03
「マリアンヌ様の相談相手……ですか」
私の質問にバーバラ様は首を傾げた。
「ええ、どうしても記憶が戻らなくて。記憶喪失になる前に悩んでいたものが何か分かれば、思い出すきっかけになるかと思いましたの」
今日はバーバラ様のお屋敷に招待された。
屋敷と庭園を繋ぐように建てられた立派な温室はこの季節でも暖かく、色とりどりの花が咲き誇っている。
国内で一二を争う大きさだという、アーチボルド侯爵家自慢の温室に用意されたテーブルでのお茶会だ。
「そうですわね……そもそもマリアンヌ様はどなたかを頼るということをする方ではありませんから、相談相手がいらしたかどうか……」
「まあ、そうなんですの?」
「気高くていつも凛としていて……今のマリアンヌ様とは全く雰囲気が違いますわ」
それは、ゲームで見たマリアンヌのような感じなのだろうか。
私が知っているマリアンヌはどんなことでも話してくれる、素直な子で……まるで別人のようだ。
でもそうすると……あの子はたった一人で悩みを抱え込んでいたのだろうか。
「殿下との関係で悩んでいたのは確かですが……こういうことは当事者同士でないと分からないですものね」
「……ええ」
「殿下からは何も聞いておりませんの?」
「ええ。『アンには関係ないから』と教えてくれないのですわ」
「それは……おそらくですけれど、以前のマリアンヌ様への態度を知られたくないのでしょうね」
ふふっとバーバラ様は笑みをもらした。
「記憶をなくしてから全く違いますもの」
「そうなのかしら……」
「でも確かに、今のマリアンヌ様は守りたくなりますから。殿下の態度が変わってしまうのも仕方ありませんわ」
「……そうですか」
そんなに私、頼りなさそうに見えるのかしら。
目覚めてから約二ヶ月、学園に通うようになって約一ヶ月。
四十年以上ぶりの学生生活や、新しい人たちとの出会い、マリアンヌのこと……そして健康な十代の身体に慣れることで手一杯で、この一ヶ月はあっという間だったけれど。
それらにも慣れて、色々と考えられるようになってきた。
そうして私の心の中に、もう何年も忘れていた感情が蘇ってきた。
アルノーも、兄も、そしてカミーユや殿下も。皆私に優しい。
優しいけれど……その優しさで私を縛ろうとする。
心配だからと私の行動を制限し、自由に人と会うこともままならない。
今日だって、王宮に来て欲しいと殿下に言われたのを先約があるからとお断りしたら、「これがあの平民の娘だったら断らせたがバーバラ嬢なら仕方ないな」と言われたのだ。
シャルロットもバーバラ様も同じ友人であることは変わらないのに。どうしてシャルロットは駄目なのだろう。
――そういえば、私が下級貴族の娘であったローズモンドと親しくすることも、最初兄たちに反対されていた。
若い頃はそれに反発して、脱走したり、抗議してきた。
それでも彼らは束縛を止めず――何十年も歳を重ねて、自分の中でそれを受け入れられたと思ったのだけれど。
身体が若返ったせいか……同じように束縛しようとするカミーユたちに、あの頃の感情が蘇ったのだ。
これが子供の頃なら仕方ない。
私だって、自分の子供たちが幼いときは何をするにも心配だった。
けれど学園に通う歳になったら、もう彼らも大人になるのだと、彼らを信用することにしたのだ。
失敗することや、危険な目に遭うこともあるだろう。
けれどそれらの経験も、成長するために必要なのだ。
私は親として信用し、口出しせず見守るだけにしようと。
――そうだ、私はきっと、彼らに信用されていないのだ。
ああ、またふつふつと嫌な感情が湧いてしまう。
「ああ、そういえば……」
一人思いに耽っているとバーバラ様の声が聞こえてハッとした。
「以前、図書館でマリアンヌ様が司書の方と何か親しげに話しているのを見かけましたわ」
「司書の……?」
「ええ、黒髪の男性の方。マリアンヌ様はよく図書館に通っていましたし、あの方なら何か知っているかもしれませんわ」
司書……あのお助けキャラのカインか。
そういえば彼もそんなことを言っていた。
ゲームのお助けキャラになるくらいだから、マリアンヌから相談を受けたり何か知っているかもしれない。
「ありがとうございます、その司書の方にお話を聞いてみますわ」
家の者に聞いてみたけれど、誰もマリアンヌの悩みについて知らなかった。
部屋には日記のようなものもなかった。
これが唯一の手がかりかもしれない。
もうすぐ新年の休みに入る、その前に一度話をしてみよう。
私はそう決意した。
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