たちが悪いわ! 悔しいけど!
とりあえず左腕を上げて、ナイトドレスの上から二の腕を右手でつかむ。肉を移動させるように、強く脇の下を通って胸へ。そこそこ力がいるが、これで胸が大きくなるかもしれないなら幸いである。
しばらくやっていると手が疲れてきたので、ナイトドレスを脱いで香油を使ってやったほうがいいかもしれない。ドレッシングテーブルまで歩んで香油の瓶を手に取る。ふたをあけると、青さと甘やかさが同居したバラの香りがした。
バラと、ウールと、走ったあとの熱が混ざり合ったヴィンセントの香りが、蘇ってきた。
別にわたくしだって何も感じないわけではない。ただ、相手は『赤き浮き名の魔王』、近付かれたのは特別な意味などないし、深く関わらないほうがいいし、疎遠になっていきたいし、ヴィンセントの目的が何なのか、何を考えているのか分からないし。
でも香りまで抜かりないなんてさすが浮き名の魔王ね! 悔しいけど!
引き金が引かれたように思い出してしまった、手袋ごしに唇に当てられた指と、なぜか苦しさを押しこめた微笑み。
『もう少し君とふたりきりでいたかったんだ』
たちが悪いわ! 悔しいけど!
勝手に速くなってしまっている鼓動を悔しく思いながら、ヴィンセントのことを頭から追いやった。
魔王に気を取られている場合ではない。本に書いてあることを実践して、絶対に胸を大きくするのだ。失敗しても失うものなど何もない。
「絶対に胸を大きくする。そうして社交界を見返して、シスターになって引退してやる」
叫びたいほど気持ちは燃えていたが、不審者になりたくないわたくしは呟くだけにとどめた。
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