第248話 鉄板
すると、ゴロゴロと台車の音を立てながら、雑木林の中から黒い大きな板が10枚、現れた。
よくよく見るとそれは単なる10枚の板ではなく、台車の上に防御盾のように分厚い金属板を立てて載せ、それを人が押し出してきたものであった。金属板は縦150センチメートル、横80センチメートル程の大きさで台車にしっかりと設けられた木の枠に固定されていて、一台につき男三人がかりで押している。
男たちは皆、ボウガンと短剣で武装していた。
石動はそれを見て一瞬戸惑ったが、スキルで察知した金属の塊はあれだったのか、と納得する。
要するにあの金属板を盾にして自分からの銃撃を撥ね返し、包囲した後にボウガンで自分たちを射殺すつもりらしいと推察した。
しかし、それにしても・・・・・・。
「どうだ! あの鉄板は厚さが20ミリもあるのだ! さらに鉄板の裏には松板を打ちつけて分厚く補強されているしろものだぞ。さすがに貴殿の銃でもこれは貫けまい」
「・・・・・・何ともご苦労なことだ。さぞかし、ここまで運ぶのは重かっただろうに」
石動は呆れてしまった。鉄の比重(g/cm3)は7.85だから、2×150×80=24000。それに7.85を掛ければ単純計算で188.4キログラムにもなる。
それに加えて、立てた鉄板が倒れないように木材で補強していることも考えれば、あの台車一台につき重量が200キログラムを軽く超えているのは間違いないだろう。
それをこんな丘の上まで運ばされるなんて・・・・・・あいつらも可哀そうに。
石動は台車を引き出してきた彼らに同情しそうになった。
しかし、確かに20ミリの厚さの鉄板ともなると、8ミリモーゼル弾の徹甲弾では貫通できるか怪しいところだ。
前世界のナチスドイツ軍でも、戦時中、様々な8ミリモーゼル弾が製造されていた。
そのなかのひとつに、尖頭弾頭に重くて堅いタングステンカーバイド弾芯を使用し、薬莢には安全に射撃可能な範囲で最大限の装薬量である3.6gまで装薬を詰め込んだ、超ホットロード仕様の「S.m.k.H(Spitzgeschoss mit Stahlkern – Gehärtet)」と名付けられた徹甲弾が存在する。
その威力は射撃距離100mで90度に立てた18~19mmの装甲板を貫通するというドイツの徹甲弾の中でも一番の貫通力を誇っていた。その反面、コストが非常に高くつく上に小銃や機関銃への負荷が大きいので、ごく少数が非常に限定的に使用されただけに止まっている。
そんなS.m.k.Hモーゼル弾でも20ミリの装甲板は貫通出来ていないことからみても、小銃弾での鉄板への貫通力には限界があるのは明らかだ。
ただ、この世界の鉄板はカプリュス達ドワーフが高炉で造っている銑鉄や石動が特注で造らせた特殊合金以外、ほとんどが塊鉄炉で造られた錬鉄なので、前世界の装甲板ほどの堅固さはないだろう。
石動は先にドワーフ達の高炉を見ていたので、それがこの世界では当たり前の製鉄法なのだと思っていた。
ところが、帝国では塊鉄炉での製鉄が普通だと知って驚いたのを覚えている。こちらの方が一般的だったのだ。前世界のたたら製鉄にちょっと似ているとも感じた。
出来上がった錬鉄は炭素含有量も少なく、不純物も多い。
そのため硬度で言えば、石動がカプリュスに作らせたクロムモリブデン鋼の1/4ほどしかない。
それでも、石動の造った8ミリモーゼル徹甲弾では、20ミリもある鉄板を貫通できるかどうかは不明だ。
あくまで8ミリモーゼル弾では難しいということではあるが・・・・・・。
「そんなものまで持ち出してくるとは、マクシミリアンも用意周到なことだ。
・・・・・・いや違うな、これは彼らしくない・・・・・・そうか、ラファエル部長! 帝国情報部暗部の策だな!」
石動はこんな大袈裟なものを準備するのは、マクシミリアンの流儀ではないと違和感を覚えていた。そして、こんなことを考え付いて実行しそうなのは、ただ一人しか石動には思いつかない。
「ということは、あの鉄板の周りに居るのは、暗部の人間か?」
「ご名答だ。では、そろそろ覚悟してもらおう」
話している間にも、鉄板を載せた台車部隊は20メートル程の距離をとりながら、石動を包囲するように展開して、いつでも攻撃に移れるような態勢になる。
フレデリック副団長は後退りながら、鉄板台車の方へ合流しようとした。
それを見た石動は、腰だめのままコルトガバメントカスタムを2連射し、フレデリック副団長の剣を持つ右手と動けなくするため右膝を撃ち抜く。
「ギャッ!」
45ACP弾に撃たれたフレデリック副団長は悲鳴を上げると、剣を離して撃たれた右手を左手で掴み、膝を撃たれた激痛とショックで背を丸めて地面に倒れ気を失ってしまう。
何故、わざわざコルトガバメントカスタムを使ったかと言うと、SAAだと45ロングコルト+P弾の威力が高すぎて、この至近距離では殺してしまうかもしれないと危惧したからだ。
45ロングコルト+Pのエネルギーは44マグナム弾の軽装弾(ライトロード)程のパワーはあるので、45ACP弾の方が少しはマシだろうと判断したのだ。
フレデリック副団長には最後にやってほしい役目があるから、今殺すわけにはいかないからな、と石動は嘯く。
石動がフレデリック副団長に発砲したのを見て、暗部の鉄板台車部隊が一斉に色めき立つ。
一斉にゴロゴロと台車を動かし、押し包もうとする動きをみせ始めたので、石動はMk2破片手榴弾をマジックバッグから3個ほど取り出した。
「ロサッ! 一つ頼んだ!」
「任せて!」
ロサにも一発渡してそれぞれ安全ピンを抜くと、ふたりで一緒に鉄板台車部隊に向け、素早く投げつける。
派手な爆発音とともに次々と手榴弾が破裂して、暗部の者達が慌てて鉄板台車の影に駆けこんだ。手榴弾の破片が台車の鉄板に当たって、カンッ!キンッ ! と甲高い音を立てる。
そうして暗部の者達がひるんでいる間に、石動はマジックバッグの中から用意しておいた、とっておきの「保険」を取り出した。
そして、予め掩体の中に用意しておいた土嚢を積んだスペースにガシャン! と設置する。
それはM205重機関銃用軽量三脚にマウントされたブローニングM2、50口径重機関銃であった。
あの当時は50BMG弾を使って、長距離狙撃用のアンチマテリアルライフルを造るといいかも、という程度にしか考えていなかった。
ブローニングM2重機関銃などこの時代にはオーバーキルだと考えていたし、それよりも携帯できる自動小銃の製造が急務だと考えてFG42の製造にかかりきりになってしまったので、そのままうやむやになっている。
ところがその後、クレアシス王国でシャープスライフル販売の契約をまとめて帝国に戻る前に、石動はふと思い立ってブローニングM2重機関銃をカプリュスの工房で一気に造り上げてしまったのだ。
今後の状況の変化によっては必要になるかもしれない、という思いが石動を駆り立てたのだが、今思えば虫の知らせのようなものだったかもしれない。
帝国に戻ってから、ライフル大隊を指揮して感じた危うさ。
銃を使えば、あまりにも簡単に敵を撃ち破ることが出来、勝利を手に入れられたという現実。
そしてその現実が自分に齎す危険を、最初の待ち伏せ作戦が成功した後から、石動は肌で感じていた。
銃が強大な武器であるがゆえにその結果として、この帝国での兄弟喧嘩の中で自分が果たすべき役割の大きさに改めて気づき、今更ながらに危機感を持ってしまったのだ。
王族を差し置いて、あまりに巨大な功績を成した者への風当たりと為政者たちの反感を考えれば、自分が如何に危うい立場になりつつあるかがよく分かる。
マクシミリアンは、そんなことは無いと信じたいが・・・・・・。
石動は、使わなければそれに越したことは無いが、一応念の為に「保険」として造っておく必要があるかも、と考えを改めるに至ったのだ。
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