20.偵察

 持ち物の最終確認を終え、門から街を出る。

 少し歩くと森が見え、俺がナマズから逃げてきた時に出た場所に大体の目星をつけて、そこに向かう。

 そこから森の中を覗いてみると、地面に逃げ帰ってきた時の足跡が深く刻まれていた。

 ちゃんと道標が残っていたことに安堵しつつ、それを辿ってあのナマズの元へ向かう。


 ◇◇◇


 案外早く着いた。

 まぁ、ちょっと考えたら分かる事だった。

 俺の体力で走り続けられる距離だからな。


 ……自分で言っててちょっと悲しくなってきた……。


 ……気を取り直して偵察だ。

 木陰から湖を見やる。

 ナマズはもういなかった。

 まだ底にいるのか、はたまたもうどこかへ行ってしまったか。

 多分まだいるだろう。いてくれないと困る。


 ひとまず肝心のナマズに顔を出してもらうため、様子見の風魔法をぶっ放してみることにする。

 その辺に転がってる石を投げてもよかったが、お察しの通り俺は生憎の運動能力だ。

 もちろん肩の力も然りである。悲しい。


 さて、使う魔法は取得した風魔法の中でもとりわけ扱いやすそうな【風刃】である。

 読んで字のごとく三日月状の風の刃を前方に飛ばす魔法だ。

 余談だが、どうやら魔法には飛距離という概念があるらしく、この【風刃】は風魔法の中でも比較的リーチの長いものになる。

 多分この湖の真ん中ぐらいまでならギリ届いてくれると信じてる。


 とりあえずやってみなければ分かるものも分からないだろう。

 物は試しで魔法名を唱える。


「【風刃】」


 前に突き出した手のひらが淡く光り、透明な風の刃を生み出す。

 それは空間を切り裂きながら湖の中心目掛けて真っ直ぐ進み、やがて目標地点に突き刺さる。

 ザパッと相変わらずの汚水がしぶきをあげて横一文字に割れた。


 少し待っても反応はなく、失敗したかと思ったが、どうやら要らぬ心配だったようだ。

 真ん中から水が持ち上がっていき、巨大なナマズが本日二度目の登場を果たす。

 二度目というのもあって冷静に眺めていると、このナマズが無駄に神々しく登場していることが分かった。

 這い出るように、焦らすように、ゆっくりと水面から顔を出し、どす黒くも水を表皮に纏っている。

 色合いも姿形も何もかもがその神々しい雰囲気とかみ合ってないが。

 何はどうあれ、巨体ゆえの威圧感は健在だ。


 さて、コイツはどんな攻撃をしてくるやら。

 楽しみでもあり、どうしようもなく強かったらどうしようという不安もある。

 

 水面から顔を出し終えたナマズは、相も変わらず不動を貫く。

 今回ばかりは動いてくれないと困るので、再度風魔法で刺激することにする。


「【風刃】」


 風の刃がナマズに向かって一直線に進み、突き刺さる──寸前でぬるりと軌道を変えてあらぬ方向へ飛んで行った。


「──へ?」


 予想外過ぎて驚き、目の前の光景が写真のように客観的に見える。

 ナマズが未だ動かないのも加わって、より写真みたいになっている。


 信じられない、いや、信じたくないことが起きたので、確認のために風刃をもう一度撃ってみる。


「ふ、【風刃】……」


 勢いよく飛び出した風刃だったが、ナマズの体表付近にまで近付くと、またもぬるりと軌道を変え、飛距離の範囲外にまで飛んで霧散する。


 ………おいおいおい、ちょっと待てよ。

 魔法が効かない……?

 いやいや、そんなこと…………マジか。


 現実逃避も程々にして、なんとか対応策を絞り出そうと思案する。

 が、それも虚しく策など出なかった。


 いや、俺の攻撃手段この風魔法しかないんですが。

 勝ち目ねぇじゃん。馬鹿なの?

 このナマズをこの世に生み出したのどこのどいつだよ。調整ミスってるよ。


 ……はぁ、ほんとにこのナマズどうしよう?

 無視……はここまで来てなんか癪だししたくない。

 となると、風刃以外の魔法でなんとか頑張るか?

 そうするしかないな。

 全部出し切って無理だったら素直に諦めよう。


 気楽そうに水面にプカプカ浮かぶナマズを横目に、魔法の準備といざと言う時のための逃走経路を確保しに行く。

 どうにかなってあのナマズが倒せますように、と願いながら。

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