第12話 五味民雄の述懐 四コマ目
N。奈良池のイニシャルだな。俺が死体を見つけた時点でそれがあったかどうかは覚えてない。さすがに予想外の死体なんぞ見せられた日には、俺だってパニックになる。全部を写真みたいに思い出すなんて無理な話だ。だが警察があったってんならあったんだろう。こんなことで警察を疑っても仕方ないわな。
夏風走一郎はこれが事件解決の取っ掛かりになると考えてるようだった。ただし次の殺人事件が起きれば、とな。何だよ次の殺人事件って。もし次の死体も俺が見つけたら、ほとんど犯人確定じゃねえか。それは勘弁してくれって思ったさ、当時は。
しかし実際のところ、犯人は何でNなんて文字を書き残した。犯行予告という可能性はないか。つまりNは奈良池のイニシャルではあるが、次の被害者のイニシャルでもあるかも知れない。ただこの場合、犯行予告をする意味が求められる。警察への挑戦、なんて子供じみた理由だったりするんだろうか。そんなことも思ったな。
世の中、というほど当時の俺が世の中を知ってた訳じゃないが、学校の中ってごく狭い小さな社会だけを見ても、本当に利口なヤツと、心底馬鹿なヤツとの知能差は極端にデカいだろ。真性の馬鹿は想像を絶するほど低レベルで幼稚なことを平気でするもんだ。
今回の犯人がそういう類いである可能性は無きにしも非ずってとこか。そもそも殺人なんてリスクだらけの行動を選択する時点でマトモとは言えない。頭に虫でも湧いてるレベルでな。
ただし、この事件の犯人はNの文字以外の証拠を何も残していないらしい。指紋はもちろん、靴跡や血痕など犯人特定につながる情報がまるで見つからないって話だ。俺が警察の事情聴取を受けはしたものの、即座に犯人扱いされなかったのは、その犯行の用意周到さが高校生の犯行には思えなかったという点もあったんじゃねえかな。もしそうなら、ここは真犯人の優秀さに助けられた形なのかも知れん。
そんな優秀な真犯人が、チョークでNの文字を現場に残した。これは警察の捜査を攪乱するための目くらましなのか、それとも何かの罠なのか。迂闊にその意味を決めつけては真犯人の思う壺な展開になってしまうんじゃないか。
考えても頭に浮かぶのは疑問形の言葉ばっかりだ。まさか夏風走一郎の言うような親切なんてことはねえだろうが、少なくともこの真犯人は、事件の謎に頭をひねる人間が必ず出てくるのを大前提として殺人を行ったのは間違いない。ちょっとカッとなったから人を殺しちゃいました、みたいな低脳じゃないのは、さすがに疑いようがない。
奈良池の死因はトリカブト。何でトリカブトなんか使った。必然性はあるのか。仮に必然性がないとしたら、どんな理由が考えられる。たまたまそこにあったから、なんて短絡的な展開があり得るのか。
まあ奈良池は園芸部の顧問でもあったしな、野草らしき草花を準備室で栽培していたみたいなんだが、果たしてその中にトリカブトがあったのか。もし仮にそこにトリカブトがあり、それが犯行に使われたんなら、犯人は奈良池がトリカブトを栽培していた事実を知ってるヤツ、おそらくは顔見知りの犯行の可能性が高い。
……って思ったんだが、よくよく考えてみりゃ、そもそも俺だって顔見知りなんだよな。どうしたって俺が警察の容疑者リストから外れる要件にはならん訳だ。このときは心底ウザってえって思ったよ。
「すみません。結局のところ、奈良池教諭はトリカブトを栽培していたんでしょうか」
剛泉部長の質問に、五味は面倒臭そうにうなずいた。
「プランターでトリカブトを栽培してたらしいな。あと、トリカブトは乾燥させると生薬になるんだ。
「殺害には栽培されていたトリカブトを?」
「じゃねえのかな。現場じゃプランターはひっくり返されてたらしいし、トリカブトの遺伝子検査とかやったって話も聞かないしな、警察がそこまで厳密に調べたのかどうかまでは俺は知らん」
剛泉部長はうなずき、テーブルに置かれたボイスレコーダーが作動しているのを確認してから、五味に続きを読むよう促した。
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