人が壊したこの世界で
鯖丸
第一章 『 かみを統べる者 』
001:愛すべきいつもの日常
机の上で頭が痛くなる程、山積みにされている書類を目に思わず何度目かの深いため息が漏れる。
「 ったく、なんて量だよこりゃ……今日は簡単には寝れねぇかもな 」
愚痴を溢しても仕方がない。とりあえずとばかりに名前と印だけで済む書類を手に取り、カイル・ダルチと自分の名を記入していく。
日課である
苛立ちをそのままに背後で子供達と戯れるバカ二人を睨みつける。
同い年である17歳とは思えない程、童子達との鬼ごっこを無邪気に楽しんでいる、
そもそもこいつが先の闘いで
「見てて下さい!俺の必殺技!!」と言って訳の分からない、本当に意味のなかった動きをしたせいで必要書類は15枚増えた。
というより、普段「俺お前」の語尾で話してるような
まぁこれに関しては、
罪悪感からだろう、ふと目があったオレに苦笑いを浮かべているが、それに無言の嘲笑を返す。
枕を涙で濡らす夜をプレゼントしてやったぜ、楽しみな!
そしてもう一人の馬鹿野郎。
ここ【児童養護施設ー ウィルキー学院 ー】通称ウィルキー孤児院の菜園で子供達と自家栽培の野菜を和やかに収穫している艶やかな金のショートヘアーをした同い年の女ーー【エルフ族】特有の翠眼を持ち一目で見れば満点美人というやつなのだろう、そのスラッとした身体のラインや豊満な胸を持つソレは町や学園ではそれなりに人気も高いらしい。収穫の為に学園の制服が汚れないようエプロンを着ているが、それさえも悔しいかな見事に着こなしているように見える、そんなリースと同じく幼馴染である、ルイス・フォーゲルン。
こいつも先の闘いでやらかしており、普段からリースと自分3人で組んでの戦闘時、弓による援護を任せているのだが、その時は
「 この手から放たれるは神々への礼物。駆け抜けるは駿馬の纏う
と、ただ矢を放つという動作をするだけなのに意味のない言葉の羅列を永遠に続け、結果慌てて「いいからさっさと撃て!!」と叫んだ時には標的は既に逃げ出しており、そのせいで
おかげで増えた書類の数は20。とんだクソ野郎である。
畜生、無駄に綺麗な美声で唱えやがって全部暗記しちまったじゃねぇか!
どうするんだこの無駄な詠唱文、なんの役にも立ちゃしねぇぞ!!
「 ほらほら、そろそろ夕飯のお時間ですよ。みんな手を洗ってお手伝いして下さいね 」
院長が外で遊ぶ皆に優しく声をかけている。そういえば空模様は夕陽を迎えおり、腹の方もそれなりに減っていた。
「 もうそんな時間か、この続きは飯の後だな 」
書類を丁寧にまとめ、机を綺麗に整理する。
そうして全員が集まっての夕食やその片付け、児童たちの世話といった院長の手伝いをあらかた済ませた頃には子供達は寝静まり、静寂の夜となっていた。
夜のこの施設で最も明るいであろう暖炉の側で蝋燭をいくつか付け、ようやっと書類作業に戻る。隣には児童たちへのプレゼントだろうか院長が椅子に腰掛け手袋を編んでいた。
今は暑い季節がようやっと終わり、涼しくなってきたばかりだがここにいる子供達全員の分となると早めに制作に取り掛かっていた方がいいのだろう。
昔自分も院長手製の編み物を貰った時は嬉しかったな。
「 カイル君、いつもありがとうね。子供達の世話だけじゃなくて孤児院への援助まで、本当に助かってるわ 」
大きめの黒縁メガネを掛け優しく、柔らかな笑みを浮かべる老女である院長の真っ直ぐな感謝に照れを隠せない。思わず「へへへ」とこちらも笑みが溢れる。
「 お礼だなんてよして下さい。院長にはみんなお世話になってますし、これは恩返しみたいなやつですよ 」
静かな時間。薪が燃えるパチパチという音と書類の上を走る羽根ペンの音だけが一帯に響いている。
そうして暫くした後、暖炉に続く扉がゆっくりと開かれ二つの人影が室内に足を踏み入れた。
「 やっぱりここが一番明るい、お邪魔しま〜す 」
やってきたのは、すっかりラフな寝間着に着替えたリースとルイスであった。
手に持っているものを見るに、ルイスは植物の育成に関する本を読む為であろう。そしてリースは……
「 なぁカイル知ってるか……人体には206個の骨があるんだぞ…… 」
虚な眼に涙の痕、その手には【人体解剖学】の本がしっかりと握られている。
……計画通り。
「 へぇ、そうなんだ 」
笑い出しそうになるのを必死に抑え、そっけなく応える。
そんな二人を目に院長は「まぁ」と嬉しそうな声を上げ、椅子から立ち上がった。
「 お二人とも読書ですか?でしたら折角ですしちょっとお茶とお菓子でも持ってきましょう。 」
それを聞きルイスは子供のように「やったぁ」と無邪気な声をあげた。リースも心の籠もっていない「わぁい」という声を絞り出している。
そして上機嫌といった顔付きで室内を後にする院長。まぁ喜ぶのも無理はないだろう。
いつも学園で赤点ギリギリの成績であるリースがあろう事が医学本も持っているのだ。もしかしたら勉学に積極的になったのでは?と思ってもおかしくない。
勘違いしてほしくないのは、俺がやった事は悪ではないということだ。何故なら未成年が
ワタシは正しい。
「 ……っぷ。リース、医学本なんて読むんだな……ぷぷ 」
もはや込み上げる笑いを我慢できない。必死に口を押さえながらも皮肉の言葉を投げる。
「 カイル……マジですまんかった。本、返して 」
虚な眼に掠れた声。どれだけ必死なんだこいつ。
せめてもの良心として、すり替えた本は処理していないのでいつか返してやろうと思うが、今はこの状況を楽しもう。
そんな俺たちのやりとりを幼馴染ならではだろう、何となく理解したルイスは「あぁ成る程」と呟き、持ってきた本へと目を通し始めた。
そうして再び流れる静かな時間。しかし、それは長くは続かなかった。「コンッ」という孤児院の扉が叩かれる音が耳に入る。
こんな時間に誰だ?
院長は未だ帰ってきてはいない。二人も顔をあげているが、とりあえずとオレが対応する事にした。
机の蝋燭を一つ手に取り、扉を開ける。
「 はい、誰ですか?なんのご用でしょう? 」
「 夜分遅くにすみません。カイル君、みんな。【ギルド】に緊急の依頼が入ったの…今から来れるかな? 」
突然の訪問者。それは所属する【ギルド】の受付嬢であった。彼女の言葉を耳に背後の二人も椅子から立つ。そして振り返り、互いに頷いた。
動きやすい服装に着替える為、それぞれが室内から離れたのを目に、受付嬢へと視線を戻す。
「 分かりました。今から3人で向かいます 」
周囲はすっかり暗闇に包まれ、遠くでは魔物のものであろう高らかな咆哮が上げられていたーーー
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