第55話 筋肉ごりらだから大丈夫

「駄目よ、ファジル。この惨事を引き起こしたのは勇者じゃない。ファジルだってそんなことは分かっているでしょう? ここで剣を抜くのは八つ当たりに近いわよ。それに今はそんなことをしている場合じゃない。少しでも助けられる人を私たちが助けないと」


 ファジルを止めたのはエクセラだった。無事だとは信じてはいたが、やはり不安はあった。無事なエクセラの姿を見てファジルは内心で胸を撫で下ろす。エクセラの背後には仮面をつけたエディの姿もあった。二人とも怪我などはないようだった。


 ファジルにそう言ったエクセラは、ファジルの手に自分の手を重ねたままで燃えるような深緑色の瞳をロイドに向けている。


 二人の視線が宙で激しく衝突したようにファジルには思えた。沈黙の後、エクセラがゆっくりと言葉を再び発した。


「今は街の皆を少しでも多く助けることがやるべきこと……でしょう? 今度はあなたたちにも手伝ってもらうわよ」


 エクセラの言葉は以前にゴザの村で黒竜からの被害に手を貸すこともなく、勇者たちが立ち去ってしまったことを前提にしたものなのだろう。


 そんなエクセラの皮肉ともとれる言葉にロイドは少しだけ肩を無言で竦めてみせた。代わりに口を開いたのがロイドの横にいるマリナだった。その濃い灰色の瞳には明らかに怒りの色が浮かんでいた。


「エクセラ、前から思っていたのだけれど、あなた随分と生意気よ? 文句があるのなら、ちゃんと言ったらどうなのかしら?」


「そうでしょうか? それは失礼しました。でも、私がマリナ先輩に文句なんてあるはずもないので」


 決してそうは思っていない様子でエクセラは頭を下げる。それを見てさらに鼻息を荒げた様子のマリナをロイドがやんわりと制した。


「マリナ、彼女の言う通りだ。僕たちも救護を手伝うとしよう。この酷い状況を見過ごすことは勇者としてというよりも、人としてできないだろう?」


 そう言われてしまえばマリナとしても頷く以外にないようだった。マリナは悪意が存分にこもった一瞥をエクセラに投げかけると、そのまま踵を返した。ロイドとグランダルもその後に続いていく。


 それらを見てエクセラが少しだけ溜息をついたようだった。


「すまなかったな、エクセラ。あれは確かに八つ当たりだったな……」


 ファジルは素直にエクセラへ謝罪をする。


「別にいいわよ。そう言いたくなる気持ちも分かるし、ファジルが無鉄砲なのも今に始まったわけじゃないんだから」


 エクセラは少しだけ呆れたような顔をしながら言葉を続けた。


「でも、無事でよかったわ。一緒だったんでしょう? 姿が見えないけれど、あのなんちゃって幼児も無事なのよね」


 口ではそんな言い方をしているが、やはりエクセラもここに姿が見えないカリンのことは心配らしい。


「カリンも無事だ。というか、俺はカリンに助けてもらったからな。カリンは今、近くで怪我をした人たちの手当てをしているはずだ。だけどエクセラとエディも無事でよかった……で、ガイは?」


 ファジルはこの場に見当たらない大柄な男の名前を口にした。まあ見当たらなくても彼に限って言えば、心配はないのかもしれないのだけれど。ファジルはそう思っていた。


「ガイは鍛錬だとか何とかで、私たちとは別行動のままだったのよね。でも、筋肉ごりらだから大丈夫じやないかしら。筋肉ごりらってそういうものだから」


 エクセラもガイは無事だと思っているファジルと同意見のようだったが、何が大丈夫なのかはよく分からないことを口にしている。何だか酷い言われようだ。少しだけ可哀そうかもしれない。


「……お前ら、人がいないと好き勝手に言いたい放題だな。俺はごりらじゃねえ」


 ファジルが背後を振り返るとガイが非常に面白くなさそうな顔で立っていた。服の所々が焦げていて、顔にもいくつか火傷のような後が見てとれる。


 しかし、それ以外は問題がないようで、やはり無事であることは間違いないようだった。流石は筋肉ごりらといったところだろうか。

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