で2ズィオ級冒険者の動きなんて、速すぎて目で追うのがやっとだったもんな…… 」


布で汗を拭いながらも、机に並べておいた二刀の肘から指先程の刀身を持つ短刀、それを納めた鞘が付けられたベルトを手触りで確認し、装備。


二人もそれぞれに準備は終えたようで、本来肉体各所を守るプレートは鉄製が標準セオリーであるが、軽量化を重視する為に敢えて斬撃を一度は耐える事が出来るであろう強度である革製のモノを装備、更に身軽さを後押しする特殊な魔物から得た繊維で作られた半袖にスカート。その下には黒のスパッツ。

重量でいうのなら、学園の制服の方が不思議とあるにも関わらず一応の防御力も持つというまさに援護職にとって理想的と言えるであろう衣装を身につけたルイス。


そして、同じく軽い特殊繊維で作られた半袖と長ズボン。しかし肉体各所を守るものは身につけていない。

衣服やプレートを合わせた性能ならルイスの装備の方が高い防御力を持つが先程の手合わせで証明されたように【巨人ギガント族】の本領はその身体強度。つまり下手に装備で硬くするより身に付けるものは軽い方がより効率よく戦えるといった、一見では普段着のようにも勘違いしてしまいそうな見た目であるリース。


対して前線に立つとはいえ一般的な人体を持つオレはちゃんとした装備で堅めなければならない。

二人の衣服よりも強度の高い革で出来たズボンに、同じ特殊繊維であるが長袖のシャツ。その上には様々な道具アイテムを放り込んでおけるポケットを多数所持する、ズボンと同じ材質の硬いコートを羽織る。

暑いし、重いのが難点だが、仕方がないだろう。


そして最後に……

皆が集まり、机の上に置いた厳重な施錠が施されるケースを見る。そこから発せられる強い気に当てられ治っていた汗がまた顔を伝い始めた。


「 なぁカイル。本当に“持っていく“のか?今回の依頼クエストはそれほどのもんなのかね? 」


硬く閉ざされた施錠を一つずつ解きながらも言葉を返す。


「 本当は嫌だよ。コレ持ち出すだけで書類30枚追加だせ?けど、まぁ……安全第一だ。たぶん"使う"ことになる 」


そうして開かれたケースに納められた人類が作り出した"神に最も近づける武器手段"。【有資格者】を伴わなければ手にする事すら許されないその絶対兵器【魔冠號器クラウン・アゲート】を各自装備。


これで十分すぎる程に準備は完璧だ。

拠点を出ると眩いほどの陽が顔を照らす。


俺たちは仕事の場所へ足を向けるのであった……ーーー


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