第10話 案の定こうなったよ

 

「じゃ、離乳食の進め方についてはクレアに説明してあるから」


 ソフィアは、クレアを紹介するとあっさりと帰っていった。エリンは額を押さえながら、どうしたものかと考える。気は進まないが、側近リアムが強硬にクレアを排した理由を確認した方がいいだろう。



 夕食の時間。シェラがアクセルの世話の戦力になるようになったので、リアムはアクセルの世話をシェラに任せ、アイザックの給仕につくようになっていた。ずっとアイザックの後ろから、こちらを睨んでくるので鬱陶しいことこの上ないが、今日ばかりはわざわざ探しに行かなくてすんだことに感謝する。


「クレアという女を知っているか?」


 珍しく自ら口火を切ったエリンに、アイザックが食事から視線を上げる。そして、首をかしげた。その後ろからリアムが、鋭い目付きでエリンを問いただす。


「……その名前を誰から聞いた?」

「ソフィアだ。と言うか、本人が来た」

「はぁ!?」


 取り乱すリアムに、アイザックがチラリと視線をやり、誰何する。一瞬迷ったリアムは、主人の問いに視線を下げて応答した。


「恐らく……ウエストンの妹です」

「ほう?」


 アイザックには思い至る人物がいたのだろう、意外そうな顔をした。しかし、エリンにはウエストンも分からない。


「いや、しかし、それよりも……!お前、さっきクレアが来たと言ったな?」

「あぁ。と言うか、今もいるな」

「どこに!?」

「アクセルのところだ」


 エリンの返答に顔面を蒼白にしたリアムは、唾を飛ばしながら捲し立てる。


「身元の怪しいものを屋敷に上げるとは何事だ!!」

「いや、それはソフィアに言ってくれよ」


 エリンは尤もな主張をしたつもりだが、リアムはギリギリと歯を噛み締めてエリンを睨み殺しそうな目で見ている。エリンは肩を竦めることで応えた。

 くそっと、口の中で呟いた後、リアムは態度を整えアイザックに向き直る。


「アイザック様、少し失礼してもよろしいでしょうか?」

「あぁ」


 恐らくリアムはクレアのところに行くのだろう。エリンも食事を中断してついていくことにした。

 エリンが立ち上がると、アイザックも席を立つ。ついてきてくれるつもりだろうか、とその長身を微かに見上げると、アイザックは軽く頷いた。

 部屋へと向かいながら、エリンはウエストンの事を聞いてみることにした。


「ウエストンは、我がブラグデン辺境伯家の傍系の伯爵家の嫡男だ。過去に辺境伯の持つ爵位の一つを譲られ興った家で、それ故に、土地を持たず、王都で王宮に出仕していたのだが……政変で、地位を追われてな。こちらを頼ってきたので、受け入れた。その縁でウエストンは、騎士団に入っていたのだが、先の戦争で戦死したのだ」


 訥々と語るアイザックの最後の言葉にエリンは目を丸くする。


「跡取りなのに、騎士団に?」


 その様子を横目で見ながら、アイザックは軽く頷きを返す。


「あぁ、俺の傘下に入ることで恭順の姿勢を示す為だろう」

「ふーん、それって……義理として騎士団に入ったとはいえ、前線に出る気はなかったんじゃないか?」

「そうかもしれぬが、戦う気もない者は養えん」

「…で、戦死した?」

「あぁ」

「…………それは恨まれるな」

「だから、リアムが警戒している」


 アイザックは肩を竦めた。

 エリンはため息をついて、走っていったであろうリアムを追う足を少し早めた。


 ◆


「あっ……エリン様!」


 部屋の前では、アクセルを抱えたシェラがオロオロと立っていた。


「お前、こんなとこでどうした?」

「リアム様が突然お部屋にいらして、すごい剣幕で……私とアクセル様に出ているように、と」


 中からは言い争うような声が聞こえる。

 シェラは「大丈夫でしょうか?」と不安そうに呟いた。しかし、エリンはどうとも答えることができない。大丈夫かと言われると、きっと大丈夫ではないからだ。


「そう……ここは冷えるから、食堂に行ってな。まだ暖炉に火が入ってるから」


 エリンから何の状況説明もなかったために、シェラは一層顔を不安そうに歪めたが、ぎゅっとアクセルを抱く腕に力を込めると、一礼して食堂の方に向かっていった。

 それを見送りながら、溜め息をついてエリンは扉に手を掛けた。



「裏切り者の妹が何を考えて屋敷に乗り込んできた!」


 扉を開けるなり、大声で怒鳴るリアムが見える。

 クレアはいっそ不自然な程、艶然と笑って頬を手に当てている。


「あら、庇護していただいている大恩を御返しするためにお仕えすることがそんなに不自然でしょうか?」

「は、恩を仇で返した者の妹が何を!」

「あら、それが命まで取られる行いでしたか?」

「無論だ!主がやらねば俺がやっていた!!」


「リアム、俺は殺してない」


 冷静なアイザックの言葉にはっと、リアムが振り返る。まさか、主までこちらに向かってきていたとは思っていなかったようだった。


「失礼いたしました。言葉のあやです」


 リアムの気がアイザックに逸れたからだろう、クレアはエリンの方に向き直った。こうして見ると、ソフィアに連れてこられた時とはずいぶん印象が違う。何というか、視線も所作も尊大というか、傲慢な印象だった。


「ねぇ、貴女。この死神卿に娶られてどんな気分?」

「どんな気分と言われてもな。……特別奥方らしいことは何もしていないが……食うには困らない」


 エリンの言葉に唐突にクレアが弾けるように嗤う。


「ふふふふ、あははは!そうよね!所詮、辺境伯の地位を賜っても、野蛮な化け物。だから、貴女みたいに品も教養もない女がお似合いよ。傑作だわ!奥方が心変わりするのも当然よね!」

「何を!?」


 クレアの挑発に反応したのはリアムだった。エレンは黙り込んで言われた意味を考える。そして、ちらりとアイザックを見た。


「もしかして、前奥方はウエストンクレアの兄と?」

「あぁ、恋仲だった」


 何でもない事のように、アイザックは頷く。あんまりあっさり肯定されたのでエリンの方がぎょっとしてしまったくらいだった。視界の隅に鮮やかな赤色を捉えながら、エリンはさらに問いかける。


「もしかして、ウエストンも赤髪だった?」

「あぁ、良く分かったな」


 額を抑えながら聞くエリンに、アイザックは微かに口許に笑みを浮かべて肯定した。

 アクセルは、クレアとよく似た深紅の髪をしている。アクセルの様子を思い浮かべながら、エリンはため息を吐いた。


(アクセルはウエストンと前奥方の子か……)

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