第7章 黒猫
01
(シャルロット視点)
「代理なんですけれど」
そう言いながら私は返却席の机の上に四冊の本を置いた。
本と共に置かれた貸出票の名前に目を留めて、カイン・バシュレは顔を上げると私を見た。
「……マリアンヌ様は」
「用事があって来られないので代わりに返すよう頼まれました」
「そうですか……」
返却の手続きを済ませると、カイン先生は再び私を見上げた。
青い瞳が刺すように私をじっと見つめる。
「何か?」
「あなたは以前、マリアンヌ様と揉めていたように思いまして」
「ああ……よく誤解されるんですけれど、忠告を受けていただけです」
「忠告?」
「私、平民なので貴族のマナーとかよく分からなくて、不用意に殿下に近づいたりしていたので」
笑顔でそう答える。
「今はもう殿下には近づきませんし、マリアンヌ様とも仲良くなりましたから」
入学したての頃は、一応ヒロインなんだし攻略しなきゃという義務感があり、ゲーム通りに殿下に接触しようとしていた。
けれど殿下やマリアンヌ様の反応がゲームとは異なり、何かおかしいと思っていたところにマリアンヌ様の事故が起きたのだ。
そして同じ転生者であり、前作のキャラであるリリアン様の登場。
ゲームの世界だけれどゲームとは異なる展開に、私も無理せず好きにやろうと決めたのだ。
乙女ゲームは好きだったけれど、あれはゲームとしてやるからいいのであってリアルで攻略するのは自分の性格的にも厳しい。
それに恋愛よりも、お菓子作りとリリアン様の相手をする方がずっと面白い。
そのゲームでのマリアンヌ様はとてもキツくて平気で嫌がらせをするような典型的な悪役令嬢だった。
現実のマリアンヌ様もキツい印象はあるけれど嫌がらせをするようなことはなく――孤高の人、一匹狼という印象だった。
ちなみに今の中の人であるリリアン様は、天然で自由で人懐こくて可愛くて、猫っぽい。
「仲良く、ですか」
「おかしいですか?」
平民と侯爵令嬢が仲良くなることが?
それとも揉めていたはずの二人だから?
「いえ……今のマリアンヌ様は随分と変わられたようですね」
「そうですね。以前と比べてずっと親しみやすくて。素敵な方です」
「――以前のマリアンヌ様もとても素敵な方ですよ」
独り言のように、ぼそりとカイン先生は言った。
(……あれ、この人って)
「そうですね、でも私は今のマリアンヌ様の方がいいです。あの方は私が平民であることを気にしないので」
貴族の多いこの学園では、どうしても平民は肩身が狭い。
身分制度がある以上、平民に対して選民意識を持つのは自然な部分もあるのだけれど――リリアン様は前世の影響からかそういった意識が全くないのだ。
「そうなんですか」
「はい。あ、マリアンヌ様からの伝言です、『どの本もとても面白かったのでまた借りたいです』と」
「――では今度いらした時はおすすめの本を用意しておきましょう」
「はい、伝えておきます」
次に会うときが来るかは分からないけどね。
そう思いながら私は図書館を後にした。
「こんにちは」
図書館を出て、帰ろうと門へ向かっていると声をかけられた。
「……こんにちは」
そこに立っていたのはアドリアン殿下の従者、セベリノ様だった。
「すみません、少し話がしたいのですがいいでしょうか」
「何でしょう」
「ここでは何なので、そうですね、中庭へ移動しましょう」
私たちはよく私とマリアンヌ様が昼食を取る中庭へとやってきた。
ここは人目が少なく、建物に隠れるような場所にあるので秘密の話をするのにちょうど良く、ゲームでもイベントスポットとなっていた。
「先ほど、図書館にいらしたでしょう」
ベンチに座るとセベリノ様が尋ねた。
「はい」
「司書のカイン・バシュレと何か話していましたよね。マリアンヌ様のことでしょうか?」
「見ていたんですか」
私はセベリノ様をじっと見た。
この人はゲームではいつもアドリアン殿下の後ろにいて、でもモブだったから見た目とかあまり意識してなかったけれど。
「……確かに似てますね」
「え?」
「カイン先生と」
アドリアン殿下ほどではないけれど、この国では珍しい褐色の肌に目がいくから気がつかなかったけれど、その顔は確かにカイン先生とよく似ている。
「ああ。そこまでご存知なのですね」
一瞬鋭くなる眼差しも同じだ。
「『リリアン様』のことも知っている……あなたは一体、何者なんです?」
「リリアン様の友人です」
「それだけですか」
「はい」
満面の笑みで答える。
「秘密を共有できる間柄なんです」
「……そうなのですか」
「それで、図書館で何を話したかでしたっけ」
共通の前世の記憶を持つなど、リリアン様も他の人には知られたくないことだろう。
私は話題を元に戻した。
「大したことは話してませんけど、一つ分かったことがあります」
「分かったこと?」
「あのひと、元のマリアンヌ様が好きですね」
マリアンヌ様のことを話すあの表情と口調。――あれは、特別な感情を抱いている顔だ。
「マリアンヌ様を?」
「はい」
「そうですか……」
「痴情のもつれ、というやつですかね」
「……それにしては、あの時の光……あれは大掛かりな魔術が展開された時の光だ」
独り言のようにセベリノ様は呟いた。
(大掛かりな魔術ねえ)
この世界の魔術がどういうものかはよく分からないけど、魔法陣とか描いたのかな。
カイン先生が、マリアンヌ様に対して魔術を使ったとして。
「マリアンヌ様も……自分に魔術をかけられると知っていたのかもしれませんね」
私の呟きにセベリノ様がこちらを見た。
「どうしてそう思うのです?」
「あの事件が起きる前日、マリアンヌ様に殿下とは別れるってはっきりと言われたんです。言い切るということは、殿下と別れるためにマリアンヌ様の意思で魔術を使った可能性があるんじゃないかと」
「――そのことは以前、リリアン様とも話しましたが……」
セベリノ様は考え込むように視線を落とした。
「別れるための魔術か……」
王侯貴族の婚約は、そう簡単に解消できないとリリアン様が言っていた。
でも魔術を使えばどうにかなるんじゃないだろうか、それがどんな魔術かは分からないけれど。
「で、結果マリアンヌ様の魂が……消えたのか移動したのか分かりませんけれど、代わりにリリアン様の魂が入ったと」
「魂の移動」
セベリノ様が顔を上げた。
『そうか、魂換術か』
「え?」
聞き取れない言葉を呟いたセベリノ様に首を傾げる。
「禁術の一つで、死んだ魂を呼び出したり別の身体に移す術があるんです」
「そんなことができるんですか」
まるでファンタジーな……ってここはファンタジーな世界なのか。
「カイン・バシュレが伯母から黒魔術を学んでいればできるでしょう」
「そうなのですか」
「ありがとうございます」
セベリノ様は立ち上がった。
「おかげで道が見えてきました。またご協力をお願いすることもあるかと思いますので、その時はよろしくお願いします」
そう言い残して、セベリノ様は立ち去っていった。
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