04

「――って、もしかして乗り気になってるんですか?!」

 私の話を聞いていたシャルロットが声を上げた。


「……まさかセベリノ様のこと好きなんですか?」

「そういうのではないわ。いい人だとは思うけれど」

 そう答えてお茶を飲む。

 ふう、喋り過ぎて喉が渇いたわ。


「でも結婚してもいいと少しは思ってるんですよね」

「そうねえ。一度外国で暮らして見たかったし、束縛されない生活は魅力だわ」

 家に帰って改めて考えてみた。

 セベリノさんは優秀な後継が欲しい、私は自由な生活が欲しい。

 お互いの利益が一致するなら悪くはないのではと。


「フレデリク殿下は? 好きじゃないんですか?」

「――私が好きなのは夫のアルノーよ」

「ああ……そうか。忘れそうになりますけどリリアン様は結婚していたんですよね」

 納得するように頷いて、シャルロットもお茶を口に含んだ。



 王宮から帰って五日後。

 今日はシャルロットを家に招いた。

 本当は彼女の家に遊びに行ってみたかったのだが、それをするとカミーユたちがうるさそうなので家に来てもらったのだ。


「でももうアルノーはいないから。万が一、このまま私がマリアンヌとして生きていくことになったら、また結婚しないとならないでしょう。その選択肢としてセベリノさんがあってもいいとは思っているわ」

「……確かにこの世界の結婚は損得で決めるのが普通ですけど、でもそれにしたって相手が黒魔術師なんて……」

「そうよ。黒魔術師といえば、隠れキャラのカイン・バシュレが黒魔術師なんて、そんな設定あったのかしら?」

 思い出してシャルロットに尋ねた。


「ありませんよ。あのルートは大人の恋愛を楽しむもので、そんな怪しい設定はありません」

 シャルロットは首を振りながら答えた。

「大人の恋愛?」

「恋の駆け引きとか、年齢制限ギリギリのラブシーンが出てくる、おまけみたいなものです」

「ギリギリのラブシーン……え、カインってお色気キャラなの!?」

 マリアンヌはそんな人と交流していたの?


「お色気というか、大人の魅力ですよね。他の攻略対象は十五、六歳ですから結構ピュアなんですよね」

 そうだったわ。

 フレデリク殿下も……あんな、キスマークなんか付けるようなキャラじゃなかったのに。


「どうしてゲームの設定と違うのかしら」

「それを言ったら、『お助けキャラのリリアン』に脱走癖があるなんてのも違うじゃないですか」

「あら、そんな事ないのよ」

「え?」

「ゲームをプレイしていて、どうしてこんな場所にリリアンがいるんだろうってシーンが時々あったじゃない」

「ああ……って、え、まさか!?」

「あれって学園の秘密通路を知っていれば出来るのよね」

 私もゲームをやっていた時はご都合主義だなと思っていたけれど、自分がリリアンになって分かった。

 王侯貴族が通う学園にも秘密通路があり、それを利用すれば主人公の行動を先回りして出没できるのだ。

 私のこの秘密通路を見つけられる特技は「お助けキャラ」の能力なんだと思う。


「そうだったんですか……」

「私が知っている秘密通路は四十年以上前のものだけれど、多分そう変わらないと思うから。知りたい?」

「いえ、いいです。そんなの知ってる平民の生徒なんてヤバいじゃないですか」

「でもシャルロットはヒロインなんだし」


「あ。私、もうそういうのいいですから」

 手を振りながらシャルロットは答えた。


「まあ、どうして?」

「全然攻略とかしてないですし、やっぱり貴族とか無理ですし。何よりざまぁされたくないので」

「ざまぁって……だからそんなこと、されないわよ?」

「でもフレデリク殿下には嫌われてますよ」

「それは……でも」

 確かに殿下はシャルロットに対して好意的ではない。

 カミーユは最近、私がシャルロットと一緒にいても何か言ってくることはないけれど……殿下は未だに文句を言ってくる。

 あれは子供の嫉妬のようなものだから、ざまぁなんて気にしなくてもいいと思うのだけれど。


「それに最近、お菓子屋になりたいと思うようになって」

「お菓子屋に?」

「この野菜クッキーも私が作ったんですよ、リリアン様が野菜苦手だって聞いたので」

「……え、これ野菜が入っていたの!?」

 私は目の前に並べられたクッキーを見た。

 シャルロットの手土産で、サクサクとした食感が良い優しい甘味のクッキーは、赤や緑といった色がうっすらついていて……まさかこれが野菜の色!?


「どうです、美味しいですか?」

「ええ……とっても美味しいわ」

 さっきからついつい手が出てしまうのよね。

 お店のものかと思ってたら、シャルロットの手作りだったとは。

 しかも野菜が入っているなんて、全然分からなかったわ。

「お店で売っていてもおかしくないわ」

「ありがとうございます! 今度お店にも並べてくれるって父にも言われたんです。前世からお菓子作りは好きだったのと、この国は単純なお菓子しかないので、お菓子屋チートやりたいなあと」

「チート?」

「この世界にはない知識や技術を使ってお菓子界に革命を起こすんです。異世界転生の醍醐味ですね!」

「……それは、すごいわね」

 前世の知識でこの世界を変えるなんて。私には出来ないわ。

 つくづく感心してしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る