第240話 諍い

 翌日、ライフル大隊の訓練中、突然、喚き声と大声で言い争う声が聞こえてきた。

 揉め事か? と即座に石動は訓練中断を指示すると、言い争いの場所に向かう。


 現場に近付いていくうちに、状況が見えてきた。

 訓練中のライフル大隊隊員にどこかの貴族領から来た騎兵が絡んでいるようだ。

 言い争う声が石動のところまで聞こえてくる。


「穴掘って隠れるしか能のないモグラ野郎がうるせぇんだよ! 戦になってもせいぜい穴の中で小さくなっていな! この臆病者が!」

「黙れ! 馬におんぶに抱っこの馬糞野郎が何言ってやがる! 馬がいなければ何もできないくせに偉そうなこと言ってんじゃねぇ!」

「なんだとこの野郎!」

「ああ? やる気かこの野郎!」


 石動が人だかりの輪に近づくと、それに気付いた兵たちがサッと道を空け、言い争う二人の姿が露わになった。

 ライフル大隊隊員に突っかかっているのは、やはり騎兵の制服を着て鼻髭を生やし、尊大な態度が見て取れる若い男だった。拳を握りしめていて今にも相手に殴りかかりそうだ。


 2人のうち人垣が分かれたのに気付いて石動の方を見たライフル大隊隊員が、石動の姿を認めて、マズいっ!という顔で直立不動になり、敬礼する。

 突然、喧嘩相手が他所を向いて敬礼したのを見て、騎兵の若い男は不審そうに拳を握りしめたまま隊員に怒鳴る。


「何してんだテメエ! 殺されたいのか!」

「おい、その辺にしておけ」

「ああん! うるせえっ! 俺に触るんじゃねえ!」


 石動は背を向けている騎兵の肩に左手を置くと、静かに語りかける。

 ライフル大隊の隊員に悪態をついていた若い男は、反射的に石動の手を払いのけると、振り向きざまに右手で石動へ殴りかかってきた。


 石動は冷静に横殴りの軌道で振り回されてきたテレフォンパンチを、楽々と右手でガードすると同時に一歩踏み込んで相手の右足の膝裏を蹴り抜く。

 ガクッと態勢を崩し、仰向けに倒れて尻餅をついた騎兵は、なにが起こったかよく分からないまま目の前に立つ男を見上げる。

 するとそこには仮面のように無表情なままで、いつの間にかSAAを抜いてハンマーを起こし、大きく真っ黒い銃口を自分に突き付けている石動の姿が目に入った。

 騎兵の若い男は石動のゴミを見るような無機質な眼と眼が合い、それから銃口へと視線を移したとたん、金縛りに罹ったかのように動けなくなる。


「動くな。少しでも動いたらこの銃が火を噴いて、お前の頭は粉々に吹き飛ぶと思え」


 石動は騎兵の目をみて、無表情のまま、そう警告した。

 次いで視線は騎兵の若い男に据えたまま、ライフル大隊隊員の方へは振り返らずに怒鳴る。


「報告!」

「ハッ! 訓練中、こいつら騎兵3人が我々に近寄ってきて、ニヤニヤしながらモグラ野郎などと暴言を吐いてきました! 訓練中でしたので最初は相手にしなかったのですが余計に激しく揶揄い始め、しまいにはライフル大隊を侮辱する罵詈雑言を吐いたので、我慢できず言い争いになったものであります!」

「なんと言って侮辱したんだ?」

「穴に隠れて戦うしか能がない臆病者の集まりと言われました! ママのスカートに隠れて戦えばいいと嗤われたので我慢できず・・・・・・」

「分かった。3人と言ったな?」


 石動が周りを見回すと、バツが悪そうに小さくなっている2人の騎兵を、周り中の兵が見つめていた。


「お前らはどこの所属だ?」

「・・・・・・はい、コーネイン男爵領騎兵小隊であります」

「3人の誰かに男爵の身内は居るのか?」

「俺が男爵様の甥だ! 俺になにかあれば男爵様が黙っていない・・・・・・」

「黙れ」


 石動は突然喚きだして起きあがろうとした騎兵の若い男に向け、無造作にSAAの引き金を引いた。


 ドパンッ!という大きな発砲音と共に発射された45ロングコルト+Pプラスパワー弾は、男の耳を掠め地面に突き刺さる。

 男は至近距離で発砲されたため、その大音響で耳がキーンとなる中、音速を越えるスピードで弾丸が通過した際に生じた衝撃波をもろに耳に受けたので、焼け火箸を押し付けられたような痛みを感じて悲鳴をあげた。


「ギャアッ!」

「動くなと言ったはずだ。それに誰がお前に発言を許可した? 死にたくなかったら黙ってろ。分かったら頷け」

 

 若い男は涙目になりながら何度も頷く。

 驚いて固まる2人の騎兵に、石動は顎をしゃくって合図する。


「こいつを連れて行け。このことはマクシミリアンには報告しておく。今後、二度と訓練の邪魔をするな。次は軍規違反で射殺する。二度目は無いぞ、分かったか?」


 2人の騎兵はコクコクと頷くのもそこそこに、仰向けに倒れたままの若い男を抱き起し、立ちあがらせようとした。


「・・・・・・このことを男爵様に言いつけたら、お前たちは終わりだぞ。領騎兵800人を敵に回す気か?」

「ふんっ、面白い」


 若い男が耳を押さえながら二人に手を借りて立ち上がりつつ、顔を歪めて悔しそうに負け惜しみを言う。

 それを石動は鼻で笑ってから、右手を挙げた。


 ザザザッっという音と共に、辺り一面の掩体から身を乗り出したり立ち上がったりしたライフル大隊の隊員たち2000名が、シャープスライフルを構えて騎兵3人に狙いをつけていた

 数えきれない数の銃口に睨まれて、3人ともが真っ青になって立ち竦むさまを見ながら、石動はSAAのハンマーを倒しホルスターにしまう。

 それからゆっくりと両手を広げて歓迎の意を示した石動は、凄まじい笑顔になって言い放った。


「喜んで喧嘩相手になってやる。ベルンハルトに喰らわす前に予行練習になるしな。お前たちにもたらふく鉛玉をご馳走してやろう。私の奢りだ、遠慮することはない。いつでも来てくれて構わんぞ」

「「「・・・・・・」」」


 コソコソと尻尾を撒いて逃げ出す3人組の後姿を見ながら、ライフル大隊全員の笑い声がマールブルグ平原に響き渡った。



 しばらくしてライフル大隊の訓練が終わり、石動に割り当てられた丸テントに戻って汗を拭いていると、マクシミリアンがやってきた。

 ディーデリック第二師団長を伴っている。


「ザミエル殿、お邪魔するが、構わんか?」

「これはこれは第三皇子様。お見苦しい姿で申し訳ないが、今ひと汗かいたところでね。今、整えるから待っていてくれ」


 ロサが差し出す湿らせた手拭いで、汗を拭こうと上着を脱ぎ肌着姿になっていた石動は、慌ててマクシミリアンに笑いかけてから着衣を整え始めた。

 マクシミリアンは苦笑して首を振りながらテントの中にあった椅子を引き寄せて座る。


「いやいや、そういう堅苦しいのは無しだ。吾輩も遠慮なく勝手に座らせてもらうぞ」

「・・・・・・では、お言葉に甘えて、と。それで何の用だ?」


 石動も上着を着てから、折り畳みテーブルを挟んでマクシミリアンの向かいに椅子を運んで座る。ディーデリック団長は座らずマクシミリアンの背後に立っている。

 ロサはテント内でお茶の用意を始めていた。


「コーネイン男爵の件だ。ハハハッ、どうやら派手にやったようだな」

「やはりそうか。あとで報告に行こうと思っていたが、存外早かったな」

「ザミエル殿、開戦直前にこういった身内同士のトラブルは困る。出来れば控えていただきたい」


 マクシミリアンは楽しそうに笑い飛ばしていたが、ディーデリック団長が堅苦しい表情を崩さないまま、石動の言葉に苦言を呈してきた。


「そう言われてもな。先に因縁を付けてきたのはコーネイン男爵の騎兵の方だ。マクシミリアン第三皇子直属のライフル大隊がバカにされるということは、第三皇子がバカにされるのと同じことだろう? 無かったことにするわけにはいかないさ」

「アハハ! ディーデリック、これはザミエル殿が正しい。軍隊には規律が必要だ。

 我々は烏合の衆では無いのだからな。

 ザミエル殿、安心してくれ。先程私のテントにコーネイン男爵とその甥がやってきて文句を並べたので叱り飛ばしておいたところだ。

 それでも不満ならライフル大隊と一戦交えてはどうか? と言ったら青くなっていたよ。

 あの顔をザミエル殿にも見せてやりたかったぞ」


 マクシミリアンは再び楽しそうに笑い、ニヤリとしてから付け加える。


「ただ、相手は腐っても爵位持ちだ。たとえ名誉マイスターでも爵位が無い貴殿に謝罪するのは貴族のプライドがゆるさない。それで仕方なく、吾輩が間を取り持つことにして、コーネイン男爵の謝意を伝えることにしたのだ。貴族というものは実に面倒なものだな」

「コーネイン男爵も、貴族より面倒な皇族に言われたくないと思うが・・・・・・」

「ハハハッ、違いない。まぁ、そう言ったことだから、よろしく頼む」

「承りました、殿下」

「では邪魔したな。行こう、ディーデリック」

「ハッ」


 マクシミリアンは石動の返事に頷くと、ロサが入れた紅茶を一気に飲み干し、マントを翻して石動のテントを出ていった。その時、マクシミリアンの右腰のホルスターに納められた大型デリンジャーのグリップに埋め込まれた宝石が、光を反射してキラリと煌めく。

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