第216話 モグラ魔獣

 坑道入り口から少し通路を戻ったところにちょっとした広場があり、坑道内から鉱石を運び出すトロッコの発着場になっているようだった。坑道から鉄鉱石を満載して帰ってきたトロッコは、ここで鉄鉱石を集めたのちに次の行程である焼結工程へ進むため、焼結鉱を製造する設備へと運ばれていく。


 カプリュスの先導でトロッコの線路を跨いで歩いて行くと、広場の隅に血塗れの毛皮のような物が山積みになっているのが見えてきた。

 近付くと地面に染み込んだ血や、濡れた毛皮の饐えたような臭いが鼻を衝く。


 カプリュスが忌々しげに毛皮の山を指さすと、吐き捨てるように言う。


「これがモグラ魔獣らの死骸だ」


 石動は臭いを我慢して山積みとなった死骸の傍に近づいてみる。

 まだ真新しい死骸や既に腐臭を放ち始めている死骸、大きなものから小さなものまで入り交じって、そのまま数十匹分は積み上げられていた。


 一番上にあった真新しい死骸を、じっくりと観察してみる。

 ざっと見た限りモグラ魔獣の平均的な大きさは、前世界の生き物で例えれば成獣のカピバラより少し大きいくらいか、と石動は心の中で呟く。

 体高60センチメートル程、体長は120~150センチメートルくらいで、体重も大きいものは70~80キロはありそうだ。

 前世界のモグラに比べれば、化け物のように大きい。


 外観で特徴的なのは、地中を掘り進むのにふさわしい太く逞しい両前足で、指の代わりに長く鋭い爪が生えていた。

 顔はネズミに似ているが目はほとんど退化しているようでビーズ玉のように小さく、そのかわり鼻が細長く突き出している。

 細長い鼻から生えた長い髭が四方八方に伸びていて、おそらくセンサーのような働きをするのだろう。

 口は長い鼻の根元にあり、結構鋭い牙が口もとから覗いていた。

 全身を覆う毛は、手で触ると針のようにチクチクと刺すように感じるほど非常に硬い。


 石動は試しに腰の短刀を抜いて毛皮に軽く当ててみる。

 短刀の刃は表面の堅い毛によって滑らされ、これではたとえ刃物で斬りつけても逸らされてしまうかもしれないと感じる。

 毛を剃ってみようと逆毛から短刀を当ててみたが、毛が堅くて剃るにはなかなかに力が要った。

 そして毛を剃った後に、皮膚を切り開いてみたら皮下脂肪がかなり分厚いことが分かる。 


「この堅い毛皮のせいでな、剣や弓矢がほとんど通用しないんだ。おまけに土の中を掻き進めるほど前足の力が強いから、襲われた被害者は大抵この鋭い前足の爪にやられている」

「そんなに凶暴なんですか? 私の生まれ故郷だと、モグラはこんなに大きくはなかったですが、臆病な動物だったと記憶しています」

「ワシらも前はそう思っていたんだがな。こいつらは群れで襲ってくるからたちが悪い。10匹くらいの群れで坑道に侵入してきたかと思うと、そこにたまたま居合わせた鉄鉱夫が襲われちまった。その時は三人やられてる。遺体は見るも無残に食い散らかされてたよ」

「えっ! モグラが人を食べるんですか?!」

「そうだ、こいつらは食べる。元々雑食で土の中に居るワームとかを食べているはずなんだが、どうやら土の中に居るものなら何でも食べるようだ。それもあって駆除する必要があるのさ」


 カプリュスは顔を顰めてモグラ魔獣の遺骸を見つめていたが、渋面のまま石動を見た。


「なんとかこいつらをこれだけ仕留められたのは、ザミエル殿が教えてくれた銃のおかげだ。だが、残念ながらワシらの持っている銃だと、坑道の中では発射煙が凄いから坑道内だと一時的に視界が奪われちまう。そのうえ狭い坑道で四人が同時に撃ったら、振動で天井から土が落ちてくる始末で安心して駆除もできやしない。

 だから広い坑道にこいつらが出てきた時だけしか駆除できていないのが現状なんだよ」


 カプリュスは石動の肩を掴み、真っ直ぐに眼を見ながら言葉を続ける。


「最近じゃ、それを学んだモグラ魔獣どもは広い坑道には出てこなくなっちまった。

 かと言ってこっちが狭い坑道に入って行けば、銃を撃つ方が危険になる可能性がある。これじゃ、誰も安心して坑道に潜ることは出来やしねえ。

 そんなこんなで、さっきは坑道内から引き揚げて来たところだったんだ。

 ザミエル殿、なにか良い知恵はねえかな。あれば教えてくれると助かるんだが」


 相変わらず、アツい男だなカプリュスは・・・・・。

 そう思って心の中で苦笑いしつつ、石動はちょっとの間考える。


 それから左腰に差したコルトガバメントカスタムを抜くと、ジャキンッとスライドを引いて放し弾倉の初弾を薬室に送り込んだ。


「ちょっと確認したいことがあるのですが、ここで銃を撃っても問題ありませんか?」

「ああ、構わんぞ。何発でも撃ってくれて構わない」

「ありがとうございます。では皆、少し離れて、耳を押さえていてください」


 石動はコルトガバメントカスタムを先程のモグラ魔獣の頭に向けると、眉間に狙いをつけて引き金を引く。


 バゥンッ!というモーゼルⅭ96に比べると重い銃声と共に45ACP弾が発射され、銃弾がモグラ魔獣の眉間に当たって薄っすらと埃を舞い上げた。

 排莢された空薬莢が地面の石にぶつかり、チリンと音を立てる。


 続けて石動は狙いを変えて、毛が一番長くて密集している肩のあたりにも一発撃ち込んでみる。


 撃ち終わると、石動は親指でサムセイフティを上げてコルトガバメントカスタムに安全装置を掛け、銃を左腰のホルスターに納める。

 そして銃弾が当たった辺りを確認しようと、モグラ魔獣の横にしゃがみ込んだ。


 至近距離だったのもあるが、45ACP弾はモグラ魔獣の堅い毛皮をもろともせず、眉間を頭蓋骨ごと撃ち抜いていた。肩に撃ち込んだ方もちゃんと毛皮を撃ち抜いていて、肩の骨付近にまでダメージを与えている。


「よし、ちゃんと貫通しているな。拳銃弾でも通用する様だし、これなら大丈夫だろう」


 石動はカプリュスの方へ向き直り、微笑みながら言う。


「カプリュス親方、少しだけ準備してから、試しに私が坑道に潜って様子を見てみたいと思います。良ければ坑道内の案内をお願いできますか?」

「おおっ、そうか! もちろんお安い御用だ!」


 カプリュスは石動の言葉に満面の笑みを浮かべながら頷いた。



 石動は地面にモグラ魔獣の血が滲んでいないところまで移動して、トロッコを机代わりに身につけた装備を改めることにする。


 まず肩に掛けていたFG42をマジックバッグに仕舞うと、かわりにM3A1グリースガンを取り出した。

 併せて45ACP弾が30発詰まった、長く重たい文鎮のような弾倉マガジンを6本取り出しておく。

 それから取り出したマガジンを互い違いに逆さまにして、お互いをガムテープでしっかりと固定した。

 こうしておけば最初のマガジンの弾を撃ち尽くしても、弾倉を抜いてクルッと回転させれば、もう一本のフル装填済みの新しいマガジンをすぐに使用できるというわけだ。

 これを3セット用意したので、1セット60発、合計180撃ちまくれる計算になる。


 とりあえず偵察するだけならこれで充分だろう。万一、全部撃ち尽くしても、まだ装填済みのマガジンはマジックバッグの中に数本あったはずだ。


 続いてM3A1グリースガンの通常バレルを、抜いたワイヤーストックで螺子を緩めて取り外し、サイレンサー付バレルに取り換える。螺子回しのように外して填めて、固定するだけなので非常に簡単だ。


 石動がM3A1グリースガンのバレル交換を終え、首にスリングを掛けて長さを調節していると、ロサが近づいて来た。


「ツトム、私も行くわよ」

「えーと・・・・・ちょっと様子を見てくるだけだからべつに行かなくても」

行くわよ。構わないわよね?」


 ロサの顔に梃子でも引かないと書いてあるのが幻視出来るほど、その目線には強い意志が満ちていた。石動は諦めて、はぁ~っとため息をつく。


「仕方ないな。ではいつもの通り背中を任せるよ。でもマリーンでは威力が強過ぎて坑道の中では使えないから、こっちを使ってくれ」


 そう言いながら石動はマジックバッグの中からウィンチェスターM12トレンチガンを取り出した。

 狭い坑道内では一発で9個の32口径鉛球が発射される9粒弾ダブルオーバックが絶大な威力を発揮するだろう。火薬量の少ない散弾なら発射音や衝撃波も、初速が音速を越えるようなライフル弾などに比べれば、かなりマシなはずだ。


「それでも当然大きな音がするから、よっぽどのことがない限りなるべく撃たないでくれよ。モグラは聴覚が特に優れていて、地中の音や振動を敏感に察知するはずなんだ。

 出来るだけ静かに行きたいからね」

「わかった。でも私、この銃重いし長いから、あんまり好きじゃないのよねー」

「いや、だから無理に来なくても良いんだよ?」

「何言ってるのよ! 行くに決まってるでしょ!」


 ロサは石動からウインチェスターM12トレンチガンを受け取り、ダブルオーバックが30発挿してある重たい弾帯を腰に巻きながら、ブツブツと零す。

 それを聞いた石動がロサに翻意を促そうとするも、即座にロサは断った。


 再び諦めた石動は、黙ってM3A1グリースガンに弾倉を挿入する。

 まだボルトは引かず、安全装置代わりの排夾口カバーは閉じたままだ。

 

 これで準備は整った。

 石動はロサと眼を合わせ、頷き合う。


 では坑道内に偵察に行くとしよう。




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【お知らせ】

申し訳ありませんが、例年通り12月最終週の29日と来年1月の第1週である5日は投稿をお休みさせていただきますので、ご了承のほどよろしくお願いいたします。


その間に私のポンコツエンジンの療養とメンテナンス、そして小説の構想と仕込みを行う予定なのです。

あくまで予定は未定ですが、毎年、いつもこのあたりで寝込んじゃうんですよねー。


したがって楽しみにして頂いている方には申し訳ありませんが、今回の投稿が年内最終になりますことをお許しください。

なお、新年最初の投稿は1月12日を予定しています。

 

今年1年、なんとかベッドの上でパソコンに向かうことができ、投稿を続けてこられたのは読者の皆様の応援あればこそだと思っています。

本当にありがとうございました。


クリスマスも未だなのに少し早過ぎるとは思いますが、皆様、どうぞ良い御年をお迎えくださいませ。

そして来年もよろしくお願いいたします。


PS

クリスマスプレゼントやお年玉は、♡か☆、ブックマークが嬉しいな… ♪(๑ᴖ◡ᴖ๑)♪

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