今まさに誘拐されていますけれどね?

 ヴィンセントはもう息が整ったようで、何くわぬ顔で微笑む。


「ロード・ロビンソンがいないほうが都合がいいかと思って。話をするにも本を探すにもね」


「ここに、連れてきた本当の目的は、何ですの」


「残念ながら僕は君の体型改造に役立つ情報を持ってなくてね。まずは本を当たってみるのがいいかと思ったんだ。さすがに直接ご婦人方に尋ねるわけにはいかないからね」


『え?』と言いそうになってしまった。


 本当にわたくしの予想どおり本を探しに来たの? もっと何かたくらみがあるのかと……でも『赤き浮き名の魔王』でも胸を大きくする方法は知らないのね? 意外だわ。


「それにしても噂は聞いていたけど、ロード・ロビンソンの君に対する溺愛っぷりはすごいね。でもあれくらい過保護なほうが君が安全でいいんだろうね」


 今まさに誘拐されていますけれどね?


「というわけで本を探そうか。さしあたりエチケットブックなのか、生物学なのか、はたまた魔術なのか見当がつかないけど」


「はあ」と気のない返事をしたら、急に一歩近付かれて、反射的に一歩下がっていた。


「提案なんだけど、ふたりのときは他人行儀をやめにしない? 仕事のパートナーなんだし。どうかな、ヘレナ」


 自然に名前を呼び捨てにしてくるところが、いかにも女たらしらしい。まあでももう計画を知られているし、社交界を引退するし、取り繕う必要もないかと息を吐いた。


「分かりました……分かったわ」


「ヴィンセントと呼んでほしいな。僕もヘレナと呼ぶから。ロード・ロビンソンに知られたら刺されてしまいそうだけど」


 そうして、おかしそうに小さく笑い声をもらす。


 何というか、やはり『赤き浮き名の魔王』は女性に慣れているなと思った。こうやってふたりだけの秘密という雰囲気を出せば、『わたくしは彼の特別な存在なのだ』と胸を高鳴らせてしまう令嬢もいるだろう。残念ながらわたくしは舌を巻いただけだったが。


 まずはエチケットブックから当たってみようということで、三階を歩いた。まだアルバートには見つからず、目当ての書架にたどり着いて、色も大きさもさまざまな背表紙を見上げる。その場でくるりと一回転すると、エチケットブックだけで書架八つぶんくらいあるようだ。さすがは広大な敷地を持つ図書館。相手にとって不足はない。


 ひとまず内容が多そうな分厚い本へ背伸びして手を伸ばしたら、ヴィンセントが書架から抜き取って渡してくれた。


「ありがとう」


「これくらいならいくらでもするよ。まあエチケットブックだったら問題ないかもしれないけど、君が魔術の本を持ち帰ったらまた兄上の血色が悪くなってしまいそうだから、君の家に届けさせるよ。メイド宛にでもね」


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