第95話 宿屋「双月亭」
移動する馬車のなかでは揺れもあって充分な手入れができなかったので、この間に
すると石動の背後から食い入るようにエドワルドが手入れの様子を眺めてきて、構造について質問をしてきたり、パーツを勝手に触ろうとする。
最初は愛想よく答えていた石動も流石にキレそうになるほどの勢いだったので、終いには無言でさっさと掃除を切り上げ、ライフルを組み上げてしまった。
残念そうなエドワルドを横目に、官舎から戻ってきたダークエルフとデビット団長を迎え、詳しい話を聞く。
どうやら、盗賊団には懸賞首が何人か居たらしく、清算の後に衛兵隊から支払われるらしい。
「それで、ザミエルさんたちは今後、どうされるご予定ですか? ザミエルさんにも懸賞金の分配をしなければならないので、私どもから連絡の取れる場所に居てほしいのですが」
ダークエルフの責任者が遠慮がちに石動に尋ねてきた。
石動は少し考え、ダークエルフを見て答える。
「それでは、どこか宿をご紹介いただけますか。しばらくはこの街で情報収集することになると思うので、そちらで連絡を取れるようにします」
「そうですか! それは助かります。 良い宿を紹介しますよ」
ホッとしたように責任者は笑顔を見せて言った。商隊はこれからノークトゥアム商会のクレアシス王国での支店に向かうので、その途上に紹介する宿があるらしい。石動たちは責任者の勧めに従い、そこまで乗せてもらうことにした。
「グリフォンの剣」の面々も、支店で報酬を清算するらしく、同行する。
馬車に揺られてクレアシス王国の街中を眺めていると、石動は街中に意外とドワーフの姿が少なく、冒険者や傭兵の様な姿の者が多いことに気付く。
疑問に思って、馬車に同乗している商会員に尋ねると、ドワーフのほとんどが山の中をくり抜いた地中の街に居ると言う。鍛冶場などの工房もその中にあり、山に無数に開いていた穴はドワーフの工房から出る排気煙を排出するものだったようだ。
街中は工房で生産したものを売るための店で、店ではドワーフが鍛えた剣などを冒険者や傭兵たちが争うように購入していく。
クレアシス王国での食料自給率は低いので、他国からの輸入に頼っており、輸入品を扱う食料品店も多い。それでもドワーフ製の武器や金属加工品は高値で売買されるから、クレアシス王国の貿易収支は大幅黒字だ。
気前のいいクレアシス王国で儲けようとする商人や、冒険者たちが泊まる宿屋や食堂・飲み屋も林立していて、かなり山の裾野の街は活気があり賑やかだ。
そんな街中を進む商隊が停まったので、石動が先頭の馬車を見ると「双月亭」と看板が出ている宿屋の前だった。
ロサと一緒に馬車を降り、エドワルドと合流した石動は、責任者のもとへ向かう。
デビット団長や傭兵団の皆と別れの挨拶を済ませた石動は、責任者と共に宿屋に入る。
責任者の誘導で、宿屋のロビーに足を踏み入れた石動は息を呑んだ。
やや薄暗くした照明に包まれた空間に溢れる高級感に呑まれたのだ。精緻な装飾が施された柱やインテリア、ロビーに配置された家具などの見事な細工、汚れたブーツで踏むのが躊躇われるような上質の絨毯といった全てが上質感にあふれており、圧倒された。
「(前世界の帝国ホテルやニューオータニをコンパクトにした感じかな、泊った事無いけど・・・・・・)」
石動はそんな感想を抱きつつ、一泊いくらになるんだろう? と不安になる。
そんな石動を見て、笑顔のまま責任者が小声で呟く。
「こちらの宿の料金は当商会で負担いたしますので、食事やお飲み物に至るまで遠慮なくお申し付けください」
「いやいや、なんぼなんでもこんな高級なところなんて・・・・・・」
「遠慮しないでください。商隊の荷物にキズ一つ付かなかったのはザミエル様のおかげと考えておりますので、ささやかなお礼です」
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