第33話 勇者とは

 「……で、お前が何でいるんだ?」


 村を出て暫く経ってから、ファジルはとうとう我慢ができなくなってそう言った。最初は村の外まで見送りにきてくれたのだろうと思っていたが、いつまで経っても村に帰る素振りを見せないのだ。


「お前とは失礼だな。俺は兄弟子だぞ」


 ガイが不快げに顔を顰めて言う。


「いや、そんなことはどうでもいい」


「どうでもよくないぞ。規律は大事だ。特に礼を重んじる剣士ならば尚更だ」


「で、その礼を重んじる剣士は、何で断りもなくついてくる?」


「それは、弟弟子が心配だからだろう」


「……」


 何かもういいやとファジルは思う。


「正義の山賊とやらはもういいのか?」


 疲れてきたのでファジルは話題を変えることにする。


「あいつらはもう俺がいなくても大丈夫だ。この後も立派に正義の山賊を続けていける」


 ……正義の山賊は立派に続けるのかと思ったが、話がややこしくなりそうなので、ファジルはそれを口にすることを止める。


「まあ、いいんじゃない? 実際、剣の腕は確かなんだし、ファジルの兄弟子さんなんだから、きっとこれから何かと頼りになるわよ」


 エクセラが珍しくとりなすようなことを言う。


「旅は多い方が楽しいんですよー。筋肉ごりらでも、いた方が楽しいんですよー」


「ごりらじゃねえ」


 ガイの反論に構う素振りもなく、カリンは上機嫌なようだった。言葉通りで単純に旅の仲間が増えて、きっと嬉しいのだろう。

 

 もっとも、ファジル自身もガイのことを言うほど嫌っているわけではない。エクセラが言うように、剣の腕が確かなことには間違いがないのだ。

 ならば、頼りにさせてもらおうかとファジルは思う。魔族が支配している地域の近くに行こうというのだ。何があるか分からないと言えばその通りなのだ。


「それに、勇者ってのも初めて見たが、俺は気に入らないな。お前ら、知り合いなんだろう? どういう関係なのかは知らないがな。いずれにしても、魔族が支配する地域の近くに行くって言うんだ。そうなれば、またあの勇者に会える気がするしな」


「あの勇者は爽やかな笑顔がうさんくさい奴なのですよー」


 何故かカリンが勇者ロイドに対して、ぷんすかと怒っている。


「まあ、いいんじゃない。早くも何の旅なのかが分からなくなってきたけど、元々はファジルが勇者になりたいっていう旅なんだから」


 エクセラの言葉にガイが小首を傾げた。


「いや、勇者にはなれないだろう。勇者には適正があって、神官からのお告げと、勇者の剣とやらを持てることが条件なのだろう? 他にも色々と条件があるって聞いてるぞ。大体、勇者ならもういるからな。勇者が二人なんで聞いたこともない」


 ガイが不思議そうな顔をしながら真面目な返答をする。


「違うぞ、ガイ。勇者になるわけじゃない。俺は勇者になりたいだけなんだ」


 ファジルの言葉を聞いて、微妙な顔をしたままで黙り込んでしまったガイにエクセラが引き攣ったような顔を向ける。


「まあ、いいじゃない。その話はね……幼馴染みの私でもよく分からないし……」


「……ま、まあそうだな」


 ガイも改めて触れてはいけない部分だと思ったのか納得したような返事をする。


「ぼくはファジルの勇者になりたいを応援するんですよー」


 カリンがぴょんぴょんと跳ねるように歩きながら、そう主張する。


「はいはい。今は、なんちゃって幼児は黙っていようね。話がややこしくなるから」


 エクセラの言葉にカリンの両頬が一気に膨らむ。


「なんちゃってって、どういう意味ですか。お化けおっぱいのくせにエクセラは生意気なんですよー」


「はあ? 生意気って意味が分からないんだけど?」


「何だ、お前ら。やっぱり仲が悪いのか? 子供みたいな喧嘩をするんじゃねえよ」


「はあ? 子供みたいって何よ。関係ないんだから、筋肉ごりらは黙っててよ!」


「ごりらじゃねえ!」


 何だか更に騒がしくなった気がする。だが、静かなことよりかはいいことなのだろうと、エクセラたちの言い合う声を聞きながらファジルはそう思う。

そして、自分の胸に今もしこりのように残っている漠然とした疑問。

 

 勇者とは、魔族とは何なのだろうか。

 騒がしい声を聞きながら、そんな漠然とした疑問にファジルは思いを馳せるのだった。

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